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早朝。いつも通りの時間にピタリと目が覚める。

一年で最も朝が早い日だ。カーテン越しに眩しい朝日が差し込んでいる。今日も素晴らしい一日になりそうだ。


スイーリももう起きているだろうか。昨日の晩は眠れたか?私は少し寝付けなかったな。いくつもいくつもスイーリとの想い出を思い返しているうちに、ようやく眠ったみたいだ。



風呂に入って身支度を整える。

真新しいシャツに袖を通し、すっかり使い慣れたボタンでカフスを留めた。


従者達とたわいもない会話をしていたところに、本宮からいくつかの箱が届いた。幾人もの騎士の護衛が付いた大層な箱だ。


その中のひとつをロニーが運んできて蓋を開ける。両手で取り出すと、私の首元にそれを飾った。


一番長い箱はビルが両手で抱えて運んできた。蓋を開けて眩いほどに飾りたてられた剣を取り出す。


最後に残った平たく大きな箱は、スイーリのためのパリュールだ。



「王太子殿下 お時間でございます」

シミひとつない白い騎士服に身を包んだ四名の騎士が迎えに来た。そのうちの一人は花嫁の実の兄だ。何度も式に参列するよう言ったのだが、その男は頑として首を縦には振らなかった。


立ち上がり上着を羽織る。



~『黒と白 どちらがいい?』

スイーリが選んだ方を着ようと思っていた。何年も前に(ほぼ裁縫師達の熱意により)白い正装も用意した。けれど彼女が選んだのは黒だった。


「こちらの方が よりレオ様の魅力が引き立つと思うのです」


スイーリが()()()()()()ではなく、今の私を見てくれていることが嬉しかった。

いや、これでは語弊があるかな。スイーリはずっと以前から私自身を見てくれていた。かつての世界で見知ったレオではなくて、スイーリの目の前にいるこの私を。


変わったのは、私の心の持ち方だけだ。一方的に敵視していた相手が、私の延長線上にある架空の存在だったんだものな。



いや実際こちらを選んでくれてよかったよ、これで純白のドレスに身を包んだスイーリが、さらに美しく輝くことは間違いない。




王宮から大聖堂までの路沿いには、第一騎士団の騎士が出揃っていた。窓の外を見ると、既にちらほらと人が集まり始めている。戻ってくるのは数時間先だぞ、かなり待つことになると思うが。


「少しでも良い場所で拝見したいと意気込んでいるようですね 王宮付近が一番人気が高いと聞いておりましたが 昨夜から陣取っているものもいたようでございますよ」


同乗しているロニーが、同じように窓から見える光景を眺めながらそんな話をした。

『昨夜から?』



驚いたな。


いや、スイーリの一度きりの花嫁姿なんだ。そのくらい待ち侘びているものがいても不思議ではない。期待を膨らませて待っていてくれよ、眩いほどに美しい花嫁を連れて戻って来るからな。




大聖堂の敷地内は、まだ静寂に包まれていた。参列者たちが到着するのはもうしばらく先だ。

馬車は入り口正面で停まった。


馬車の扉を開けたのはアレクシーだ。彼らの先導で用意されている部屋へ向かう。



間もなく助祭の一人が式の手順を説明に来た。

「とここここコで一度音楽が止まります ごししご新郎おうぉぅ王太子殿下はー」


私も多少の緊張はしていると思っていたが、この男は私の比ではない。全く・・・お前は鶏か?



『誰か水を用意してくれるか』


ミロが、備えてあった水差しからグラスに水を注ぎ運んできた。こちらへ差し出される前に片手で制する。

『それを助祭へ』


『助祭 一度落ち着いてから説明してくれるとありがたい』


彼は目を大きく見開きそれを両手で受け取った。

喉が渇いていないのかもしれないが、ひとまず呼吸を整えてくれないか。あなたがそこまで緊張してどうする。


顔を赤くした助祭はグラスの水を一気に飲み干した。


「お急ぎにならなくても大丈夫でございますよ 落ち着かれましたらゆっくりとお話し下さいませ」

ロニーがグラスを受け取りながら、宥めるように助祭の背中をさする。



ようやく緊張が解けたのか、今度は声も裏返ることなく話し始めた。何度か噛んではいたけれど。


助祭が退出して間もなく、再び扉を叩く音がした。

「新婦様がご挨拶にいらっしゃいました」



振り返った扉の向こうには、瞬きの間すらも惜しいほど美しい花嫁の姿があった。

僅かに青みを帯びた白いドレスは、スイーリの白い肌を素晴らしく際立てている。素晴らしいぞオリアン、まさしくスイーリのための白だ。


慎ましく見える立ち襟や、細い腕にぴたりと沿う袖は、私が見てもわかるほど柔らかなレースで覆われている。キラキラと輝いているのは、サディークの貝ビーズか?あれはとてもドレスが軽く仕上がると評判だからな。今日のような日のドレスに大変相応しい。


前髪を上げて上品に結い上げた髪には、ティアラが輝いている。

スイーリだけが身につけることの出来るティアラだ。それを見ると、スイーリがいよいよ私の妻になるという強い実感が湧いてくる。



綺麗だよ、可愛い、美しい。

いつも心底そう思ってかけてきた言葉だ。


でもその全てを合わせてもまだ足りない。



ふと、留学時代に読んだ小説の一節を思い出した。

それを見つけたのが自分だったなら、まず手に取ることはなかっただろう一冊だ。


「とても素晴らしくて 感動しました もう何度も読んでいるのですよ」

そう言いながら薦めてきたのがスイーリだったから。


そうして手に取り読んだ、人生で初めての恋愛小説。そして今のところ人生で読んだ最後の恋愛小説でもあるのだが。


そこには歯の浮くような気恥ずかしい台詞がそこかしこに散りばめられていた。




『スイーリ 綺麗だ

 月の女神が貴女を隠してしまわぬうちに 私の想いに応えてくれないか』

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