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翌朝、アレクシーとの鍛錬を終えて湯浴みをする。通常のルーティンをこなせたからかすこぶる体調も良い。


「本日は港の視察を予定しております」


『昨夜、南の国からの貿易船が入港したのだったね』


先日港へ行った時には、年内にはもう交易船は来ないだろうとの話だった。

私たちは運がいい。今、窓の向こうに見えている船は、交易船に勝るとも劣らない超をつけたいほどの大型船だ。


「はい、今頃陸揚げの最中でしょう。昼頃に向かうということで構いませんか?」


『ああ、午後はそのまま市場を見たい』


「かしこまりました」


王都から離れ、慣れない土地に来てもこの有能な従者は、あらゆることをそつなくこなしている。

それは大変に心強く、頼もしくもあるけれど。


『ところでロニーは見ておきたい場所とかないのか?』


「私ですか?いえ特には考えておりませんでしたが」


この従者は休むと言うことを知らない。常に私の行動の先を読み、確認し、問題があればこともなくそれを処理してくる。うん、とても助かっているんだ。だけど


『せっかく旅に出ているんだ。ロニーも少しは羽を伸ばすといい。そうだな、周年祭の翌日から3日間くらい休暇と言うことでどうかな』


「ありがとうございます。有難く休ませていただきます」


ロニーは躊躇うことなく頷いた。なんだ、もっと早く言えばよかった。


『決まりだね、1人では持て余すかもしれないから、一緒に休暇を過ごしたい人がいれば言って。合わせるよう調節する』


仲の良くなった従者仲間がいるかもしれないし。初めての土地を1人で歩くより、道連れがいた方がきっといい。けれど、ロニーの口から具体的な名前が出ることはなかった。



朝食の席で今日は港の視察へ行くことを話す。予想していた通り全員が行くことになった。交易船と違い、何が着いているのかわからないのも楽しみだ。


「紅茶は交易での取引ですのね?」


「うん、茶葉と珈琲豆それとカカオは交易でのみ取引すると決められているんだ」


「近い将来生糸も加わりそうだね」


「今日は何が届いているかなー楽しみだね」


私たちは交易の内容をある程度詳しく学習済みだけれど、今回の旅で、令嬢たちにとっては未知のことなのだと知った。きっと学園に通うようになれば学ぶんだと思うけどね。



港へ向かう。先日とは違い倉庫へ直行だ。


中央が広場になっていて、左右に1つずつ大きな倉庫がある。片方が食料専用で、もう片方はそれ以外の全てだ。最初は皆が気になっている[その他]と書かれた倉庫へ向かった。


「まあ綺麗!シルクかしら?」


透けるほどに薄くしなやかな布が飾られている。無地の他に花柄や鳥がプリントされているものもあって、とても華やかだ。


「これが木綿なのでございますよ、素晴らしい技術でございましょう?」


絹も木綿もこの国では全て他国からの輸入に頼っている。桑や綿が育たないからだ。ちなみに自国で生産されている繊維と言えば麻、それと毛織物。特に毛織物は極めて上質で希少な山羊が生息しているため自慢の特産品だ。


「とても美しいですわ、そして着心地もよさそう」


「シャツやブラウスにお仕立てなさるとよい生地でございますね」


絶賛の言葉を浴びて、商人の機嫌もすこぶる良く見える。皆の質問に愛想よく答え続けている。


「これは王都にも行くのかしら?」


「はい 明日の朝には王都へ向けて出発する予定でございます」


「楽しみだわ、私この生地でお仕立てをお願いしたいわ」


令嬢たちは早速、初めて見る美しい生地の虜になったようだ。


隣には銅製品。

銅製の鍋は熱伝導がいいって言うものな。王宮の厨房にもよく使いこまれた銅鍋がずらりと下げられている。鍋の他にはカップもいくつか並べられていた。だが残念なことにこれらの品は令嬢の気を引くことは叶わなかったようだ。


「これはなあに?」


ヘルミが立ち止まりピンク色の枝を指差している。


「こちらは新しく見つかった珊瑚でございます」


「これが珊瑚ですの?こんなに淡い色は初めて見たわ!なんて可愛らしい」


「素敵ですわー!赤色以外の珊瑚もあるのですね」


宝石はいつだって大人気だ。珍しい珊瑚に皆夢中になっている。

そういえばこの国で珊瑚と呼ばれているものは、どれもが赤い色をしていた。こんなに淡いピンク色をした珊瑚は初めて見たかもしれない。


「加工したもののご用意がございます、ご覧くださいませ」


と言って取り出した小さな箱の中には、薔薇の形に彫刻された桜色の珊瑚が1つ入っていた。

すると今まで大人しかったイクセルが勢いよく食いつく。


「わー!凄いね。珊瑚ってこんなこともできるんだね、これもポリーナに似合うだろうなー」


「はい 。長年珊瑚を見て参りましたが、大変繊細な細工で私も驚きました

 残念ながら、現在我が国でこれほどの細工が可能な職人がいるかはー」


珊瑚商人を持ってしてもこれだけの技術を持つ職人には心当たりがないらしい。



「そうかー残念。でもこの色だけでも充分可愛いもんね」


『加工したものを輸入することは可能なのだろうか?』


この商人がどのようにして、その素晴らしい細工を施した珊瑚を手に入れたのかはわからない。けれど、彼が手にしていると言うことは、その状態のものがステファンマルクに届いたと言う意味、だよな。


「可能でございます。お時間はかかりますがご希望をお伺いして発注することも可能です』


『そうか、では職人が育つまではそれを検討してもよいかもしれないね。取引先の宝飾店へも伝えてやってくれないか?』


「かしこまりました 、ありがとうございます殿下」


オーダーメイドは時間がかかるだけではない、費用もたっぷりかかるのだ。彫刻を1つ注文するだけで目の前にある珊瑚の山とほぼ同じ儲けにはなるに違いない。そしてそれにこそ価値を見出すのが貴族と言うものだ。


倉庫を一巡し、次は[食料]の倉庫へ移動する。


入り口付近には香しいフルーツが所狭しと積まれている。パイナップル、スイカ、そして桃。


「ここだけ夏が来たようですわね」


スイーリが目を輝かせている。


代官のところで出された桃を甚く気に入っていたイクセルは、やはり桃が気になるらしい。


「桃もあるねー!この桃は王都行き?」


「いいえ。王都までは運べませんので、桃はノシュール領内でのみ取引されておりますよ」


「やっぱりそうなんだ。じゃーここにいるうちにたくさん食べておかないとね!」


「はい、後程領主様のところへお届けに上がりますので、是非お召し上がりくださいませ」


「やった!」


イクセルがここまで桃好きだったことも初めて知った。よかったなイクセル。ノシュールに滞在する間満足するまで堪能できるさ。


フルーツの向かいにはナッツの袋が積まれていた。

アーモンド、ヘーゼルナッツ、そして珍しいマカダミアナッツ。


「これ 見たことないな、虫?」


アレクシーが不思議そうに見ているのは茶色くて皺のよった実だ、多分ー虫ではないと思う、思いたい。


「これはデーツという干した果物だそうです」


私も初めて見るのですがと言いながら、一掬い皿に乗せて差し出された。


「とても甘くてねっとりとしております。よろしければお試しくださいませ」


甘いと聞いて最初に手を伸ばしたのはもちろんアンナ。


「いただきます

 ・・・おいしい!干しブドウのようですけれど、それよりもずっとずっと甘いわ」


それを聞いて安心したのか、皆が次々口にする。


「甘い! お茶菓子によさそうですわね」


「いいなこれ、旨い」


ヘルミもデニスも称賛の言葉を贈っている。


「皆様のお気に召して頂け幸いでございます」


そのデーツの横を見ると、箱の中にゴロゴロと岩のようなものがぎっしりと詰まっている。あ、これはー


1つ手に取り眺めていると


「それがー、どうにも困った品なのでございます」


商人は急に眉尻を下げて弱った顔を作った。


『困った、とは?』


「以前にも仕入れたことがあったのですが、とにかく人気がなくて

 硬くて青臭いと言われたり、黒く溶けて気味が悪いともー」


いやそれは食べ方を間違えている。


『どうやって食べるものかは説明している?』


「いえ、仕入れたものからも旨いから食べてみろとしか説明がなく、私にもわからないのです」


『そうか』


説明すら省いて売りつけるのはどうなのか?

商人も商人だ。一度失敗したものをまた売りつけられるとは。せめて2度目は食べ方くらい聞いてみるべきだろうに。


でもまあそんなものか。昔日本でもキュウリの食べ方がわからなくて[食べるべからず]なんて言われていたって習ったことあったな。

そんなことを考えながら、両手に実を持ち見比べていく。うん、これがいいか。


『ナイフはあるかな?』

「はい、お待ちくださいませ」


ナイフを手渡され、へたの部分を薄く切り落とす。それから縦に一周筋を入れてナイフを置く。両手でそれを捻るとパカリと半分に割れた。片方に残っている大きな種にナイフを刺しもう一度捻ると今度は種が綺麗に外れる。


『後は手で皮を剥くだけだ』


するりと引っ張って見せる。皮は面白いように簡単に剥けた。


『この状態で食べるのが旨いと思う』


硬くもなく、勿論黒く溶けてもいない。


「こんなに綺麗に皮が剥けるとはー。どのようにお選びになったのでございますか?」


『うん、皮が黒くなりかけているものがいい。が、残念ながらここまで黒いものはもう駄目だ』


二つの黒い実を見せる。片方は傷みかけだ。それが「黒く溶けているー」と言われるものだ。


『そうだな、この硬くて緑色をしているものは全て王宮へ送ってくれて構わない。後で手紙を用意するからそれを付けて送ってくれないか?黒いもので傷んでいないものはノシュールの邸へ届けてほしい』


「ああああありがとうございます!ありがとうございます!」


『次からは注文が殺到するよう、しっかりと広めておくよ』


「ありがとうございます。なんとお礼申し上げればよいか」


これくらいの量ならば、ノシュールと王都で問題なく捌けるだろう。そして次からは痛んだものは売りつけれないように気を付けることだ。


「レオ!」


回り込んで顔を覗き込むようにデニスが立っている。


『ん?』


「ん?じゃないよ!なんだこれ?なんていう実なんだ?」


珍しい、デニスが興奮している。


『これはアボカドだね。そうだサーモンとも合うらしいよ、今晩早速試してみるといい』


「凄い実だな。岩みたいな見た目をしているのに中はこんな緑色をしているなんて」


「よく知ってたな、俺は初めて見たよ」


ベンヤミンはいくつも手に取り観察している。



「ご存知なだけではなく、見極め方や皮の剥き方までご存じだったなんて素晴らしいですわ」


『いや』


ヘルミの言葉に、「食べたことあるだけだから」と言いたいけれどそれを言うわけにもいかない。


『今日は随分と珍しい品が多く入ってきたんだね』


強引に話を変える。


「クリスマス前だからと相手側も強気でして、あれこれと運んできたようですね」


『なるほど。でもおかげで良いものがたくさん見れたよ。ありがとう』

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