仲間を求めて 1 ※アイシクル視点
雨に濡れながら屋敷に帰ってくると、扉を開けた瞬間、母さんからの熱い抱擁が襲ってきた。母さんはちょうど玄関ロビーにて使用人と話をしていたところだったようで、いきなり抱き付いてきた事に吃驚して俺は目を見開いてしまう。そのおかげでアメリアを避難させる事が出来ず、彼女は俺と母さんの身体に挟まれて苦しそうな声を漏らした。
マーベリアの誕生日パーティが終わってから行方不明だったらしい俺を母さんはずっと心配していたようで、母さんは年甲斐もなくわんわんと泣きながら俺の無事を喜ぶ。どのくらいサラマンダーに捕まっていたのかはわからないけど、母さんのこの泣き具合から見て結構日が経っているみたいだった。
そして俺は泣き止まない母さんを使用人に預けて自分の部屋へ向かう。扉を閉めて鍵を掛け、ベッド上にアメリアを降ろした。事情を聞くため、ブレイズにもわかるように紙とペンを彼女に渡す。自分と同じ大きさのペンを持ったアメリアはキャップを取ったペン先を紙に向けて、身体全体を使ってそこに絵を描き始めた。
[…なるほど。それで君は空から降ってきたというわけか]
『!』
「真ん中の国って、聞いたことないんだけど」
[知らなくても当然だ。真ん中の国というのは、一部の人間と精霊・妖精にしか知らされていない国だからな]
「何処にある国なんだ?」
[世界の中心だ]
「世界の中心? って、…もしかしてその国って海の中にあるのか?」
[いや。ちゃんと大陸として存在している。その国には国全体に結界が張られていて外からは見えないようになっているんだ。だから地図にも載っていないし、君たち一般人にも認知すらされていない]
腕を組んで、ブレイズは言う。
世界の中心にある見えない国。
そんな国があるのか、知らなかった。
「アメリアは今まで、その国に居たのか?」
『うん。トウマくんと一緒にね。でも落ちてる途中? ではぐれちゃって』
「トウマと?」
[…誰だ? そのトウマというのは?]
「トウマは、アメリアと俺の友人なんだ。空から落ちてくる前までは一緒に居たみたいなんだけど、途中ではぐれちゃったらしい」
[はぐれた…?]
『トウマくん、何処に行っちゃったのかな…。無事だといいんだけど』
アメリアは言って、頬に手を添える。
トウマも今のアメリアと同じ姿なのかと聞くと、トウマの姿はあまり変わっていないらしい。どうやら見た目がだいぶ変わったのは彼女だけのようだ。
[…そうか。なら、やることは二つだな]
『?』
「二つ?」
[ああ。…一つは、そのトウマという君たちの友人を捜す事。あと一つは、彼女が真ん中の国に行く前に共に居たという仲間たちを捜す事だ。俺たちにも仲間を捜さなきゃいけない事情が出来たからな。ちょうどいい]
「仲間を捜すって…」
[どう考えても、俺たち二人の力だけじゃあいつに太刀打ちするのは不可能に近いからな。この場合、誰でもいいから戦力が欲しい]
[わん!]
[ん、…ああ、そうか。お前も居たなケルン]
[わんわん!]
『捜してくれるの?』
「…そうらしい。でも、捜すって言っても何処を? 手掛かりは何もないけど」
[まぁ、俺に任せておけ]
そう言って、ブレイズは口元を緩ませた。
+
そして俺たちは、ブレイズに連れられて屋敷の外にある庭へと足を運ぶ。通り雨だったようで、雨はすっかり止んでいた。
こんな場所で何をするのだろうかと、離れた所で俺とアメリアは噴水の前に立つブレイズを見つめる。ブレイズは両目を閉じて、静かに集中していた。
『…何やってるの?』
「さあ…?」
[わふっ]
首を傾げ、何がなんだかわからないままブレイズを見つめる。しばらくすると彼の周りには風が纏わり付き、微かに音も聞こえてきた。ひゅう、ひゅう。という風の音と共にブレイズは閉じていた目をゆっくりと開く。すると、ブレイズに周りに纏わり付いていた風が彼の腕に淡い緑色の模様となって張り付いた。
「ブレイズ」
なんとなく終わったようなので、声を掛けてみる。声を掛けると、ブレイズは俺たちの方に顔を向けて、小さな羽を動かしながら近付いてきた。
[わかったぞ。君の仲間の居場所]
『!』
「本当か?」
[ああ。ただ、わかったのはシェルとシェルの契約者の居場所だけだがな]
「…えと、シェルって?」
『リヴィスと同じ精霊だよ。風の精霊シルフ。シェルはシルフのニックネームなの。…あ、そうか!』
「どうした?」
『前にリヴィスが言ってたの。精霊と精霊は繋がってるって。だからブレイズさんはシェルの居場所がわかったんだ!』
「繋がってる?」
[彼女は何て言ったんだ?]
「…精霊と精霊は繋がってる。だからブレイズはシェルの居場所がわかったんじゃないかって」
[ほぉ。正解だ、アメリア。確かに精霊と精霊は繋がってる。精霊になった瞬間、俺たちは一心同体の存在になるんだ。だから離れていてもこうして精神を集中させれば、他の精霊が今何処に居るのかがわかる]
『一心同体…』
「それで、そのシェルっていうのは今何処に居るんだ?」
[東の国・ジハーグだ]
「東の国?」
東の国・ジハーグ。
アメリアたちが船で向かおうとしていた国だ。
[その国で、シェルとシェルの契約者は君と同じようにはぐれた仲間を捜しているらしい]
『!』
[どうする? 会いに行くならそう伝えるが]
『会いに行く!行きます!』
「行くってさ」
[わん!]
[…わかった。なら、そう伝えておく]
片手をあげてアメリアは言う。その言葉を聞いてブレイズは頷き、再び俺たちに背を向けた。勢いよく手をあげたからか肩から落ちそうになる彼女を俺は慌てて支える。
東の国に居る、風の精霊・シルフ。
一体どんな姿をした人物なのだろうか。
+
その夜。俺は、屋敷の二階にある中庭にて一人くつろいでいた。ベンチに腰を降ろして、吹き抜けになっている天井から夜空を見上げる。
眠れないってわけではない。この中庭に来るのは、俺のルーティンみたいなものだ。ブレイズとケルンとアメリアは現在、俺の自室にてパンを食べている。使用人がわざわざ俺のためにと買ってきてくれたもので、それが彼女たちの夕飯となっていた。
「……、」
はぁ。と、息を吐く。
なんだか今日はどっと疲れた。
しばらくこのままくつろいで、眠くなったら部屋に戻ろう。
[アイシクル]
「!」
そう思いながら、夜空を見つめてボーッとする。と、そこでブレイズの声が聞こえた。
声を聞いて顔を向けると、そこに居たブレイズは元の人間サイズの姿に戻っていて、彼のその姿を見て俺は胸ポケットにしまっていた眼鏡を掛ける。
「ブレイズ。パンは食べ終わったのか?」
[ああ。とても美味かったぞ]
「それは良かった」
ブレイズは言う。
使用人の買ってきたパンは、どうやら無事に精霊の口に合ったようだ。
[ここで何をしていたんだ?]
「ちょっとだけくつろぎがてら涼んでたんだ。風呂上がりだからな」
[なるほど。それで少し濡れているのか。…その眼鏡も、風呂上がりだからか?]
「ん? …ああ」
[よく似合ってるぞ]
「それはどうも」
そう言って、ブレイズは俺の隣に腰を降ろす。身体から熱が放出されているのか、傍に居るだけで熱さを感じた。
小さく息を吐き、ブレイズも俺と同じく天井を仰いで夜空を見上げる。俺に何か用事でもあるのか。そう聞くと、ブレイズは俺の方に目線を向けた。
[用ってほどでもないが、…聞きたい事があるんじゃないかと思って]
「聞きたい事?」
[気になってる事とか疑問に思ってる事とか。…無ければ別に構わないが]
「…、」
ブレイズは言う。
…聞きたい事、ね。
「…なら、一ついいか?」
[どうぞ]
「あのサラマンダーって奴は何者なんだ?」
気になっている事は山ほどあるけど、その中で特別知りたい事と言えば、やっぱりあの男・サラマンダーの事。
あの日、あいつはどうして俺を狙ってきたのか。どうして俺を捕まえたのか。サラマンダーという男は一体何者なのか。それをまずは聞きたい。
[…。…あいつは、精霊・サラマンダー。炎を司る精霊だ]
「!」
ブレイズは静かに口を開く。
炎の精霊・サラマンダー。
四つの柱を守護する四大精霊の一人だ。
しかし彼は、少し前までとある理由で封印されていたらしい。
[基本的に精霊というのは属性ごとに一人しか存在しないんだが、この世界には今、炎の精霊は二人居るんだよ]
「どうしてそんな事が?」
[……、]
ブレイズは話を続ける。
この世界に存在している精霊は4人。それ以上増える事はないし、減る事もない。
だが、それがある時5人に増えた。絶対に増える事のない精霊が、とある理由により一人増えてしまったのだ。その原因が炎を司る精霊・サラマンダーにあった。
[その時、あいつは葛藤していた。自分の中に巣くっていた"闇"と人知れず戦っていたんだ]
いつからそこに居たのかはわからない。その闇は、あいつの抵抗も虚しく着実に少しずつあいつの身体を蝕んでいって、最終的にはあいつのすべてを飲み込んでしまった。
そこからあいつの様子はだいぶ変わってしまった。だが、闇がすべてを飲み込む直前、あいつは自分の中に僅かに残った炎を外へと避難させていたんだ。彼は炎にこう言っていた。
[俺は闇に負けてしまった。この炎だけが唯一の希望だ。いつかこの炎が俺の代わりに精霊となり、この闇を払ってくれる事を切に願う]
その後、サラマンダーの身体から出たその炎は、彼の言葉に従ってその姿を変化させ、5人目の精霊となって闇に蝕まれた彼を救うために動き出した。
[それが、俺。精霊・ブレイズってわけ]
「……」
ブレイズの話を聞いて、俺は眉をひそめる。サラマンダーについてはわかった。だが。
「闇って?」
[さあな。それはあいつに聞いてみないとわからない。だが、]
「だが?」
[…これはまだ確証があるわけじゃないからはっきりとは言えないが、俺が姿を変えてしばらく経った頃、精霊たちの間である変化が起きたんだ]
「変化?」
「それは、」
[わんわん!]
『ちょっと待ってよー!』
[おっと。どうやらこの話はここまでみたいだな]
「?」
精霊たちの間で起きた変化。それについてもブレイズは話そうとしたが、だがそこでケルンとアメリアの声が聞こえきて、ブレイズは話を終わらせる。
足元で元気よく吠えるケルンを抱き上げて頭を撫でると、ケルンは舌を出して尻尾をぶんぶんと振り回した。それを見て、ブレイズは口元を緩ませる。
[さっきの話は、また今度にするとしよう]
「…、」
[わん!]
『? …何か話してたの?』
「あ、いや。気にする必要はないよ。ただ世間話をしてただけだ」
手のひらの上に乗せたアメリアが、首を傾げて聞いてくる。
話の続きが気になる所だけど、今の話をさすがにそのまま彼女に伝えるわけにはいかないので、俺は眉を下げて怪しまれないように口元を緩ませて誤魔化した。




