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地の迷宮 ガーベラ・スカビオサ 3 ※トウマ視点





 チクタク。チクタク。


 時は刻む。時は刻む。



 チクタク。チクタク。


 やって来る。やって来る。



 チクタク。チクタク。


 希望がやって来る。希望がやって来る。



 チクタク。チクタク。


 絶望がやって来る。絶望がやって来る。



 チクタク。チクタク。


 希望と絶望がやって来る。希望と絶望がやって来る。



 チクタク。チクタク。


 どっちが勝つかな? どっちが強いかな?



 チクタク。チクタク。


 チクタク。チクタク。



+


[うわぁ…]

「ここが目的地ですの?」

[そうよ。やっと辿り着いたわ]

[巨大樹でっか!]


 地図を頼りに迷路を歩き続け、俺たちはようやく目的地である巨大樹のある広間までやって来た。広間の真ん中にドンとそびえる巨大樹を見つめて、俺たちは目を見開いて驚く。その巨大樹は、イメージしていたものよりも数倍は大きかった。


[ノエル! 居るんでしょ!? 出てきなさい!!]


 ノルンが叫ぶ。声は広間全体に響き、声に反応して、巨大樹の後ろから一人の男の子が魔獣に乗って姿を現した。


 "姉さん、おかえり。早かったね"。そう言って笑うノエルに、ノルンは眉をひそめて怒りを露にする。


[姉さんおかえり。じゃないわよ! あんた、あたしが外に出てる間に勝手に迷路変えたでしょ!? おかげで迷いそうになったじゃない!!]

[? …あ、ごめん姉さん。姉さんが戻ってくるまで暇だったからさ。つい]

[つい、じゃないわよ! 何考えてんの!? 馬鹿なの!?]


 感情剥き出しで怒りまくるノルンに対して、何の悪びれもなくきょとんとしながら淡々と謝るノエル。


 ノルンたちが話をしている間、ノエルが乗っている狼の魔獣はずっと俺たちを睨み付けていた。


[それより姉さん。何でそいつらと一緒に居るの? 姉さん、そいつらを殺しに行ったんだよね?]

[え? あ、これは…]

[…。そうか。姉さん、祓われちゃったんだね。しょうがないなぁ。じゃあもう一度元に戻してあげるね]

[!]


 そう言って、ノエルは魔獣から降りて手を伸ばす。手のひらに黒い霧を纏わせ、ノエルはそれをノルンに向けて真っ直ぐに放った。


 勢いよく飛んでくる黒い霧にノルンは驚き、それを見た俺はシヴァリウスを手に防御壁を張り、寸でのところでそれを防ぐ。


[あれれ?]

[い、いきなり何するのよ!?]

[防いじゃ駄目だよ姉さん。ちゃんと当たってくれなきゃ困るよ]

[あの力は…]

「リネアさん?」

[…地の精霊ノーム。君はその力をどこで手に入れたのです?]

[どこで? ええと、この力はね、貸してくれたんだよ、あの人が]

「あの人?」

[あの人とは誰です?]

[あの人はあの人だよ。君たちもよーく知ってる"あの人"。…そんな事より、僕と話してると危ないよ]

[…?]


 口元を緩ませて、ノエルはくすくすと笑う。その笑みに首を傾げ、主さんは眉をひそめた。その時、俺たちを守った防御壁に異変が起こる。


 防いだと思っていた黒い霧は、消滅する事なくその場に留まっていた。やがて霧はゆっくりと広がっていき、防御壁を取り囲む。何やら不穏な空気を感じた俺は、その場から少し離れてシヴァリウスを構えた。


[あーあっと。僕しーらない]


 ポツリとノエルは呟く。そのあとすぐ防御壁を取り囲んだ霧は防御壁の氷と共に大きな音を立てて粉々に砕けた。砕けた氷は地面に落ちずにその場でふわふわと浮かぶ。


 次の瞬間、浮かんでいた氷が俺たちに向かって勢いよく飛んできた。霧を纏わり付かせた無数の氷の刃が俺たちを襲う。あまりにも突然で逃げる事もままならなかったため、俺たちはその攻撃を防ぐ事が出来なかった。


[…あらら。可哀想な姉さん。どんな術かもわからないのに防いじゃうからそんな目に遭うんだよ]


 くすくすとノエルは笑う。


 勢いが凄すぎて、氷の刃が止む頃には俺たちはその場に倒れ込んでいた。抉られた地面の上に座り込んで、俺は身体中を襲う痛みに表情を歪ませる。


「…っ、」


 見ると、右腕に氷の刃が一本だけ刺さっていた。思っているよりもその刃は深く刺さっているようで、右腕がまったく動かせなくなっている。


 刃に纏わり付いた黒い霧がうねうねと気持ち悪く動いていて、もはやそれは霧というよりもヘドロみたいになっていた。


[あーあ。お兄さん、刺さっちゃったね]

「!」


 ノエルが俺の前に立つ。


 目線を合わせてしゃがみ込み、ノエルは残念そうにそう言って眉を下げた。


[これは僕のせいじゃないよ。お兄さんが姉さんをなんかを守っちゃうからいけないんだ。自業自得。御愁傷様]

「…っ」


 視界がぐらりと歪む。


 右腕がヒリヒリする。見ると、氷の刃に纏わり付いていた(ヘドロ)がいつの間にか手のひらへと移動していた。ヘドロは、ぐにゃりと形を変えて一輪の青い花となる。


「…、」


 右腕が動かせない。


 それどころか、身体もまるっきり動かせなくなっていた。


[トウマ! しっかりして!]


 ノルンの声が聞こえる。けれど彼女の声は、まるで遠くから声を掛けられているみたいに聞こえづらくなっていた。


 頭もなんだか働かない。ボーッとしていて、このままだと気を失ってしまいそうだ。


[トウマ! トウマってば!]


『とうま』


 再び、声が聞こえる。


 今度は、ノルンの声じゃなかった。


『とうま』


 その声は、俺の名前を呼ぶ。

 その声は、女の子の声だった。


 シャスティアでも、主さんの声でもない。


『とうま。また授業中に居眠りしたの? しょうがないなぁ』


 俺は、この声を聞いた事があった。


 それは、だいぶ昔に聞いた懐かしい声。


『とうま。顔をあげて』


 手のひらにある青い花を軽く握り、顔をあげる。


 先ほどまでノエルが立っていたその場所には、ノエルじゃない誰かが立っていた。


『ふふっ。ほら、起きて。もう放課後だよ。帰ろう?』


 声の主は、口元を緩ませて笑う。


 それは、紺色の制服を着た女の子だった。彼女の姿を見て目を見開き、俺は息を呑む。


「…なん、で」


 絞り出した声は、とても小さかった。


 彼女は俺を見つめて、笑い続けている。


『どうしたの、とうま。早く帰ろうよ。あ、それともこれから私とデートでもする?』

「…っ」


 もう絶対に見る事の出来なくなった笑顔を目の前に、俺は眉をひそめる。


 ドキドキと心臓が鳴り響き、それと同時に心の奥底にしまいこんでいた痛みが沸々と呼び起こされてきた。


『とうま』

「……、」


 顔を伏せて目を閉じて、奥歯を噛み締める。


 彼女の俺を呼ぶ声と、あの時の彼女の俺を呼ぶ声が重なって、酷く胸が痛んだ。


『…ねぇ、とうま。どうしてあの時助けてくれなかったの?』

「!」


 彼女は言う。


『どうして、気付かないフリをしたの?』

「…、」

『どうして、貴方の名前を呼んだのに無視したの?』

「っ、」


 目線を合わせて、彼女は言う。


 伏せていた顔を戻すと、やはり彼女は笑っていた。


『ねぇ、どうして無視したの?』

「…違う。俺は無視したんじゃない」

『あの時、私言ったよね。"助けて。とうま助けて"って。なのになんで聞いてくれなかったの?』

「あの時は、俺も怪我してたんだ。 だから、傍に行きたくても行けなくて…、怪我なんてしてなかったらすぐに駆け寄って助けてた。本当だ!」

『嘘つきとうま。私、知ってたんだよ? とうま、私の事嫌いだったんだよね?』

「…え?」

『嫌いだったから、わざと無視したんだよね? 知ってるから。全部。だから大丈夫。そんな顔しないで』

「なに、言って…」


 そう言って、彼女は手を伸ばして俺の頬に触れる。彼女の言っている意味がよくわからなかった。


 嫌いだった…? 俺が? 誰の事を? 彼女の事を? そんなわけない。そんな事あるわけない。だって俺は。


《ビーッ! ビーッ!!》

「!?」


 その時、俺と彼女の会話を邪魔するかのように耳をつんざく大きな音が割り込んで周囲に鳴り響く。その音にハッとして音の方に顔を向けると、その音は手首の端末から発信されていた。


 それと同時に、彼女以外の声が聞こえてくる。これは、主さんの声だ。


[トウマ、トウマ!]

「…主さん?」

[! トウマ! 良かった。気が付いたみたいだね。突然様子がおかしくなるから驚いたよ]

「…俺、何して」

[君は囚われかけていたんだよ]

「え?」

[君の腕に刺さった刃を覆っていた黒い霧が君の中に入り込んだんだ。気付いたのがあと少し遅かったら手遅れになっていたかもしれない]


 主さんは言う。

 右腕を見ると、そこにあった氷の刃は無くなっていた。手のひらの青い花も無くなっていて、彼女の姿も消えている。


 あれは、幻だったのか…?


[もう、何で邪魔するのさ。もう少しで面白くなりそうだったのに]

[悪いね。生憎と私たちは"あれ"に囚われている程暇じゃないのさ]

[…うーん。こうなったらもうしょうがないか。姉さんを戻すのは諦めよう]


 眉を下げて、肩を落とす。


 そしてノエルは俺たちから離れて巨大樹のもとまで歩いていき、ゆっくりと目を閉じて深呼吸をした。足元に魔法陣を描き、自身の周りに数体の狼の魔獣を召喚する。


[それじゃあ、お兄さんたち。これから姉さんが出来なかった事を始めるから、おとなしくしててね]


 そう言ってゆっくりと目を開けると、その目は赤く染まっていた。



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