地の迷宮 ガーベラ・スカビオサ 1 ※トウマ視点
黒ゴマの持つ腕輪の能力で地の柱の内部へとやって来た俺とシャスティアたち。柱の外と中では時間の流れがだいぶ異なるため、外で待つアメリアたちのためにもあまり時間は掛けていられない。最速攻略で頑張ろう。
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[えーと、さっきがこう来たから…ううん、今度は…たぶんこっち!]
ノルンの案内のもと、俺たちは地の柱の内部を歩く。柱の内部は外の迷宮区と同じく複雑に道が絡み合う迷路だった。迷路の道に足を踏み入れた瞬間に訪れたのは、また右も左もわからず右往左往するはめになるのかという絶望感。しかし、その絶望を跳ね返す勢いで"ここはあたしに任せてちょうだい!"とノルンが力強く言い放ち迷路の案内役を買って出てくれた。聞くと、この迷路は彼女が作ったものらしい。製作者がいるなら迷う心配はないなと安心していたのだが、しかしその思いは、何個目かの曲がり角を曲がった所で彼女の様子がおかしくなった事で砕かれた。
顔をキョロキョロと動かして焦った雰囲気を見せるノルンに、後ろからついていくだけの俺たちはきょとんと首を傾げる。あれ、あの挙動はもしかして…?
「あの、トウマさん? 私少し不安になってきたのですけれど。あの子大丈夫なんですの? 先ほどから動きが不審ですわ」
「…あー、ノルンー。大丈夫かー?」
[っ! だ、だだ大丈夫よ! 心配しないで! ここの地図は全部あたしの頭の中に入ってるんだから、何の問題もないわ! …うん。大丈夫。け、決して迷ってなんてないから!!]
声を掛けると、ノルンは顔を此方に向けて叫ぶ。その表情は強張っていた。
それを見て、俺とシャスティアは顔を見合わせる。"決して迷ってなんてないから!!"という言葉でなんとなく彼女の今の状況が理解出来た。
「…迷ったんですのね」
「迷ったんだな…」
ノルンには聞こえないように俺たちは小さく息を吐く。
正直に"迷った"と言えないのは、彼女の性格もあるのかもしれないが、"ここはあたしに任せてちょうだい!!"なんて声を高らかにして言った手前、簡単には助けを求めづらくなってるからだろう。
[うぅ、…今度はどっち? もう右も左もわかんない。出てくる前はこんなに複雑じゃなかったのに、どうしてこんな風になってるの? あたしが外に行ってる間に何したのよノエルの奴…]
ブツブツと小声で何かを呟いているノルン。一人であたふたしている様子はどこか見ていて面白いものだが、なんだかちょっとだけ可哀想に思えてくる。これは、手助けをした方がいいかもしれない。
[…それにしても、俺らは今何処に向かって歩いてんだ?]
「あの子が言うには、この迷宮の中心には巨大樹と呼ばれている大きな木があるという話で、私たちは今、その巨大樹のある場所へ向かっているんですわ」
[巨大樹?]
「おーい、ノルーン。本当に大丈夫かー?」
[……、]
シャスティアとシェルが話している隣で、俺はノルンを呼ぶ。俺の声に反応してノルンは再び顔を此方に向けた。
なんだか泣きそうな表情をしているのは気のせいではないのだろう。ノルンのもとに近付き、俺は彼女の頭に手を置く。すると彼女は目から大粒の涙を流して、俺の服を掴んだ。
[うぅ、トウマ~!]
「よしよし」
[こんな、…こんなはずじゃないの! 本当はもっと簡単に巨大樹のあるとこに辿り着くの!! なのに何でか着かないの!!]
頭の中にあるという地図の詳細を聞いてみると、本来ならば迷宮のスタート地点からゴールの巨大樹のある部屋までは一直線ではないまでも少し考えれば数分で辿り着く、子供でも突破出来るような作りになっているらしい。
[こんなのおかしいの!! 絶対にこれはノエルの仕業なの!! この迷路を作り替えられるのはあたしとノエルだけで、あたしはどう考えてもやってないからこれは絶対にノエルの仕業なの!! もおおお!! あとで覚悟しときなさいノエルウウウウ!!]
「……、」
凄く荒れてる。
口元を緩ませて笑い、俺はノルンの頭を撫でて眉を下げた。うーん。これじゃあ最速攻略なんて夢のまた夢だな。
[トウマ、聞いてもよろしいですか?]
「? なんだ、リヴィス?」
[このままこの迷路を進んで、無事に巨大樹のある部屋に辿り着いたとします。そこでワタシたちはノエルと対峙するのですよね?]
「ああ。…まぁ、ノエルに会えるかどうかはわからないけど」
[そこで、一つ疑問なのですが。貴方はノエルとも契約なさるおつもりですか?]
「え?」
[一人の人間につき、契約できる精霊は一人だけ。いくら地の精霊が二人で一人だとしてもそこに例外はありません。地の精霊が二人ならば契約者も二人必要になるのです。……ですが、貴方は既にノルンと契約しており、シャスティアもシェルと契約済み。一体どなたがノエルと契約するのです?]
「…、あー」
リヴィスの言葉を聞いて、きょとんとする。言われてみれば確かにそうだ。
おそらくこのままノルンの案内で巨大樹のある場所まで行ってノエルに会えば、契約の儀は必ず行わねばならない。ノエルもノルンと同じく闇に犯されている可能性が高いから、その闇を祓うには契約するしか他に方法がないからだ。
[まさかとは思いますが、考えていなかったのですか?]
「え、えーと…」
聞かれて、返答に困る。
完全にそれは頭からすっぽ抜けてた。
考えてなかったとは言えず、リヴィスに詰め寄られたまま俺は眉を下げてどうしようかと悩む。すると、そこで突然手首に付けていた端末からピコンと音がした。
今まで動かなかった端末からの音に吃驚して、何だと確認してみると、液晶に表示されていたのは"召喚"という二文字。明らかに"押せ"と言わんばかりに表示されているその二文字に、俺は頭の上にたくさんの"?"を浮かべた。その間でも端末はピコンピコンと音を鳴らしている。これは、押してみるしかない?
[トウマさま、それ何ですか?]
「何て書いてあるのかまったくわかりませんわね」
「ああ、と…。そんなに見ないで。あまり人に見せられるようなものじゃないからこれ」
シャスティアとプクプが端末に映し出された文字を見てくる。端末を隠しながら俺は彼女たちを離れさせて、ピコンピコンと鳴り続けるそこに人差し指を添えた。指を添えれば音が止まり、端末から白い魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣から眩い光が放たれ、俺たちは反射的に目を閉じた。一瞬の出来事で、光はすぐに収まる。恐る恐る目を開けると、そこには居たのは…。
[やぁ、トウマ]
「は? え、主さん!?」
目を見開いて、驚く。
そこに居たのは、主さんだった。主さんはその名の通り、俺たち時の番人の…簡単に言えばリーダーみたいな立ち位置の人?で、俺やトールさんたちの行動を決めているとても偉い人だ。真っ白な身体を持つ、少し不思議な人物だ。
[…へぇ。ここが地の柱の中か。なるほど。不思議な感じのする所だね]
[あなたは?]
[…。うん。知らない顔も居るようだね。だったら自己紹介するよ。私の名は"リネア"。もちろん偽名だけれど、名前があった方が君たちも呼びやすいだろう?]
[……]
胸に手を当てて、主さんはリヴィスたちに頭を下げる。リヴィスは眉をひそめて主さんを見つめた。警戒しているのだろうか。まぁ、警戒するのも無理はないけど。
[君は、彼の端末から出てきたのか?]
[そうだよ。困っていたみたいだったから助けてあげようかと思って]
[…お前は、人なのか?]
[うーん。どうだろう。見方によっては私は人だし、物でもあるかな]
[曖昧な返答ですね]
[ごめんよ。私の存在は不安定でね。"個"としての確定がないんだよ。だから身体も真っ白なんだ]
主さんは言う。
その言葉に、リヴィスたち精霊は顔を見合わせた。
「なんだか不思議な御方ですわね」
[あたしからしてみたら不思議じゃなくて不気味なんだけど]
[気味悪がられても仕方がない。私を初めて見た者は大抵怯えるから。…あ、一人だけ嘔吐した人が居たっけな。あれは流石に驚いたよ]
ははは、と笑う。
でもどうして、主さんはここに来たのだろう。助けに来たって言っていたけど。
「主さん、どうしてここに?」
[言っただろ? 助けてあげようかと思ってって。君たちの事情はわかってる。これから地の精霊と会うのだろう?]
「……」
[だが、今から会いに行く地の精霊にはちょっとした欠陥があり、その欠陥を排除するには契約の儀を行うしかない。しかし契約するにしてもトウマとそこの彼女には既に契約した精霊が居て、地の精霊とは契約出来ない。さて、どうしたものか]
[すごい。ピッタリ合っています]
[そこで、私の出番なわけだよ]
「ん?」
腰に手を当てて、主さんは言う。
私の出番とは、どういう意味なのか。
[出番とは?]
[…トウマ。少しだけ君の頭を借りるよ]
「え?」
そう言うと、主さんは俺の頭に手を置く。主さんの手はひんやりと冷たかった。
手はすぐに離れて、主さんは次にポンと手を叩く。すると主さんの足元に魔法陣が描かれて、魔法陣から放たれた光が主さんの身体を包み込んだ。少し経ってもう一度ポンと手を叩くと、光が消えて魔法陣も消える。すると、主さんの居た場所には一人の女の子の姿があった。
「!」
その女の子の姿を見て、シャスティアは目を見開く。
「アンジェラ!?」
[? ああ、そうか。君もこの子の事を知っているんだったね]
「主さん、なのか?」
[そうだよ。正真正銘、私は君の知る主そのものだ。この姿はこれから必要になるものだから借りているものにすぎない]
「え、…アンジェラじゃ、ありませんの?」
[うん。驚かせちゃってごめんね。事前に何をするか言っておけば良かったかな。…こういう所だよね。口より先に行動しちゃうのがクセになってるんだ]
[借りている、とはどういう意味だ?]
[そのままの意味だよ。人と人が物の貸し借りをするみたいに、私は人から姿そのものを借りているんだ。あ、もちろん許可は貰っているよ]
「許可?」
[うん。彼女はすぐに了承してくれたよ。優しい子だね、あの子は]
「…アンジェラと会った事が?」
[うん。彼女は今、私たちと一緒に居るんだ。だから彼女の事は知っている]
「! アンジェラは無事ですの!?」
[大丈夫。安心して。傷もだいぶ良くなってきて、今は元気だから]
「無事なのですね。…良かった」
主さんの言葉を聞いて、シャスティアは胸を撫で下ろしてホッと息を吐く。
それを見て、主さんは口元を緩ませた。
「でも、どうしてアンジェラの姿を?」
[彼女が選ばれているからだよ]
「アンジェラが?」
[前回の事を思い出してみて。彼女もこの場に居たはずだよ]
「…、!」
それは、時間が巻き戻る前の出来事。確かに俺はここでアンジェラを見つけて、共に行動した記憶がある。
その時はどうしてアンジェラが居たのかわからなかったけど、今ならなんとか理解できる。なるほど。彼女は地の精霊に選ばれたからあそこに居たのか。
[それでは、ノエルとはあなたが?]
[うん。そうなるかな。だけど、ノエルと契約するのはこの子だ。この子の名前でノエルと契約を結べば、ノエルは彼女の精霊として確定されるだろう]
[えと、つまり?]
[彼女の身体と名前を使って、リネアが彼女の代わりにノエルと契約をするって事だ]
[そう。だからここから先は私も共に行こう]
「主さんも?」
[心配はいらない。身体はこの子だとしても魔力そのものは私のままだ。トールには及ばないもののそれほどの戦力にはなるだろう]
任せてくれ。
そう言って、主さんは胸を力強く叩いて笑った。




