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今日の午後最初の授業は歴史だ。
午前の授業は一人で受けているのだが、午後からは数人でグループレッスンの形の授業がメインだ。
これは将来を見越しての配慮らしい。生涯に渡り、私を傍で支えてくれるものを選任するのが目的のようだ。
三年の間毎日のように共に過ごしているため、兄弟のいない私にとって実の兄弟も同様の大切な友人たちである。
「今日もよろしくお願いいたします レオ様」
「レオ様 よろしくお願いいたします」
二人同時に挨拶したのはノシュール家のデニスとベンヤミン。
この国に二つある公爵家の一つ、ノシュール家の次男と三男だ。
ノシュール家は代々優れた文官を輩出している家門で、宰相の現公爵には三人の息子がいる。
デルリオ侯爵である嫡男のケヴィンは既にその実力を買われ、中央で辣腕を振るっている。
ベンヤミンは私と同じ九歳。ブロンドに近い銀色の髪はサラサラのストレートだ。知的な瞳の奥に好奇心をぎっしりと詰め込んだような顔をしている。ベンヤミンとの会話はいつも楽しくて時間が経つのを忘れてしまうほどだ。
昨日は[サボテンという不思議な植物がある]という話で終始盛りあがった。この国でサボテンは育たない。王子の私が見たことがないのだから、恐らくまだ他国からも入ってきたことがないのだろう。まだ見ぬ不思議な植物についてああでもない、ここでもないとそれは楽しかった。今日からの私にはできない、今となっては貴重な体験の記憶だ。
デニスは一つ上の十歳。父親譲りの知的な熨斗目色の瞳をしている。(この瞳の色は三兄弟基、公爵家の特徴でもある。)柔らかな銀色の髪は光が当たると浅い黄緑にも見えてとても美しい。十歳とは思えぬ博識ぶりはさすがノシュール家と言ったところか。温厚な性格も相まって頼れる兄のような存在だ。
「こんにちは レオ様」
続いてイクセル。ベーン伯爵家の嫡男だ。もうじき、今が二月の初旬なので後十日ほどで誕生日を迎え九歳になる。赤い髪にクリクリとした樺色の瞳がまだ可愛らしい。最年少のイクセルはなかなかの甘えん坊だったのだが、最近妹が生まれたことでお兄様に目覚めたらしい。急に私の世話も焼きたがるようになったりと、とにかく可愛いやつだ。
「殿・・・レオ様・・・よろしくお願いします」
一瞬言葉を探すそぶりを見せ、ガバりと大きく頭を下げたのはアレクシー。ダールイベック公爵家の次男で、今朝方私の命をバスタブから救い出したヴィルホの弟だ。
ノシュール家がステファンマルク国の頭脳ならば、ダールイベック家は武の要だ。
現公爵は将軍として父を、国を支え続けてくれている。
アレクシーは現在十一歳。さっぱりと短く整えられた紫がかった黒髪にラベンダー色の瞳が凛々しい少年だ。
この場にいるのが九歳の芽夏であったなら、きっとアレクシーのことを好きになっていただろう。
不思議なもので、男であると自覚して間がないというのに、女性としての考えや気持ちは既に切り離された遠い彼方に消え去ってしまったようだ。
生まれ変わったら次は男がいい?もう一度女がいい?なんて話は幼い頃から何度もしてきたけれど、本当に男になった今、信じられない・・・女の子に戻りたい!
とは全く思わないのが自分でも不思議なところではある。
『その口ぶりだと今朝のことはもう知ってるようだね』
普段からこの仲間たちには名前を呼ぶことを許可している。本当は誰からも名前で呼んでほしいと思っているけれど、それは無理な願いらしい。
話が逸れた。そう、普段から名前で呼ぶことに慣れているアレクシーが殿下と言いかけたのは、ヴィルホかその近しいものから今朝の報告を受けていたからに違いない。いや狭い世界だ。加えて常日頃から行動が筒抜けである私のこと、アレクシーだけではなく他のものも既に聞き及んでここに来ているに違いない。
なので全員の顔を見回しながら続ける。
『今日もいつも通りよろしくね』
そしてアレクシーに向かって
『ヴィルホにまだお礼も言えていないんだ 先にアレクシーから感謝を伝えてもらえないかな』
「かしこまりました レオ様」
アレクシーが一人前の武人のような礼をとる。それから目を合わせ二人同時にクスリと笑った。
その時扉が開き、教師が入室する。
「ごきげんよう皆さま 今日もお揃いで何よりです さあ始めましょうか」