融合 ※アイシクル視点
『ごめんなさいね。アメリアまだ帰ってきていないのよ』
『そうですか』
『ほんと、何処まで行っているのかしら、あの子。アイシクルくんがこんなに心配しているのに…』
声が聞こえる。
この声は、アメリアの母親・シュリアさんの声だ。
「…ん、」
ゆっくりと目を開ける。
視界いっぱいに広がるのは、隙間なくぎゅうぎゅうに敷き詰められたたくさんの茨。右を見ても左を見ても、上も下も前も後ろも茨しかなかった。
「…っ、ぐ、…うぅ、っ…!」
両手両足に巻き付いた茨の刺が深く食い込む。手首と足首から流れる血が滴り落ちて、足元に小さな血だまりを作っていた。
いつから俺はこんな状態になっているんだったか。思い出してみるが、記憶がおぼろげになっていて上手く思い出す事が出来ない。確か俺はあの時、誰かに…。
[よお、起きたか]
「…!」
すると、そこで声が聞こえる。
ハッとして声の方に顔を向けると、そこに居たのは一人の男。茨の上に立ち、男は俺を見つめていた。
[よく寝てたな。このまま眠り姫になっちまうのかと思ったぞ]
「…ここは?」
[ここは、あいつの身体の中だよ。お前は捕らえられたんだ]
「捕らえられた…」
なるほど。
だから両手と両足に茨が巻き付いているのか。
「……」
男の言葉を聞いて、息を吐く。
胸の奥が妙に穏やかだ。こんな状況でも慌てずにいられるのは、おそらく目の前に居るこの男の影響だろう。
「…どうしたら出られる?」
[お。こんな状況なのに冷静だな。流石俺の主]
「答えてくれ。どうしたら出られる?」
[簡単だ。炎の魔法で茨を燃やせばいい。だが、この茨を生み出しているのはあいつだ。誰でも撃てるような魔法じゃビクともしないだろう]
「じゃあ、どうするんだ?」
[そのために、君が起きるのを待ってたんだ]
「?」
待っていた…?
「どういう意味だ?」
[この茨は普通の炎じゃ燃やせない。だったら、普通じゃない炎で燃やせばいい。そのためには、俺と君が"融合"して炎の魔法のパワーを極限まで引き上げ、それを茨に向けてブッパすればいい]
「は、…?」
男は言う。
その言葉を聞いて、俺は眉をひそめた。普通じゃない炎で燃やす。そのためには俺との"融合"が必要? どういう事なのかさっぱりわからない。
「融合って?」
[安心しろ。融合に必要な種はもう既に君の中に仕込んである。あとは君が呪文で俺を受け入れてくれればいいだけだ]
「あー…」
自分のペースで話を続ける男に、眉を下げて頭を悩ませる。まぁ、でもここから出られるなら別に彼の言葉の全部を理解する必要はないか。なんとなく理解したつもりで俺は男の言葉に頷く。
「…それで、なんて言えばいいんだ?」
["フュージョン・ブレイズ"。ただそう言えばいい]
「フュージョン・ブレイズ…?」
男の口から出た言葉を、そのままポツリと呟く。すると次の瞬間、男の身体が勢いよく炎に包まれた。炎は竜巻のように渦を巻き、俺の身体をも飲み込んで大きさを増していく。炎の中に包まれた俺が見たのは、炎を身に纏って揺らめく男の姿と燃えゆく自身の身体だった。
男…精霊ブレイズとの融合が始まる。炎の匂いが鼻を掠め、俺はゆっくりと目を閉じた。そしてしばらくすると炎の渦は消えて、目の前に居たブレイズの姿もなくなる。融合は成功したのか。そう思ったのも束の間、両腕と両足から突然勢いよく炎が生み出され、巻き付いている茨をすべて焼き切った。
自身を捕らえていた茨がなくなった事に驚いて両手を見ると、十本の指にはそれぞれ赤と黒の指輪が嵌められていた。何が起こったのか。眉をひそめて首を傾げる。
[どうやら上手くいったみたいだな]
「…どうなってるんだ?」
[今、俺と君は一つの存在になったんだよ。融合ってのは、精霊にしか使えない術なんだ。契約している主と一つになる事で、俺たち精霊は自身の持つパワーをだいたい約十倍くらいまで引き上げる事が出来る。そこら辺に居る雑魚敵なんかは一瞬で消し炭に出来るぞ。……まぁ、よくわかんなかったら"俺、覚醒した!"とでも思ってくれればいい]
「……、」
頭の中でブレイズの声が聞こえる。
うん。融合より覚醒の方が断然わかりやすいな。いきなり"一つの存在になった"って言われても反応に困るし、融合についてはこれから少しずつわかっていけばいい。
「…それにしても、両手から炎が出っぱなしなんだけど」
[ん? ああ。それはまだ制御の練習が足りてないからだな。その炎は、俺の魔力と君の魔力を重ね合わせて生み出しているやつだから、パワーが限界超えて漏れだしてるんだ。簡単に言うと、パツパツの風船に穴が空いて、そこから少しずつ空気が漏れだしてるって感じ]
「はあ。…この指輪は?」
[それは、魔力を抑えるために付けてるんだけど、…漏れてたら意味ないな]
ははは。と、ブレイズは笑う。
両手から炎が出ていても熱さを感じない。普通なら火傷をしていてもおかしくはない炎の量だ。制御の練習が足りないって言っていたけど、練習すればなんとかなるものなのか。
[さて、話はこれくらいにして、さっさと茨を焼いてここから出ますか]
「どうすればいいんだ?」
[いつものように炎の魔法を撃てばいい。炎よ燃えろってね]
頷いて、前方にある茨の方に顔を向ける。そして俺は手を伸ばし、いつものように炎の魔法を放った。呪文を唱えて魔法を放つと、手のひらから勢いよく炎の球が飛び出す。そのまま炎の球はバチバチと音を立てて茨を燃やしていった。
茨が燃えて、向こう側が見えてくる。そこには真っ暗な空間が広がっていた。未だ燃えている茨の間をくぐってその空間に足を踏み入れる。右を見ても左を見ても、そこには何もなかった。
「…どっちに行けばいいんだ?」
キョロキョロと辺りを見渡す。するとその時、ゴオオオという音が何処からともなく聞こえてきた。その音は少しずつ大きくなっていって、何の音なのかと頭の上に"?"を浮かべた次の瞬間、前方から突風が吹いてきて俺に襲い掛かった。
あまりにも突然の突風にバランスが保てず、俺はそのまま身体が浮き上がって後方へ飛ばされてしまう。茨は完全に炎で焼かれてしまっていたため、もう跡形も残ってはいなかった。
「っ、うわああ!?」
突風に吹かれたまま、地面? に激突する事もなく飛ばされ続ける。このまま何処まで行ってしまうのか。終わりの見えないこの状況に、俺は少しだけ恐怖を感じていた。そして、俺が辿り着いたのは。
+
「わっ!?」
ドサリと音を立てて、地面に背中から激突する。"大丈夫か"とのブレイズの声にゆっくりと起き上がって、なんとか無事だと頷いた。
ボーッとしている頭を軽く振って辺りを見渡す。そこは見覚えのある場所だった。どうやら外に出られたようだ。立ち上がって、再び辺りを見渡す。するとそこで前方から苦しそうな声が聞こえてきた。見ると、そこには踞る一人の男の姿が。
[ぐ、…うぅ、]
背を向けているため、男の顔はわからない。だがブレイズは、そいつが誰かわかっていた。ポンッとブレイズは羽の生えた小さな姿で俺の前に現れる。踞っていたその男は、ゆっくりと立ち上がって俺たちの方へ顔を向けた。
[貴様…っ、どうやってあの茨を!]
男の表情は怒りに満ちていて、般若のように歪んでいた。それを見て、俺は眉をひそめる。
[その姿は…! …そうか。そういう事か。ブレイズ、余計な真似を…!]
俺たちの姿を両目に映して、男は言った。
燃えるような赤い髪に、赤い衣装。どことなくブレイズに似た見た目のその男は、俺の姿を見て舌打ちをする。
[…まぁいい。奪われた器は取り戻せばいいだけだ。この炎でな!]
そう言って、男は手のひらから炎を生み出す。ボゥッと勢いよく燃える炎は手のひらいっぱいに大きく揺らめき、それを見て俺は身を構えた。
しかしその炎は放たれる事はなかった。何故なら、その炎を放つ前に大きな黒い何かが彼の背後から攻撃したからだ。まさか背後から攻撃されるとは思っていなかったか、攻撃された腕を押さえて男は眉をひそめて空へと飛び上がる。腕からは血が流れていた。
[グルルッ…!]
牙を剥き出しにして、それは男を睨み付ける。
[ちっ。ケルベロスか。やはりあの時ちゃんと始末出来てなかったんだな。…ぬかったか!]
ケルベロス。
三つの頭を持った大きな犬の魔獣。
男を敵視している所を見ると、どうやら味方のようだ。
[グオオオオオッ!!]
耳をつんざく咆哮をあげる。
それを聞いた男は再び舌打ちをして、自身の周囲に炎を生み出した。炎は渦となって少しずつ男を飲み込んでいき、次の瞬間には男は炎と共にその場から居なくなっていた。
「…消えた?」
[そのようだな。それにしても…]
ブレイズは言って、大きな黒い犬…ケルベロスを見つめる。ケルベロスは三つの顔を此方に向けて、ゆっくりと近付いてきた。
ゾウよりも大きなその巨体が、俺の前で足を止める。そして"わん!"と声をあげると、ケルベロスはボンッと音を立てて小さな犬の姿に変わった。俺はその小さな犬を見て目を見開く。
「お前は…!」
[わん!]
ケルベロスが変化した小さな犬。その犬は、以前俺が母さんに連れられて行った屋敷で出会ったあの犬だった。
ケルン、というネームプレートが付いた首輪をしていた小さな犬。嬉しそうに尻尾を振って、ケルンは俺を見つめていた。
[君、この子と知り合いなのか?]
「…ああ。前にちょっとな」
[……、]
羽を動かして、ブレイズはケルンに近付く。ケルンはブレイズの方に顔を向けて"わんわん"と声をあげた。小さな姿となって飛び回るブレイズとじゃれあう小さな姿のケルベロス。なんと言えばいい光景だろう。見る人によっては可愛らしい光景なのかもしれない。ここにアメリアが居たらどんな反応をしていたのか。
はぁ。と、息を吐く。
その時、空が一瞬だけ光を放った。日の光が顔に当たったのかとも思ったがどうやらそうではなく、俺は空を見上げて頭の上に"?"を浮かべる。そこには、小さな穴が空いていた。




