お爺さんの小屋で
それから更に時間が経ち、私とアイシクルはお爺さんのご厚意で今夜はこの小屋で一晩過ごす事となった。人間の姿に戻った事で再び端末が使えるようになった私は、早速トールさんに連絡をいれてお爺さんたちの事を伝える。
私の姿が戻った件について何か嬉しい感想を言ってくれるだろうかと期待していたのだけれど、私の話を最後まで聞いたトールさんは相変わらずの塩対応で残念極まりなかった。どうやら彼は全部知っていたらしく、"そうか。よかったな"の一言で済まされてしまった。嘘でもいいからもうちょっと喜んで欲しかったよ。
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「ほんと。トールさんってば人が悪いんだから! 知ってたんなら話してくれてもよかったのに!」
2階の空き部屋。子供たちが用意してくれたベッドの上に座り、私は眉をひそめて声を荒げる。子供たちが用意したベッドは二つ。もう一つの方にはアイシクルが座っていて、彼はお爺さんから借りた本を黙々と読んでいた。
それは、遅めの夕飯をご馳走になっている時にお爺さんにオススメされた本らしく、タイトルは読めなかったけれど、宇宙がテーマの物語なんだとか。表紙にはわかりやすく宇宙の絵が描かれている。
「…それ、面白い?」
「うーん。まだたった数ページ読んだだけだからなんとも…。でも今まで読んだ事ないジャンルの話だから新鮮ではあるかな」
本のページをめくりながらアイシクルは言う。確かに言われてみれば"宇宙"がテーマの物語が書かれた本なんて、これまでの人生で一度も見た事なかった気がする。
「それ、私も読んでみたいな」
「気になるのか?」
「気になるっていうか、単に面白そうだなって思ってさ。私、SFってちょっと好きなんだよね」
「えすえふ…?」
言いながら、口元を緩ませて笑う。SFの意味がよくわからないのか、アイシクルは頭の上に"?"を浮かべてぽかんとしていた。
そこで部屋の扉がノックされて誰かが入ってくる。入ってきたのはトールさんと子供たちだった。扉を開けて部屋に入ると、子供たちは足早に私たちのもとまでやって来る。
「…まだ眠っていなかったんだな」
「そんなすぐには眠れませんよ。…何か用なんですか? この子たちも」
「私たちはお姉さんと話がしたくて来たの」
「姉ちゃんと話がしたいのはお前だけだろ? 俺は部屋で漫画読みたかったのにさ」
「私に? トールさんは?」
「俺が用があるのはアイシクルだ」
「…俺?」
「話がある。下に来い」
言うと、トールさんは部屋を出ていく。
アイシクルに話があるって、珍しい事もあるものだ。…というか、トールさんがアイシクルに用があるって、何気にこれは初めてではないだろうか。
「……」
アイシクルの顔を見る。
なんだか行きたくなさそうだ。
「アイシクル」
「…、行ってくる」
声を掛けると、小さく息を吐き、アイシクルはベッドから立ち上がる。読みかけだったページに目印を付けて、彼は重い足取りで部屋を出ていった。
アイシクルに話って何だろう。考えてみるけれど何もわからない。眉を下げて、ベッドの上に置いてある本を見つめる。気にはなるけれど、子供たちを置いて私も下に行くわけにもいかないので、彼が戻ってくるまで大人しくしていよう。
「…お兄ちゃんの事、心配?」
「え?」
「心配いらねぇよ。爺ちゃんも居るんだ。何かあったら爺ちゃんがなんとかするって」
「うん。そうだね」
子供たちの言葉に頷く。
うん。大丈夫。アイシクルが戻ってきたら、トールさんと何を話したのか聞いてみよう。
「それで、私に話って?」
そして、話を切り替えて私は子供たちに聞く。私のその言葉を聞くと子供たちは顔を見合わせて、少しだけ話し合ったのち、女の子の方が私に質問してきた。
「あのね。私、お姉ちゃんに聞きたい事があるの」
「ん?」
「お姉ちゃんと、あのお兄ちゃんって恋人なの?」
「…え!?」
女の子の言葉に吃驚して、目を見開く。
一瞬のうちに頬が熱くなっていくのを感じながら、私は慌てて首を振った。
「ち、違う違う! 私とアイシクルは別に恋人なんかじゃ…!」
「…違うの? だってお姉ちゃんたち、婚約者同士なんでしょ?」
「た、確かに私とアイシクルは婚約者同士だけど、でも、その、あの、この婚約は私たちがまだ貴女たちと同じ歳くらいの時に私たちのお父様が決めた事で、…!」
口調を早くしてドキドキと胸を鳴らしながら言えば、子供たちは顔を見合わせて頭の上に"?"を浮かべる。二人の表情を見るに、よくわかっていないみたいだ。
「……、」
頬が熱い。
私とアイシクルは恋人なんかじゃない。ただお父様たちが決めた"結婚の約束をした者同士"ってだけだ。そこに恋という感情なんて…。
「でも、お姉ちゃんはあのお兄ちゃんの事好きなんでしょ?」
「!」
「おじいちゃんが言ってたよ。お姉ちゃんはお兄ちゃんの事が好きなんだって。ええと、…"箱"を見たから間違いはないだろうって」
「…箱?」
「おい、箱の事は内緒だろ?」
「お姉ちゃんになら話しても大丈夫だっておじいちゃんが言ってたからヘーキだよ」
「えと、…箱って?」
「何でもわかる箱だよ。おじいちゃんが持ってるんだ。だから、おじいちゃんに聞けば何でもわかるの」
「ふ、ふーん…」
今度は、私が頭の上に"?"を浮かべる。
「…で、姉ちゃんはあの兄ちゃんの事好きなのか?」
「う、…」
男の子にも聞かれる。
答えなきゃいけない雰囲気。子供たちの"早くしろ"という空気がひしひしと伝わってきて、私は眉を下げた。胸に手を置いて、深く息を吐く。
そして私は少しだけ考え、ゆっくりと口を開いた。
「あ、あのね。この事は、ここだけの秘密にしておいて欲しいんだけど」




