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[443]sidestoryレオ=ステファンマルク

本編[340]話から続く話です。

本宮から戻り、私室で一人になる。まだ寝るには早い時間だ。


上着を脱いで長椅子に座る。ロニーが用意したハーブティーをポットから注いだ。カップが琥珀色に満たされ白い湯気が立ち上る。

何時に戻るかわからないと言うのに、私が戻る絶妙のタイミングを見計らい、こうして熱い茶を用意するのがロニーだ。



茶を一口含み、本棚に目をやった。

今夜は父上から四十七代目の王の兄についての話を伺った。ステファンマルク王家の歴史上、唯一王になることのなかった王太子の話だ。


王太子叙任の日、霊廟を訪れた彼を迎えたのは嵐だった。それは歴代の王が彼を不適格と判断したためだと言い伝えられている。


ここまでは自分の叙任式の日に聞かされた。それまで病死と信じていた彼の死が、処刑だったと知ったのもその日だった。ああ驚いたさ。王族が処刑されたなど聞いたことがなかったからな。

そしてその事実は秘匿されていると言うことも同時に知った。私が王族として受けた教育の中ですら彼の死因は病死、悲運の王太子と習ってきたからだ。


一体どれほどの罪を犯して処刑されたのか、多分それを知りたいと思ったのは単純な好奇心からだったと思う。



だが、陛下が語って聞かせた理由と言うのが、なんとも不自然なものだった。

麻薬に溺れ、幾人もの家臣を殺めた。あまつ自身の子にまで手をかけそうになったところで、処分が下されたとのことらしい。


父上もこの話はまるで信じてはおられないようだったが、確かめる術もないことだ。私が次の代へ伝えなければ、永遠にステファンマルクの歴史からは消えてなくなる程度の()()ということなのだ。




立ち上がり本棚から古い書類を一束取り出した。

皮の表紙にはXLVI(46)と刻印されている。


はぁーっ、思わずため息が漏れた。これが想像を絶するほどの悪筆なのだ。以前四十五代や四十七代の記録もちらりと開いてみたが、それらは大変整った文字で残されていた。


『よりにもよって何故この代の書記官はこんなにも字が汚かったのだろうな』

うんざりしながら最初のページを開いた。


手にするのは数度目だが、いつも読む気が失せてしまいまともに読んだことがないので、毎回一ページからになるのだ。



タトゥス=ラハティア―書記官の名前だ。ラハティアという貴族は現在この国には存在していない。彼が貴族だったのかはわからないが。


〇〇年十月二十日 ステファンマルク第四十六代国王・ルーカス=ステファンマルク王即位

パウリーナ=ステファンマルク王妃殿下

エドガー=ステファンマルク王太子殿下

マリア=ステファンマルク王女殿下

ドリス=ステファンマルク王女殿下


記録はこのように即位当日から始まっている。初めは国王以下王族の名前が書き連ねてあるわけなのだが、これを読むだけでも一苦労だ。



―いや待て。



・・・違う。


何故今まで気がつかなかったんだ。


エドガーは四十七代王の名だ。

四十六代のルーカス王が即位した時、同時に王太子に任ぜられたのはエドガーの兄だ。この時点ではエドガーは王太子ではない。


この記録は改ざんされている?公的には病死とされてきたのではないか。何故存在そのものが消えているんだ?


どこかに改ざん前の記録が残されているのだろうか。

あるとすれば本宮だが、本宮に保管されいるのであれば父上が知らないはずはない。当時に処分されたのか?


深入りするつもりなど全くなかったことだが、どうにも気になる。

この記録を読めば何か手掛かりが見つかるだろうか。


一ページ目から手を加えられているようではその望みも薄いだろうが、少し時間を取って読んでみることにしよう。とても読みたくはないけれど。




----------

毎晩少しずつ読み進めるようになって一週間ほど経っただろうか。私はますます不機嫌になっていた。

字が汚いだけではなく、誤字も多いのだ。

こんな男を書記官に任命したのは一体誰なんだ?書き損じたらそのページごと書き直すものではないのか?個人のメモ書きではないんだぞ?


そんな調子なものだから、やはりページはなかなか進まなかった。誤字が続いた日などは一ページでうんざりして閉じてしまうこともある。そんな時は決まって剣に手が伸びるのだ。



今夜も早々に切り上げて剣を振ることになりそうだ。

そう思いながらも、なんとか一ページだけは読み切ろう。そんなことを思いながら目を動かしていると、また誤字に引っかかった。


何故こんな簡単な文字を間違えるのだ?今日はいくつだ?上から×のつけられた誤字を数えていく。

一、二・・・七。まだ三分の一ほど残っていると言うのに既に七つもの誤字があった。日を追うごとに増えて行ってないか?そのうちページの半分が×に埋まっているかもしれない。


ため息をつきながら×のついた文字を眺める。






ん?


ひとつ前のページに戻ってみる。このページにも×はいくつもあった。一番最後の×の下に書かれている文字は'し'


し ん じ つ を の こ す




まさか。



急いでページをめくる。

一ページ目だけは誤字はなかった。二ページ目の上から×の文字を追う。


エ ド ガー こ く お う


血が沸き立つような、身体が熱くなっていくのを感じた。この震えはなんだ?

急いで机に移動し、紙とペンを用意すると誤字を順に拾って書き写していく。


エ ド ガー こ く お う へ い か の め い に よ り こ こ に し ん じ つ を の こ す

[エドガー国王陛下の命により、ここに真実を残す。]




ら ん ざ つ な も じ は ご よ う し ゃ を

[乱雑な文字はご容赦を。]


この悪筆は故意だったのか。


成程。

この非常に読みにくい大部分の記録はダミーだったのか。エドガー王は彼の父、四十六代国王が消し去った真実を後世に残す決断をしたのだ。先代の記録を全て書き直してまで。


全てを読み終えた時、その決断の理由がわかるのだろうか。好奇心で読み続けるにはあまりにも量が多い。しかしこのからくりに気がついた以上、私にはこれを最後まで読み終える義務がある。


たった今書き留めた一枚の紙を燃やす。そして別のノートを用意して最初の文字から再び書き写していった。



[〇〇年十月二十日 第四十六代国王・ルーカス=ステファンマルク王即位同日、レオ第一王子王太子叙任]


[レオ王太子殿下は御年三十二、ダニエラ王太子妃との間にフレデリク王子、フェリクス王子、またアデラ妃との間にアルフレッド王子]


この王太子の名はレオだったのか。名を残さなかったのはそのためか。ステファンマルクの王家に於いてレオは特別な名だ。その名を汚すことは許されない。



[ルーカス国王陛下のご即位時にはあれほど晴れ渡っていた空も、レオ王太子殿下の叙任報告の儀が始まった途端、叩きつけるような雨が降り始めた。その場に立ち会った官僚は顔を見合わせて引きつったような笑顔を見せていた。立ち会ったもの全てが、この儀式の神秘を知っている。皆口には出さなかったが、不吉な予感を感じ取っていたようだ。]



[また一人侍女が死んだ。ずぶ濡れで横たわる彼女の周りには百合の花が散乱していた。その傍らにはベットリと赤黒い血がこびりついた花瓶が転がっている。百合は嫌いだと言ったのに飾ったから。それが彼女が撲殺された理由だ。しかし記録にはこう残されている。「明日の昼餐には百合を飾ること―レオ殿下のご指示」従者や侍女、誰に尋ねてもレオ殿下が百合をお嫌いだと聞いたことはなかったという。]



[レオ殿下の不審な外出が増えている。以前よりお忍びの外出が多い殿下ではおられたが、その回数が最近著しく増えている。供に連れて行くのはいつも一人の騎士のみだ。御身に何かあってはと、どんなに進言しても聞き入れては下さらないようだ。お戻りはいつも翌日の午後になる。お戻り後のレオ殿下は、上機嫌で酒を要求されることもあれば、不機嫌に当たり散らすこともあると言う。

レオ殿下の政務のほぼ全ては、エドガー殿下が代行しておられる。]



[陛下に長年仕えていた従者が死んだ。陛下の言伝をレオ殿下に伝えた直後、彼の額は燭台で叩き割られた。レオ殿下の妹でもある末の王女殿下の婚約が調ったという報告を届けただけで、彼は命を落としたのだ。]



[陛下のご指示でレオ殿下に密偵が付けられることが決定した。]



[密偵からの報告が上がった。大変なことになった。

レオ殿下はスラム街で大規模な地下組織を運営していた。レオンという偽名を使っておいでではあるが、スラムでその名を知らぬものはいないという。闇闘技場にはレオ殿下専用の部屋があり、レオ殿下に認められた者だけが同席を許可されるとのことだ。以下は密偵の報告をそのまま載せる。



闘技場では決闘が繰り広げられている。上半身裸の男が殴り合う。どちらかが失神すれば終了だ。観客らは賭けに興じており、大半が男。少数だが女もいる。


決闘中の男達はスラムの住人ではなかった。「今回はいい奴隷が入った」などという言葉が飛び交っている。

この国で奴隷が廃止されて久しい。しかし間違いなく奴隷と言っている。この場所を知る人間にとっては、それも当たり前らしい。この奴隷はどこから来て、どこで生活しているのか。早急に探る必要がある。


ようやく奥の部屋への入室権を得ることができた。入り口で仮面を渡され入室する。

空気が澱み、麻薬の臭いが充満している。大変いかがわしい光景が目の前に繰り広げられている。

二十人前後だろうか。仮面の上からでもわかる顔が幾人もいる。

レオ殿下は最奥、あたかも玉座のような場所においでだ。周囲には女が数人侍っている。娼婦のように見える。彼女たちは仮面をつけていない。

殿下は退屈そうで、生あくびを繰り返していらっしゃる。目の前で人間同士が壮絶な殴り合いをしているのにだ。


次回は特別な闘いが催されるとの情報を入手した。概ねひと月に一回程度、レオ殿下がお見えになる日にのみ開催されるというところまでは聞けたが、それ以上は聞きだすことができなかった。


二日と空けず潜入を続けている。通常は何の変哲もない酒場だ。闘技場へ続く階段は巧妙に隠されていて、一見ではわからない仕組みだ。

酒場の従業員の中には闘技場の存在を知らぬものもいるように見受けられる。というのも、決闘が行われる日とは顔ぶれが違うようなのだ。しばらく通って様子を見る。


顔見知りになった従業員にそれとなく探りを入れている。彼は週に二日休みだという。前回の休みを聞くと、レオ殿下がお見えになった日と一致した。



レオ殿下がお見えになった。大変機嫌が良いようで、安酒を片手に例の椅子にお座りになる。早速しなを作った女たちが近寄って行った。


バチンバチンと聞こえていた殴り合う音が止んだ。直後ブーブーと客席から不満の声が上がる。賭けが外れたのだろう。


次に登場した二人に、思わず二度見した。どちらも目が血走り非常に興奮状態だ。そして手には剣を握っている。開始の合図も待たずにどちらもが剣を振り回し始めた。剣術とは程遠い動きなれど、どちらも真剣だ。無傷では済むまい。


「さっさと殺せ」


口角を吊り上げて笑うレオ殿下が、ぼそっと呟いた。



負けた奴隷は場外へ引きづられていった。なんということだ・・・。


入れ替わりに別の男が連れられてくる。その男も異様な目をしていた。薬物を与えられているようだ。


三人、四人、五人・・・何人もの男が闘って命を落としていく。

そして最後に連れられてきたのは、動物だった。


全長は一メートルほどだろうか。黒い毛皮に獰猛な牙がある。あれはなんだ?初めて見る。



先程の闘いで勝利した男は、冷めやらぬ興奮状態のまま謎の動物に突進していく。しかし結果はあっけなかった。一瞬で喉元を食い破られピクリとも動かなくなった。


「終わったか」


ニヤリと笑ったレオ殿下は、側にいた女の髪を掴むと引きずりながら、別の部屋へと向かった。「痛い 痛いわレオン!自分で歩くから!」女は悲鳴に近い叫び声を上げながら殿下と共に扉の向こうへ消えた。



酒場の裏でその女の死体が見つかった。着衣は乱れ、首にはくっきりと指の跡がついていた。

これが初めてではないらしい。あの決闘を見た直後の殿下は嗜虐性が増す。周囲にいた女達も奴隷なのだと聞いた。恐怖を感じないよう洗脳されているかのようだった。]



[陛下がこの報告を手にされたとほぼ同時刻、王宮を揺るがす事件が起こった。レオ殿下がアルフレッド王子を斬りつけ、テラスから突き落としたのだ。幸い斬り傷は浅かったものの、落下の衝撃で七ヵ所もの骨折を負われた。]


[調査の猶予なしと判断され、即レオ殿下は拘束、幽閉された。]


[闇闘技場の捜査が始まった。酒場の客と従業員、闘技場の客、従業員に奴隷、全てのものが一時拘束された。奴隷らは悍ましいほど劣悪な環境下にいた。牢舎の方が格段に清潔で人間的に扱われている。]


[酒場は客、従業員とも早い段階で放免になった。いずれもスラムの住民だ。]


[奴隷の調査が本格的に開始された。正気を取り戻しつつある女性らから話を聞き出している。残念ながら男達は回復の可能性が低いらしい。


拘束されていた女性の奴隷は十余人、お互いに面識はない。全員がステファンマルク語を話すが、今のところ読み書きが可能なものはいない。]


[新たな奴隷が運び込まれたことで、事態が急展開した。奴隷商人とその護衛は直ちに拘束された。]


[奴隷として連れてこられた人々は、テグネル領、ノシュール領、ヘルバリー領で誘拐されたと判明した。男性が十八名、女性が二名の合計二十名だ。やはりお互いに面識はないという。]


[先に奴隷とされていた人々の多くは、ダールイベックの全域から集めたと咎人の証言から判明した。計三百名超、その大半が既にこの世を去っている。王都で攫われたものも数名いたらしい。]


[レオ殿下に唯一同行を認められていた護衛騎士が獄中で自死した。彼は最後まで黙秘を貫いたため、少なからず捜査に影響が出るだろう。]


[精神の病にて療養中と発表されているレオ殿下の王族追放が極秘に決定した。王太子の長期不在を問題視する声が大きくなってきたことが主な理由である。]


[また一人、使用人が命を落とした。まさか幽閉中に事件を起こすとは誰も考えていなかった。されど、王族を追放された身とは言え、元王族を牢舎に繋ぐことは難しい。

怯えた使用人たちは、元殿下の世話を押し付け合う始末だ。]


[陛下がレオ元殿下の処刑をお決めになった。同時にステファンマルク王家唯一の汚点となった殿下を、全ての記録から抹消せよとの命が下された。表向きは病死とするが、後世にはその存在を残すなと仰せだ。]


[〇〇年八月十一日 エドガー第二王子王太子叙任 同日レオ元王太子殿下 没年三十五歳

レオ元殿下の処刑をもって、正式にエドガー王子が王太子に任ぜられた。叙任式は行われていない。本日は晴天なり。]


[ダニエラ元王太子妃並びにフレデリク元王子、フェリクス元王子は、王家を離脱し、第十五直轄地の修道院へ移られる。それぞれ新たな名が用意されたが、それについてはエドガー国王の命により省略する。]


[アデラ元妃並びにアルフレッド元王子は、アルフレッド様のお身体が回復されるまでの間、王宮に留まることを認められた。]


[〇〇年九月三十日 アルフレッド元王子ご逝去 没年六歳]

[〇〇年十月二日 アデラ元妃ご逝去 没年二十四歳]


[アルフレッド様は、回復叶わず僅か六歳の生涯を終えられた。二日後、アルフレッド様のために用意された小さな棺を目にしたアデラ様は半狂乱となった。一晩棺に寄り添われるお姿は侍女が確認している。明け方近くに自死されたと思われる。お二人の亡骸はアデラ様の生家へ送られた後セルベールにて埋葬された。]



この後の記録には、スラム街の解体、生存している被害者への補償などについて記述があった。


解体後の街には、王の命にて住居の建築が進められたそうだ。スラムを形成していた男手はその建築に駆り出され、女手は主に炊き出しに加わった。そこは現在の下町の一角のようだ。



その後から現在に至るまで、ステファンマルクにスラムは存在していない。公的に貧民はいないことになっている。幸いなことに飢饉や大規模な疫病発生なども数十年単位で起こっていない。


されど、それはあくまでも記録上の話だ。王都並び全ての領地にスラム同様の地区が一つもないという確証はない。


もしも本格的な調査を、と望むならば全領主の協力は不可欠だ。残念だが今の私では力不足な上、調査を進める緊急性も強い理由もない。



『またひとつ やらなくてはならないことが増えたな』


ー必ず自分の代でスラム根絶を宣言する。

四十六代の記録を全て読み終えた私は、静かにそれを決意した。

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