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「間もなく入場のお時間でございます」


この世界ではそう呼ばれていませんが、バージンロードはレオ様と歩きたいと思っていました。

まさに今開かれようとしている大聖堂の扉の前、私の右隣にいらっしゃるのはレオ様。


『私に叶えられることなら全て叶えるよ』と快諾していただけたの。


そのことをお父様にお話しした時は、きょとんとされてしまったわ。

お父様は当然レオ様と入場するものだと思っていたのですって。もしかしてがっかりさせてしまうかしらと心配して損したわ。


「陛下もご婚礼の際王妃殿下とご入場なさったからな」

そうお父様が仰って納得しました。もしかしたらお父様とお母様もそうだったのかもしれないわね。

ステファンマルクでは新郎と新婦が一緒に入場することも少なくないのです。ヴィルホ兄様もお義姉様とご一緒したのだったわ。



そんなことを考えているうちに扉が大きく開かれました。

ヴェール越しにレオ様を見上げると、『行こうか』と。

その笑顔があまりにも優しいから早くも決壊しそうです。私、本当にレオ様と結婚できるのですね、レオ様の妻になるのですね。どうしよう、急に緊張してきたわ、胃が出てきそう。


しっかりするのよスイーリ!ここで失敗しては全てが台無しよ!落ち着いて!


オルガンに合わせて聖歌隊が歌う中、私達は一歩ずつ祭壇へと向かいます。一歩踏み出すたびに緊張が高まり、足の出し方がわからなくなりそうでした。

大丈夫、レオ様が一緒なのだもの。大丈夫。



大勢の方が見守る中、大司教様がいらっしゃる祭壇にたどり着きました。

ここで大司教様にお話しを頂くのよね。

大司教様のお話しと言って最初に浮かぶのは、レオ様の王太子叙任式のことです。あの時のお話しはとてつもなく長かったわ。今日もたっぷりとお話しになるのかしら。レオ様も『それだけが心配だ』って笑ってらしたけれど、いざここに立つと、笑い事ではなくなりました。



「夫となる者よ 妻を愛しなさい

妻となる者よ 夫を愛しなさい

へりくだり 互いを尊敬し合い また慈悲深くありなさい

妬まず 偽りなく愛し合い 隣人にも惜しみなく分け与えなさい


奢らず熱心に励み 喜びを分かち合いなさい

喜びに満ちた愛は永遠に続くでしょう」


大司教様はニコりと笑い、レオ様、次に私に一度ずつ頷かれ、その後短い祈りを捧げました。



これはステファンマルクでは定型文と言ってもいいほど、挙式でお決まりのお言葉です。


『短くてよかったな』って声が聞こえそう。ありがとうございます大司教様。



「これより誓約を交わします


新郎レオ=ステファンマルク

あなたは晴れの日も 吹雪の日も

喜びに満ちた朝も 悲しみに暮れる夜も

妻スイーリ=ダールイベックを愛し 敬い

命のある限り支え合うと誓いますか」


『誓います』


レオ様の声が、しんと静まり返った聖堂内に響きます。



「新婦スイーリ=ダールイベック

あなたは晴れの日も 吹雪の日も

喜びに満ちた朝も 悲しみに暮れる夜も

夫レオ=ステファンマルクを愛し 敬い

命のある限り支え合うと誓いますか」


『はい 誓います』


しっかりと声が出せました。今の私が緊張のピークの連続だと言うことは、誰にも気がつかれていないはずです。



「それでは指輪の交換を」


差し出された箱を見たレオ様が、私の顔を見て微笑まれました。憶えていて下さったのね。

この箱は、視察でステファンマルクを周られたレオ様が贈って下さったもののひとつなんです。彫刻技術で名高いコルテラ領で作られた大変美しい木箱。

その中に刺繍を刺したリングピローを入れました。ピローにはドレスの端切れを分けていただいて白い花をたくさん咲かせたの。そして指輪を掛けるリボンは夏空色のものを。


差し出した左手をレオ様の左手に預けます。


途中で引っかかってしまったらどうしようという心配は杞憂に終わりました。すっと吸い付くように薬指に収まった大切な指輪。一生懸命考えた二人だけのお揃い。

嬉しくて泣きそうになる自分を叱咤して、レオ様の指輪を受け取りました。


差し出された左手にそっと通します。向きを間違えぬよう確かめてから。

嬉しい、同じ指輪がレオ様の指にも光っている。何度でも言ってしまうけれど信じられない夢のような気持ちでいっぱいです。



「誓いの口づけを」


レオ様がヴェールを上げてくださいます。少し頭を傾けると、ふわりと整えてくださいました。肩をそっと引き寄せられて、私は静かに目を閉じました。


拍手が、鳴りやまぬ拍手が聞こえる。



レオ様・・・





レオ様!



長いわっ!顔が熱くなっていくのがわかります。もうヴェールはないというのに!

嬉しいと恥ずかしいが綯交ぜになりパニックになりそうです。


唇が離れていくと同時に見上げた先には、僅かに悪いお顔になっているレオ様がいました。

「長すぎます」


レオ様にだけ聞こえるように小声で抗議すると、レオ様ったら満足そうに笑うの。

『ずっと我慢していたんだ』


それを聞いてさらに頬が熱くなりました。私絶対今真っ赤になっているわ。もう一度ヴェールを被りたい。



私達のやり取りを辛抱強く待っていて下さった大司教様が、先程までと変わらぬ笑みを浮かべて仰います。

「誓約書のサインをお願い致します」


祭壇には誓約書とペンが用意されていました。

名前の全てを明かす、家族になるという証明。目に見える絆がお揃いの指輪とすれば、これは目には見えないけれどとても大きな絆。ようやくレオ様のお名前を全て知ることができるのね。


先にペンを持ったレオ様がご自身のお名前を記入されます。


王家の方々にのみあって、貴族にはないもの。それは三つ目の名でしょう。

王族としてお生まれになった方は、当代の陛下より名を賜るのだと知りました。

夜空に輝く星から選んだ名前をひとつ。

男子には最も輝く星の名を、女子には二番目に輝く星の名を。


それが今日私にも与えられました。レオ様と対になる二番目の星の名前です。新しい名前はアルシャイン。公に使うことはありませんが、私がレオ様の妻であるという証。その頂いたばかりの名前を初めて使うのがレオ様のお名前と並ぶ誓約書だと言うことが嬉しくてたまりません。



「続いて新婦様ご記入を」


書き終えたレオ様と場所を交代します。ペンを持ち、先に記入されたレオ様のお名前を見てー



リカルドー




レオ・リカルド・アルタイル・アレクサンドル=ステファンマルク


驚いて、ペンを持ったまま左手で口元を抑えて震えてしまいました。




リカルド


正式なお名前だったのね。

何度もそう呼びかけたことがあった。


「リカルド」とお呼びするたびに笑いかけてくださった。


偽名なんかじゃなかったのね。




誓約書を涙で濡らすわけにはいきません。少しだけ落ち着く時間を頂こうと上体を動かすと、そっとレオ様が白いハンカチを渡してくださいました。


『急がなくていいんだよ』

斜め後ろで私の顔を隠すように立って下さっている。ありがとうございます、涙は堪えますね。今日は人生で一番幸せな日ですから。


初めてリカルドと呼びかけた幼い日のデートを思い出します。思い出の中のレオ様も幼くて、私はそれ以上に幼かったわ。リカルド、リカルド。


何度もお名前を呼んでいたのね。



例えようのない幸福感が満ちてきます。あの幼い日に、こんなにも大切なことを教えてくださっていたのですね。



自分がアイリスと言ってしまったことを今になって後悔することになるなんて。

でもね、私の名前にアイリスはついていないけれど、レオ様と私を繋ぐ、私にとってはとても大切な名前だったの。

レオ様と私だけが知る秘密の名前。レオ様がご自身の宮に鳶尾と名付けた本当の理由。



レオ様、今後レオ様からアイリスと呼ばれることはないかもしれません。それでもこの名前を憶えていてくださいね。


ペンを持ち直してサインをしました。



スイーリ・フラプティンナ=ダールイベック

これがダールイベックを名乗る最後の瞬間。そしてその下には今日からの名前を書きます。



スイーリ・フラプティンナ・アルシャイン=ステファンマルク

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