子供たちと魚釣り
「すまんが、今日の昼食用に魚を六匹ほど釣ってきてくれんかのぉ…」
翌日。
お爺さんの頼みで魚釣りをする事になった私とアイシクルは、子供たちの案内で小屋から少し離れた場所にある川へとやって来た。トウマくんたちからの連絡はまだ無い。
「それ!」
ぽちゃん。と音を立てて、ウキを水面に垂らす。釣りが得意な子供たち(特に男の子の方)の指示に従いながら、私たちはそれぞれ魚影が目視できる地点に移動して釣竿を片手に魚が餌に食い付いてくるのを待っていた。
必要な魚は六匹。私とアイシクルとトールさん、そしてお爺さんと子供たちの分。釣りに来ているのは私とアイシクルと子供たちだから、私たちのうちの誰かが二匹は釣らないといけない。
「なかなか食い付いてくれない」
「焦っちゃ駄目だぜ、姉ちゃん。こういうのは忍耐と辛抱が大事なんだから」
「忍耐、」
男の子に言われて、水面に浮かぶウキを見つめる。ぷかぷかしているウキの近くには魚の姿があり、見えているはずなのになかなか食い付いてくれない。
釣れない時は、釣竿を動かしてウキを少し揺らせば良い。男の子のちょっとしたアドバイスだ。揺らせばいいって言うけれど、どのくらい揺らせばいいのだろうか。
「やった! 釣れた!」
うーん。と、ウキを見つめながら考える。するとそこで女の子の声が聞こえた。女の子の方に顔を向けると、彼女の持つ釣竿には魚の姿が。
女の子は喜びを露にしながら魚をウキに付いた針から外して、水の入ったバケツへ。そして彼女は休む事なく釣竿を振ってウキを水面に垂らした。
「ああ! くそっ! 先越された! 一番魚は俺のはずだったのに!!」
女の子の喜ぶ顔を見て、男の子は悔しそうに叫ぶ。一番魚とは。
「…、」
歓喜する女の子の向こうに居るアイシクルを見てみる。彼も私と同様、魚は釣れていないみたいだった。
昨日の夕食後、アイシクルはトールさんに呼ばれて部屋を出ていった。戻ってきたのは、私が子供たちとの会話を終えてから三十分くらい経ったあと。部屋に入ってきた時のアイシクルの表情は、決して晴れやかなものではなかった。恐る恐る聞いてみたところ、どうやらトールさんと口論になってしまったらしい。"今回の件が終わったら家に帰れ"と、強めの口調で言われてしまったようだ。
「姉ちゃん! 姉ちゃん! 引いてる! 引いてる!!」
「えっ?」
男の子の声にハッとする。
顔を戻すと、ウキが水の中に沈んでいた。魚が餌に食い付いたのだ。釣竿が魚の力で引っ張られる。
「えっ、え!? ど、どどどどうするの!? どうしたらいいの!?」
「落ち着いて姉ちゃん! こういう時は慌てず騒がすだよ! 変に慌てちゃうと魚が逃げちゃうからね!」
「慌てず騒がすって、…!」
「とりあえず魚が逃げないように、こっちも引っ張って!」
言われたように、釣竿を引っ張る。バシャバシャと小さく音を立てて、魚がゆっくりとだけれど此方に寄ってきた。
男の子が言うには、ここからは体力勝負。魚と私、どちらが勝つか。根性が試されるらしい。
「頑張れ! 頑張れ姉ちゃん!」
「んんっ、…うぐぐ……!」
とりあえずよくわからないので、男の子の指示のもと、魚が逃げないように注意しながら釣竿を引っ張る。引っ張って引っ張られて。引っ張って引っ張られて。その繰り返しを数回ほど行うと、ふと魚が一瞬だけ動きを止めた。
"今だ!"。男の子が叫んで、それを合図に私は釣竿を思いっきり引く。すると突然魚がバシャバシャと暴れ出して、その影響で釣竿とウキを繋ぐ糸がプチンと切れた。魚との攻防で力を全身に入れていた私は目を見開いて後方によろける。
「わっ、とと…っ」
「ああ!?」
釣竿からだらりと垂れた糸が魚との激しい戦いの跡を残す。ウキと餌が魚とともに川の奥底に消えて、私は眉を下げた。
「あー。残念だったな姉ちゃん。まぁ、釣りってのはだいたいがこんな感じだから気にしなくてもいいぜ。次に期待だ!」
「……」
男の子が言う。
今の気持ちを素直に言うと、とても悔しい。あの魚、是非とも釣り上げたかった。
「わあ! お兄ちゃん凄い凄い! とっても大きいの釣れた!」
[わんわん!]
男の子に新しい糸とウキを受け取ると、そこでまた女の子の声が聞こえてくる。見ると、いつの間にか彼女はアイシクルのもとへ移動していた。
女の子に続いて、アイシクルも魚を釣り上げたらしい。彼の持つ釣竿の先には魚がぶら下がっていた。彼の足元でケルンが喜び回っている。
「うわっ、兄ちゃんまで釣れてる!? …こうしちゃいられない! 姉ちゃん! 俺たちも頑張らないと!」
アイシクルたちの方を見つめて眉をひそめ、男の子は言う。彼は水面にウキを垂らし、"魚よ来い。魚よ来い"と呪文のように呟いた。
私も負けじとウキを水面に垂らして魚の食い付きを待つ。しかしそれ以降、何分経っても何分待っても魚が餌に食い付いてくれる事はなかった。
+
[メェ~]
そして、目標だった六匹の魚を釣り上げた私たちはお爺さんの待つ小屋へと戻ってくる。扉を開けようと男の子がドアノブに手を伸ばすと、それよりも先に扉が開いて、中からトールさんと黒ゴマが出てきた。
まさか人が出てくるとは思わなかったのだろう。男の子はトールさんの姿に吃驚して叫び声をあげる。男の子の叫びを聞いて、トールさんは眉をひそめた。
「…お前たちか」
「トールさん? どこかへ行くんですか?」
「ああ」
「黒ゴマを連れて、ですか?」
[メェ~]
「…柱の様子を見てくるだけだ。すぐに戻る」
そう言って、トールさんは私たちから離れていく。離れていくトールさんの背を見つめて、私は持っていた釣竿をアイシクルに預けて彼のあとを追い掛けた。聞きたい事があったからだ。
「トールさん!」
「……」
「トールさん、待ってください!」
[メェ~]
トールさんに追い付いて、隣を歩く。
自分の隣にやって来た私を横目で見つめるが、彼はそのまま歩き続けた。
「なんだ?」
「…昨日の事、アイシクルに聞きました。"家に帰れ"なんて、どうしてそんな事言ったんですか?」
「それを聞いて何になる」
「理由が知りたいんです。どうしてそんな事言ったのか。それに、なんでトールさんはいつも」
「…、あいつにとっての最善な道は、何事にも一切"関わらせない事"だ。だから俺は、あいつに帰れと言った。それだけだ」
「え?」
関わらせない事?
「それってどういう……?」
トールさんの言葉がいまいちよくわからず、私は頭の上に"?"を浮かべる。どういう事なのか。聞こうとすると、そこで黒ゴマが足を止めた。
キョロキョロと周囲を見渡す黒ゴマ。どうしたのだろうか。私は黒ゴマの方に顔を向けて首を傾げた。
[メェ~!!]
「!」
その時、黒ゴマが突然鳴き声をあげる。そして彼女は次に私とトールさんを囲うように周囲に結界を張った。すると次の瞬間、上空から物凄い勢いで風の刃が降ってくる。
バチバチと無数の刃が結界に当たり、その音に吃驚して私は耳を塞いだ。土煙で結界の先が見えなくなる。一体何が起こっているのか。
「クロウ」
懐からクリスタル・ウェポンを取り出し、トールさんはそれを鉤爪武器に変化させる。風の刃がおさまって土煙がなくなると、笑い声が聞こえてきた。
黒ゴマは結界は解き、私たちは笑い声の方に顔を向ける。目線の先にある上空。そこには女の人が居た。女の人はゆっくりと此方に向かって降りてきて、地面に足を付ける。トールさんは女の人を見つめて、眉をひそめた。
「ふふ。さすがの反応ね。そうでなくちゃ面白くないわ」
「お前は…」
「お久しぶりね、トール・ディー。何年…いえ、何十年ぶりかしら?」
「何故貴様がここに居る?」
「そんな怖い顔をしないで。今回、私は見張りよ。貴方たちが何度も何度も時を巻き戻しちゃうからサラマンダーさまがピリピリしててね。近くにいると火傷しそうなのよ。だから私は今回は見張り役なの。あの人の邪魔をしそうな、貴方たちのような輩を柱に近付けさせないようにするためにね」
言いながら、女の人は口元を緩ませて笑う。あの女の人は見たことがある。ぼんやりとだけれど。確か名前は。
「カルトロ…?」
「あら。覚えていてくれたのね。嬉しいわ、私。でも私は貴女の事なんてこれっぽっちも覚えていないけれどね」
ふふふ。と、笑い続ける。
笑い方が不気味だ。
「貴様がここに居るという事は、奴も居るのか?」
「ええ。ここに居るわよ。今は柱の中で貴方たちのお仲間相手にストレス発散中だと思うけれど」
「…トールさん」
トールさんは女の人…カルトロを睨み付ける。それを見て、彼女は腰にぶら下げていた武器を手に取った。トゲの付いた緑色の長い鞭。とても痛そう。
「ここで会ったのが残念だわ。貴方とはもっとロマンチックな所で出会いたかったのに」
「貴様とどこで会おうがそんな事はどうでもいい。そこを退け」
「あら。冷たいのね。そんなんじゃ、そこのお嬢ちゃんに嫌われちゃうわよ?」
「えっ、」
「…、よほどお喋りが好きらしいな。時間稼ぎのつもりか?」
「ふふ。ごめんなさいね。貴方みたいな"イケてるおじさま"を前にするとどうも女の部分が出てきてしまって恥ずかしさからついお喋りになってしまうの。…でも、もう終わりにするわね」
そう言って、カルトロは鞭を地面に叩き付けて足元に魔法陣を生み出す。魔法陣から放たれる黒い光とともに、彼女の身体には無数の痣が浮かび上がった。
「話し合いで切り抜けようと思っていたけれど、難しそうね。貴方はちょっと血の気が多すぎるわ」
「貴様と一緒にするな」
「あら怖い。そんなに早く死にたいみたいね。だったらすぐにそうさせてあげるわ」
戦闘態勢は両者ともバッチリ。私も、今はリヴィスが居ない状態だけれど今ならそれなりに戦えるので、トールさんの足手まといにはならないだろう。
私たちは、それぞれ互いの行動を見逃さないように集中する。どちらが先に動き出すか。私は足元に魔法陣を描いて魔法剣を生み出し、トールさんとカルトロの姿を交互に見つめた。
「ちょっと待つのじゃ」
「!」
そこで声が聞こえる。
振り向くと、そこにはお爺さんとアイシクルが居た。お爺さんは私とトールさんの前まで歩いてきて、カルトロを見つめながら顎髭に触れる。
「お爺さん?」
「なあに、おじいちゃん。これからイイトコロなんだけれど?」
「ううむ。とても心苦しい頼みなんじゃが、出来ればここで戦うのはやめてくれないかのぉ」
「…はぁ?」
「この森は、"わしら"の大切な場所じゃ。それを部外者のお主が軽々しく荒らさんでおくれ」
「…は。何を言うのかと思ったら。どうしてそれを貴方みたいなしわくちゃなおじいちゃんに言われなくちゃいけないのかしら?」
「しわくちゃなおじいちゃんじゃから言うんじゃよ。…もう一度言う。出来ればどうか、ここで戦うのはやめてくれないか?」
「…嫌だ。と、言ったらどうなるのかしら? お仕置きでもされるの?」
「ううむ。…いいや。わしはお仕置きはせんよ。じゃが」
「…っ、!?」
「"わし以外の者"にはお仕置きされるかもしれんのぉ」
ほほほ。と、お爺さんは笑う。
顎髭に触れていつも通りに笑っているお爺さんの背後からは、黒い影が浮かび上がっていた。




