睡蓮の洞窟 3
弓を構え直して、辺りをキョロキョロと見渡すローデンさん。
まだ魔獣が何処かに居るのだろうかと、私は彼の方に顔を向けた。
「ローデンさん、」
「ちょい静かに」
「……」
耳を澄ませる。
その時、"オオオオオッ"!!という声が何処かから聞こえ、先程の魔獣たちのように"それ"は聞き慣れない音を鳴らして私たちの前に姿を現した。
「「「!?」」」
現れるや否や、"それ"は牙を剥き出しにして私たちを睨み付ける。
三つ首の巨大な生き物。こちらも、犬のような不思議な生き物だけれど、でも、先程の魔獣よりも大きさが全然違った。これも、魔獣…なのかな。
「…おいおい嘘やろ。この洞窟どないなっとんねん」
「ローデンさん、知ってるんですか?」
「知ってるも何も。こいつは番犬ケルベロス。"おっかない"で有名な魔獣や」
「番犬?」
「ケルベロス…って、物語とかに出てくる、あの?」
「物語に出てくるケルベロスなんて可愛い子犬みたいなもんや。こいつはそれよりも恐ろしいで」
首を振りながらローデンさんは言う。
『グオオオオオッ!!』
とても大きな咆哮。
耳をつんざくようなその声に、私は眉をひそめた。
「おいウンディーネ! どないなってんねんこれ! 結界ぶっ壊れとんのちゃうんか!?」
[失礼ですね。結界はしっかりと作動しています]
イヤリングが光り、ウンディーネが出てくる。
イヤリングと青白い線で繋がれたウンディーネは、私の頭上で顎に手を添え、ケルベロスを見つめた。
[しかし、確かにおかしい…。今までこんな事はなかったのに]
「…、はぁ。まぁ、考えててもしゃーない」
溜め息を吐いて、ローデンさんは弓をケルベロスの方へ向けて矢を構える。
「ダメで元々。勝てる見込みなんてこれっぽっちもあらへんけど、無事に外に出るためにはこいつの相手をするしかないやろ!」
パシュン、と矢を放つ。
けれどケルベロスは、その矢をいとも簡単に防いだ。前足をゆっくりと上げて、飛んできた矢を踏み潰す。
「チッ、やっぱ弓はあかんか」
『グオオオオッ!』
ケルベロスの咆哮が続く。
舌打ちをして、ローデンさんは顎に手を添え考える。しばらく考えて、彼はアイシクルの方に顔を向けてポケットに手を伸ばした。
「四の五の言ってられんか。…ったく、難儀なもんやで。…アイシクルくん」
「?」
「これ、あんさんに」
ローデンさんが渡したのは、歪な形の宝石。彼が持っていた宝石と同じ物みたいだ。
渡されたそれを見て、アイシクルは頭に"?"を浮かべる。
「…これは?」
薄い紫色の宝石。
確か、クリスタル・ウェポン……とか言ってたっけ。
「本来ならこれは"番人用"なんやが、今はそんな事言ってられんわ。…まぁ、たぶん、アイシクルくんでも使えるやろ」
「使えるって?」
「いいか、アイシクルくん。一回しか言わんで」
ローデンさんがアイシクルに何か言ってる。私は、ウンディーネの方に顔を向けて"魔法"でどうにか出来ないのかと聞いてみた。
けれど彼女が言うには、ケルベロスのような番犬クラスの魔獣は魔法力が化け物並に高くて魔法が一切効かないのだそう。
[残念ですが、ケルベロス相手にワタシたちの出番はありません]
「…………」
それを聞いて、私は眉を下げる。
せっかく魔法が失敗せずに使えるようになったのに。残念。
「……俺に出来るんですか、それ?」
「さぁな。出来るかどうかはアイシクルくん次第や。試しにやってみぃ」
「…………」
ローデンさんとアイシクルの話が終わったようだ。
アイシクルは、宝石を見つめてゆっくりと目を閉じる。じっと動かない彼に首を傾げた。何をしているのか。
『グオオオオッ!』
痺れを切らし、ケルベロスが私たちに向かって攻撃を仕掛けてくる。
それを見て、ローデンさんは弓を構えて矢を放った。通用しないとわかっていても時間稼ぎになると考えての行動だろう。
[ワタシたちも魔法で援護を。効かないと言えど、目眩まし程度には役に立つかと]
「う、うん…!」
ウンディーネの言葉に頷く。
ケルベロスに目眩まし。私は目を閉じて、足元に魔法陣を描く。頭の中で水の流れをイメージして、水の球を出現させた。
[水の流れよ!]
「悪しき者の視界を防げ! アクア・ミスト!」
水の球が、勢いよく弾ける。
私たちの周りを水で出来た霧が覆い、ケルベロスの視界を遮る事に成功した。
ケルベロスはその場で地団駄を踏む。咆哮を上げ続けている。霧を吹き飛ばそうとしているようだ。
「顕現せよ、我が身に宿りし心なる剣。……双炎武神!」
そこへ、アイシクルの声が聞こえて、直後霧の中に光が現れる。水の霧の効果が薄れていき、見ると、彼の手には剣が握られていた。とても綺麗な形をした双剣だ。
紅い色の二本の剣。見ているだけで心を奪われそうなそれを、アイシクルは呆然としながら見つめていた。
「お。無事に成功したみたいやな。…へぇ、双剣かいな。なかなか似合っとるで」
「…ローデンさん、これは?」
「それは君専用の武器や。クリスタル・ウェポンっちゅーて、東の国に伝わる……って、これはあとでええか。相手は待っちゃくれへんで」
「!」
霧が完全に晴れて、ケルベロスが更に咆哮を上げる。
霧の効果が切れるのが早い。ウンディーネ曰く、それはまだ私の魔法力が彼女の魔法に慣れていないからなんだそうだ。訓練すれば効果も徐々に長くなっていくらしい。
『グオオオオッ!』
「っ、……」
「行くで、アイシクルくん。わいの矢はケルベロスには効かん。気紛らわすくらいしか手伝えへんけど、気張りや」
「どうすれば?」
「それが教えてくれる。アイシクルくんの力、アテにしてんで」
口元を緩ませて、ローデンさんは再び矢を放つ。
彼の言葉を聞いて、アイシクルは剣を見つめた。"剣が教えてくれる"って、どういう事だろうか。
『グオオオオッ!!』
ケルベロスの攻撃が私たちを襲う。
矢を放ちながら走り出して、ローデンさんはケルベロスの元へ向かい、言葉通り、ケルベロスの標的を自分に向けさせた。
[素早さを上げます!]
「水の流れよ! 彼の者を領域に導け! 水速!」
「アメリアちゃん、おおきに!」
ウンディーネの言葉で、ローデンさんに力を与える。
素早く動き回るローデンさんを追って、ケルベロスは首をぐるぐると回していた。
「…、そうか」
「?」
ふと、アイシクルを見る。
剣を見つめてじっとしていた彼だけれど、ようやく何か思い付いたようで、ゆっくりと足を動かし、ケルベロスの前に出た。
「アメリア、援護頼む」
「え?」
そして、アイシクルは眉をひそめて走り出す。双剣を構えて、ケルベロスの元へ。
ケルベロスはローデンさんに付きっきりでアイシクルには気付いていない。その隙に彼はケルベロスの懐へ入り、背後に回った。
[アメリア、彼に魔法を。…水の流れよ!]
「……っ、彼の者に加護を! 水攻!」
アイシクルに向けて、魔法を放つ。
彼の持つ双剣に水の力が宿った。
「はあああああっ!!」
アイシクルは双剣を振り上げて、ケルベロスの後ろ足を思いきり斬り付ける。
両足に計四本の切り傷を負わせられ、ケルベロスは大きな声を上げてその場に膝を付いた。ドスン、と地面が揺れる。
「よっし! 今やアイシクルくん!」
アイシクルは倒れたケルベロスの背に乗り、そこに剣の刃を突き立てる。
ケルベロスは抵抗しようとするも、両足に力が入らないため、じたばたとしていた。
「……、」
「…ん?」
すぐにトドメが刺せる状態にある。けれど、アイシクルは一向に次の行動を起こさない。
ケルベロスの背に乗ったまま動かない彼を見て、ローデンさんは首を傾げた。
「おーい。アイシクルくーん?」
呼び掛けてみるが、アイシクルに返事はない。
「アイシクル?」
じたばたとするケルベロスの動きが止まる。すると突然、ケルベロスの体が眩く光を放った。
眩しさで、ぎゅっと目を瞑る。光はすぐに収まり、恐る恐る目を開けると、そこにケルベロスの姿はなかった。
「…消えた?」
[いえ、…気配は感じます]
キョロキョロとケルベロスの姿を探す。けれど、何処にも見当たらない。
ケルベロスが居た所には、アイシクルと…。…ん? あれは、犬?
[はっ、はっ!]
「…………えと、」
地面に座り込んだアイシクルの上に、黒い犬が乗っていた。
嬉しそうに舌を出しながら尻尾をぶんぶんと振るその犬を見て、アイシクルは呆然としている。
「アイシクルくん、どうやら怪我はないようやね」
アイシクルに近付く。
近くで見ると、凄く可愛い子犬だ。
「……ん? その犬っころはなんなん?」
「さぁ、……俺にも何がなんだか」
[わん!]
「アイシクルに懐いてるみたい」
手を伸ばして、黒い子犬の体に触れてみる。
毛並みが柔らかくて気持ち良かった。それでいてとてもあたたかい。
[…………、]
子犬を見つめて、ウンディーネは眉をひそめていた。
「…ウンディーネ?」
[…いえ。それよりも、ケルベロスについてですが]
「あ、そうや。ケルベロスはどこ行ったん?」
[先程まで感じられていた気配が消失しました。おそらくもう、ここには居ないでしょう]
「本当?」
[ええ。よく頑張りましたねアメリア。初めてにしては及第点です]
口元を緩ませて、ウンディーネは言う。
褒められた。やったね。
「お。じゃあこれで、わいらはやっと外に出られるっちゅーわけやな!」
[そうですね]
「…はぁ~。なんつーか、色々予想外やったのぉ」
肩の力を抜いて、ローデンさんは項垂れる。
空から降ってきた大きな柱。転送法陣。睡蓮の洞窟。ウンディーネ。魔獣。ケルベロス。ローデンさんの言う通り、本当に色々予想外だった。今日はよく眠れそうです。
「外に居る人ら、今頃心配してんで」
「でしょうね。突然でしたし」
「うん。早く戻って、安心させてあげよう」
「…てなわけで、ウンディーネ。わいらを外に出してくれんか?」
[わかりました]
頷いて、ウンディーネは私たちの足元に魔法陣を描く。
呪文を唱えて魔法陣を発動させると、あっという間に私たちは洞窟を脱出し、外の訓練場へ転送された。




