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この世界に来て三ヶ月が過ぎた。
春の遅いステファンマルクにもようやく草木が芽生え始める。
雪の季節も美しかったが、春の美しさは格別だ。
この世界で最初に見た、私の部屋のまん前にある大木は桜の樹で、厳しく長い冬を乗り越えてきた逞しい蕾が日に日にふっくらと色づいてきている。
明日には咲くかな・・・
明日の午後は特別に母上の茶会へ参加することになっている。
母上はニコニコするばかりで何も説明してはくれないけれど、良くも悪くもここは王宮、王族のプライベートなど無きに等しい。知りたいことはたいてい耳に入るようになっているのだ。誰の耳であろうとも・・・
明日の茶会に招かれているのは厳選された四貴族の夫人とその娘たち。いや厳選されたのは娘の方のようだ。
どうやら将来の私の伴侶候補に、との思惑があるとかないとか・・・。
とは言っても勿論、今日この中の一人を選べ!ということではない。ただ[そろそろ一度同世代の令嬢たちと顔を合わせてみる]ことが目的なのだそうだ。
知らずにいたかった。なんだかとても居心地がよろしくない。
この国の結婚事情はかなり自由だ。貴族であっても恋愛結婚が主流で、政略的なものはほぼないと言っていい。幼い頃から婚約を結ぶものもいないし、婚姻のために高位貴族と養子縁組をするなんてこともそれこそ歴史の教科書上で学ぶような話だ。
何せこの国の国王とその后が熱烈な大恋愛の末の結婚なのだ。この辺も日本人として生きた記憶のある身としては、有難いとしか言いようがない。
まだ九歳な私から言わせてもらえるなら、結婚相手なんて!おつき合いすらまだ早いでしょう!と言いたいところだけれど、この世界は存外狭い。自由とは言え平民と広く出会える場はそうなく、貴族となると年齢的に釣り合うものは既に出揃っていると言うわけだ。
だが父上からも母上からも何も言われていないということは、明日は純粋に茶会を楽しめばいいだけなのだろう。曲がりなりにも現在の私は一国の王子だ。自分の意志とは関係なく、決められた相手と婚姻を結ぶという運命が待っていてもおかしくはなかった。
だが自由が認められているのだ。これは唯々国振りに感謝しなければいけない。
まだ当分は考えられないけれど、いつかは恋愛もしてみたい。デートとかしたい。
手を繋いで歩いて、二人で一つのクレープ食べたり、一緒に買い物したりしたい。
思いつくのは女子高生だった頃憧れていたものばかりで、ちょっと可笑しく思ってしまうけれど、この国でならそれも叶いそうな気がする。