仲間を求めて 2
東の国へ行くため、北の国の港町から船に乗った私たち。東の国に到着するまでは結構時間があるため、それまでの間私たちは船の甲板で各々の時間を過ごし暇を潰していた。
「炎よ燃えろ! フレイム!」
足元に魔法陣を描き、アイシクルは空に向かって炎の魔法を放つ。彼は現在、最近覚えたという"融合"という術を使ってブレイズさんと共に魔法の練習を行っていた。
[主、ちょっと力みすぎだ。もう少し力を抜け。そうすればもっと早く魔法が撃てる]
「これでも力は抜いてるんだけどな…」
融合というのは、精霊にしか使う事の出来ない精霊魔法の一つで、融合すると見た目が変化する他、一つの身体に契約者と精霊の二つの魂が宿るため魔力が倍増し、その融合した精霊の属性に特化した魔法が放ち放題になるのだそうだ。炎の精霊と契約すれば炎の魔法が放ち放題になり、水の精霊と契約すれば水の魔法が放ち放題、という感じで。
ただし、融合を使う絶対条件として精霊と契約者との間には信頼関係が築かれていないといけないみたいで、信頼関係がまったくない状態で融合しようとすると拒絶反応が起こってしまって凄く痛い思いをするらしい。痛い思いって何なんだろうか…。
『…おー』
真っ赤な炎が空に広がる。
彼らから少し離れた所で、私はそれを見つめていた。だいぶ遠くにある炎のはずなのに炎の熱さが伝わってきて凄く熱い。
[その調子だ、アイシクル。これなら、いつ奴の手下が襲ってきても対処出来るな]
「手下?」
[そ。サラマンダーの手下。二人居るんだが、そいつらもあいつと同じでかなり厄介でな。前に一度戦った事があるんだが、結構苦労させられたんだ]
「…その話、聞いてないんだけど」
[今聞かせたからな。まぁでも、今の主の力なら大丈夫だよ。問題はない]
「……」
魔法を放ったアイシクルの手には、炎が纏わり付いている。あの炎は常に出ているのだとアイシクルは言っていたけれど、ブレイズさん曰く、魔力を抑え込む練習をすればあの炎は出てこなくなるのだそうだ。
[わんわん!]
手すりから顔を覗かせて、海面を見つめながらケルンが吠える。かろうじて見えている尻尾はぶんぶんと振り回されていて、海を見るのは初めてなのか凄く興奮しているようだった。
私もケルンみたいに手すりに乗って海を見たい気持ちが大きいけれど、今の姿で頑張って手すりに登って海を見たら船が揺れた瞬間真っ逆さまに落ちてしまいそうな気がする。
『ケルン、いつまでもそんな所に居たら危ないよ!』
[はっ、はっ、]
『…うぅ』
声を掛けるが、私の声はケルンには聞こえていないので慌てて声を出しても意味はない。アイシクルを呼べればいいんだけれど、アイシクルは今ブレイズさんと融合の練習中なので邪魔は出来ない。
[わふ! わふ!]
『はわわわ…』
興奮が冷めないままのケルンをハラハラドキドキで見つめる。今はなんとか穏やかな船の旅で済んでいるけれど、もしここで何か重大な事件が起こってしまって船全体が大きく揺れるような事があれば、ケルンは間違いなく絶対に海に落ちてしまう。…そう、例えば、いつかの時のように海の中から突然巨大なイカが襲ってきて船を破壊してくる。とか。
あの時は本当に驚いた。もうあんな思いは二度と御免だけれど、そんな事を思っていると今回の船の旅も同じ目に遭ってしまいそうな気がして想像するだけで身体が震えてしまう。
[わんわん!]
『ケルン、お願いだから降りてきてよー…』
「あ! ぬいぐるみさんだ!」
『!?』
未だに海を見つめて興奮中のケルンを見つめてオロオロする。するとその時、背後から突然声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには一人の女の子の姿が。真っ赤なリボンで髪を結んだ小さな女の子で、女の子はじっと私を見つめていた。
「ママー! ここにぬいぐるみさんが居るよー!」
『!!』
ビクッと肩を震わせる。
なんだかこのままここに居たら危ない気がする。しかしまだケルンは海に夢中なので、私だけ逃げ出すわけにはいかない。
「どうしたの?」
「ママ、ぬいぐるみさん!」
「…あら、本当ね。どうしてこんな所に。誰かの落とし物かしら?」
女の子に呼ばれて、女の子の母親がやって来た。もう逃げ場はない。こうなったら仕方がない。じっとしていよう。
『……』
「あれ? 動かなくなっちゃった」
首を傾げて、女の子は私の身体に触れる。指先を腹部に押し当てて、ツンツンと二回つついた。つつかれた事でバランスを崩し、私はそのまま直立姿勢で後方に倒れる。ポフッという軽い音がして、倒れた私を女の子は両手に持って口元を緩ませた。
「ママ! あたしこれ欲しい!」
『!!?!?』
なんだと!?
「え? 駄目よ。誰かの落とし物かもしれないでしょ? 置いておきなさい」
「えー! やだ! これ欲しい!!」
私を持ちながら女の子は叫ぶ。その声を聞いてか、ケルンが顔を此方に向けた。私が女の子に捕まっているのを見て、わんわんと吠える。けれど、女の子と母親もその声に気付いていないのか会話を続けていた。
「これ欲しい! だって可愛いんだもん!」
「だーめ。落とし主が困ってるかもしれないでしょ? 持って帰ったりしたら悪いわよ」
「やーだー!」
泣きそうな勢いで女の子は叫び、ぎゅーっと私の身体を締め付ける。母親は眉を下げて、困り果てた表情を浮かべていた。するとそこに、男の人が近付いてくる。
「すみません」
声に気付いて、女の子の母親は彼の方に顔を向けた。その声を聞いて、私はピクッと身体を震わせる。見ると、ケルンが彼の足元で"わんわん"と吠えていた。どうやら呼んできてくれたみたいだ。融合を解いているため、いつもの彼だ。
「あ、やっぱりここにあったんだな。見つかってよかった。これで一安心だ」
「?」
「あの、…では、このぬいぐるみは貴方が?」
「はい。さっき荷物を取り出した拍子に落としてしまったみたいで、探してたんです」
口元を緩ませてアイシクルは言う。
しゃがみこんで、彼は女の子の頭に手を置いた。
「君が見つけてくれたのかい? ありがとうな」
「ほら、ユリ。そのぬいぐるみをお兄ちゃんに返しなさい」
「…むー」
「あとでママが代わりのぬいぐるみ買ってあげるから。ね?」
「…。」
頬を膨らませて、女の子は手に持った私を見つめる。母親に背中を軽く叩かれて、仕方なくといった感じで女の子はアイシクルに私を手渡した。
女の子からアイシクルの手に移動した私は、ホッと胸を撫で下ろす。良かった。このまま連れてかれるかと思ったよ。
「ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「いえ」
「ユリ、行きましょう」
「……」
そして、女の子は母親に手を引かれて私たちから離れていく。甲板から客室へ行くための扉を開けるその時まで、女の子はずっと私の事を見つめていた。
近い将来、私の代わりになるぬいぐるみが彼女の心を癒してくれる事だろう。
[わんわん!]
『うぅ、…うぅっ、』
「はぁ、まったく。何してるんだよ。危うく連れてかれるとこだったぞ?」
『と、突然だったんだよ! しょうがないでしょ!?』
安心感からか、泣きそうな声をあげて私はアイシクルに言う。
はぁ。と溜め息を吐いて、アイシクルは私をケルンの上に乗せた。わんわんと嬉しそうにケルンはその場で飛び跳ねる。
[わんわん!]
「しばらくそこで大人しくしてろ。…ケルンも、ちゃんとアメリアの事見ててな」
[わん!]
『……』
ケルンの頭を撫でて、アイシクルは立ち上がる。私たちに背を向けて歩きだそうとする彼を見つめて、私は一つ不満の声をあげようとした。しかしその声は、ドォンという音と共に船全体が大きく揺れたため言えなくなってしまう。
『わっ!』
バランスを崩してケルンから落ちそうになった私は必死に身体を支える。前にも経験した事があるような気がするこの船の揺れに嫌な予感がして、私はぎゅっとケルンにしがみついた。
[わんわん!]
「っ、なんだ?」
[アイシクル! あれを!]
ブレイズさんが何かを見つける。
アイシクルたちが顔を向けると、船の後方にそれは居た。
[グオオオオオッ!]
大きく咆哮をあげて、何本もの触手をうねらせる。甲板に居た人たちもそれを見て悲鳴をあげていた。恐る恐る顔をあげると、見えたのはあの時にも見た赤く光る両目。
…セント大王イカだ。
「おわー。でっけぇイカ!」
「おい、見てないでさっさと逃げるぞ!」
「にーちゃーん!! 怖いよー!!」
「こっちだ、早く!」
「凄く大きなイカじゃのお。焼いたら美味そうじゃ」
船の後方に居る巨大なイカに恐怖し、甲板に居た人たちが一斉に走り出す。そしてそれは再び大きく咆哮をあげて、甲板を叩き付けようと一本の触手を振り下ろした。
しかしその攻撃は、バチッという音を立てて勢いよく弾かれる。見ると、船の周りにはいつの間にか結界が張られていた。結界を張ったのはアイシクルだった。ブレイズさんと融合し、姿が変わっている。
[驚いた。判断が早いな、主]
「きちんとした呪文は唱えてないから簡単に破られると思うけど、逃げ出すための一時しのぎくらいにはなる。…それに、自分が乗った船が二回も落とされたってなったらたまったもんじゃないだろ」
[…なるほど]
[グオオオオオッ!]
[わんわん!]
セント大王イカの触手が、バンバンと音を立てて何度も結界に激突している。早くも結界には小さなひびが生まれていた。
[グオオオオオッ!]
[どうするんだ、主? あのイカ凄く怒ってる雰囲気だけど?]
「どうするって。大人しくさせる意外に方法なんてあるか?」
[…まぁ、ないな。作戦は?]
アイシクルとブレイズさんはセント大王イカを見つめながら会話を続ける。そんな彼らの姿を見つめて、私は震える身体を必死に抑えていた。
[グオオオオオッ!]
結界が破られ、パリンと粉々になった結界の欠片が空を舞う。それを合図に、話し合いが終わったのかアイシクルは走り出した。
彼は勢いよく飛び上がり、セント大王イカに向けて炎の魔法を放つ。アイシクルの手から放たれた炎は、セント大王イカの身体をすべて飲み込むほどの大きさだった。
[グオオオオオッ!]
『!』
炎の中に飲み込まれたセント大王イカは甲高い声をあげて苦しそうにもがく。炎は一瞬で消え去り、その後、セント大王イカは私たちの前にほどよく焼けた状態で現れた。
焼けたセント大王イカはそのまま海の中へと沈み、船全体を大きく揺らす。
[わんわん!]
静かになった甲板。セント大王イカが居なくなったのを確認して、船内から次々と人が戻ってきた。彼らは一斉に歓喜の声をあげてアイシクルに感謝の言葉を伝える。ケルンもその場でくるりと回り、尻尾を振り回して嬉しそうに吠え続けた。
『…、』
けれど私は、それに素直に喜ぶ事が出来ず、ケルンに乗ったまま未だに降りてこないアイシクルをじっと見つめていた。




