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身支度を終え、母上の部屋へと向かう。
イーダがノックをすると、中から母上の侍女が扉を開けてくれた。
「殿下 こちらでございます」
嬉しいテラスでのランチだ。
母上のテラスは特別だ。ガラスで出来たドームのような形をしていて一年中緑が溢れている。
いつも仲の良い父上と母上は今も言葉を交わしては、ニコニコと微笑みあっている。
「レオ」
「待っていたよ さあこちらへ」
『お待たせいたしました』
両親の顔を見ると心が安らいだ。と、同時にどこか会って間もないような、よそよそしい感覚がどうしようもなく奥底で燻っていることにも気がついている。
一体今の私はどちらなのか。
答えは間違いなくレオなのだろう。取り巻く環境はもとより、心の中の自分がレオだと強く告げている。
だとすると芽夏は?女子高生の私はどうなったのだろう?また目覚めたら元に戻っているなんてこともあるのだろうか?それとも芽夏は死んだのか?寝る直前まで死にそうな要素など一つもなかったように思うけれど、人間はいつ何があるかわからないものだ。十代でも突然死があると聞いたことはあるし。
「どうしたの?やはりまだ食欲がないのかしら?」
いけない、つい考え込んでいたらしい。ひとまず芽夏のことは脇へ追いやりこの現実に集中しよう。
『いえ大丈夫です 母上』
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食事も終わり、温かいお茶が運ばれてきた頃になりいよいよ、今朝の事件について問われることとなった。
しかし本当のことを話すわけにもいくまい。ここは少々苦しいが、“寝ぼけて混乱していた”を貫き通すしかないだろう。
どうやら浴槽から救い出されたとき、意味不明な言葉を呟き続けていたらしい。その為気が狂れた、錯乱したと大騒動になったのだと聞かされた。
「チナツ斯く斯く然々・・・と言っていたらしくてね 何の言葉か憶えているかい?」
『いえ!!!全く心当たりはありません!』
やや食い気味に早口で答える。わ、わざとらしかったかな。
けれどどう説明したらよいのか、説明したところで理解してもらえるのか、何しろ表面上は取り繕っているが、本人ですらまだ相当混乱しているのだ。やはり錯乱したか、と思われかねない。
もし元の生活に戻ることなくこのままレオとして生きて行くのなら、このことは生涯秘密にしておく方がよいだろう・・・ここがこれからの生涯を送る場所となるのならば。
「まあこのことはもうおしまいにしましょう レオが無事なら問題はないわ」
「そうだな いつまでもレオを縮こませているのも可哀想だしな」
よかった・・・寛大な(?)両親に感謝しなくては。
『ありがとうございます 二度とこのような事態は引き起こさないよう肝に銘じます』
「たまになら許すぞ 城のものにもよい訓練になった」
そして私は三度俯き、父上は盛大に笑ったのである。