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翌日には国外からのゲストが到着した。叙任式の時ほど広くは招待していないので、ダールイベック港からの一便で全てだ。


代替わりしたベーレングの王太子、メルトルッカからはクラウドと妃のロレーナ、エテーラ海三公国からはそれぞれ大公夫妻が、そして。



『ダンメルス公爵 オルソン卿 来てくれてありがとう』

「お久し振りでございます ジェネット様 オルソン卿 お待ちしておりました」


懐かしい友人との再会だ。彼女が研修を終えて帰国する時には立ち会えなかった。あれから三年、か。随分と昔のような、それでいてついこの間のことのようにも思う。



グリコスには招待状を送らなかった。私達が招待したのは友人の二人だ。以前視察団のいざこざがあったこともあり、友好国ではないグリコスとは線を引いた。


「おめでとうレオ殿下 スイーリ様 この日を待ち侘びていたわ」


腹をつんつんと突かれて、オルソン卿も遠慮がちに口を開く。

「王太子殿下 ダールイベック様 ご結婚誠におめでとうございます」


『ありがとう 長旅で疲れたろう』

すぐ部屋に案内しようと従者も控えている。


「いいえちっとも ねえレオ殿下 運河は素晴らしいわ 前回帰国する時初めて使った時にも思ったわ なんて早いのかしら ステファンマルクがとても近くなった気にさえなるの不思議ね」

不思議よね、と繰り返しながらカラカラと笑っている。


そうだよな、ジェネットが初めてステファンマルクに来た頃、港からの手段は馬車だけだった。当時は王都まで一週間以上かかっていたことを思うと、つくづく便利な時代になったと思う。



「それでね 私も負けてはいられないと頑張っているの その話も聞いて頂きたいけれど 今日お二人を独占するわけにはいかないわ だから私達は少し城下の街を見学してこようかと思うの」

研修時代にも増して瞳を輝かせるジェネットの話にはとても興味があった。茶でも飲みながらじっくり話がしたいとも。


けれど彼女が気遣ってくれたように、今日の私達にはやるべきことが多く残っている。


『気遣い感謝するよ 馬車を用意するからそれまで部屋を案内させよう』

「ええ そうさせて頂くわね」


エディの案内で二人が階段を上っていく後ろ姿を見送った。いまだにオルソン卿はジェネットの半歩後ろを歩くんだな。いや半歩まで縮まった、と言うべきなのか。

こうして連名の招待に応じてくれる程度には、二人の仲は進展していると信じている。



『さて 本宮に顔を出そうか』

「はい」



そろそろ他の客も到着する頃だ。出迎えに向かおう。


ジェネット達以外の招待客は国賓として招かれているため、叙任式時と同様に個別の宮で滞在してもらうことになっている。そのもてなしは陛下と王妃殿下が担って下さるとのことだ。


「ベーレングの王太子殿下には初めてお会いしますね」

『うん 私達と同世代だから近いうちにベーレングにも行く機会もあるだろう』


先代のベーレング国王がお亡くなりになったのは、私達がメルトルッカに留学していた時のことだった。王太子については伝え聞き程度の情報しかないが、未婚と言うことは聞き知っている。尤もベーレングもメルトルッカ同様妃が複数存在する国ではあるけれど。



『クラウド達にも早く会いたいな』

「ええ お二人が来て下さって嬉しいですね」


メルトルッカへ送った招待状も二名分だった。今回は王太子夫妻が来ることになるだろうかと思っていたが、返信にあった名前はクラウドだった。

自分の方が私達と親しいし、王太子が参列するよりも喜ぶに違いないと説得したとか。

面と向かって王太子殿下に言うわけにはいかないけれど、私達もクラウドが来てくれて嬉しいよ。




本宮の正門前には第二の騎士が揃っていた。ちょうどよい頃合いだったみたいだ。

最初に到着したのはメルトルッカだ。


「レオ スイーリさん出迎えありがとう この度はおめでとう」

「レオ殿下 スイーリ様 ご結婚おめでとうございます ご招待ありがとうございました」


再会を約束した一年前、二人は港まで見送りに来てくれた。最後の言葉は今でもしっかりと憶えている。次はステファンマルクで会おう、妻にも見せてやりたいんだレオの国を。と。



『遠路ありがとう 二人に会えて嬉しいよ』

「クラウド様 ロレーナ様お越し下さりありがとうございます」


スイーリとロレーナ妃は、留学中個人的に友好を深めていた。帰国後は手紙のやり取りも続けていたようで、再会を喜び合っている。



彼らとも挙式後にじっくり時間をとって会おう。

メルトルッカの話も聞きたい。きっと彼らはゆっくり滞在していくはずさ。何せ帰国したらあの夏が待ち構えているんだものな。



宮へと案内されていく二人を見送る。

「お二人もお変わりありませんね ロレーナ様は大聖堂をご覧になるのを楽しみにしているそうですよ」

『メルトルッカの王宮は素晴らしかったものな 建造物に興味がおありの方なのか?』


「それもあるかもしれません ステファンマルクの大聖堂はとても有名だそうですから」

『そうか』

そういや以前どこかの妃殿下にも同じようなことを言われたな。あまりに慣れ親しんでいるためか、他国にまで知れ渡るほど有名な聖堂だということをつい忘れてしまう。




その後ベーレング、エテーラ海三公国の大公夫妻らも到着し、出迎えも恙なく終わった。


『すっかり遅くなったな 送ろう』

これがスイーリをダールイベックへ送る正真正銘最後の機会だろう。次に私達が会うのは大聖堂だ。



けれどスイーリは首を縦には振らなくて。


「レオ様はこの後執務にお戻りですか?」

『え ああ...そうだな』



『スイーリ まだ時間はあるか?』

スイーリがまだ一緒にいたいと訴えている。断る理由なんてひとつもないさ。


「はい!」


『「コーヒー」』

声が重なった。どちらからともなく笑みがこぼれ落ちる。


『ありがとう 淹れてくれるか?』

「はい お飲みくださいね すぐご用意します」


ダールイベックの令嬢に淹れてもらう最後のコーヒーだ。ありがたく頂くよ。




みるみるサロンがコーヒーの芳香で満たされていく。

『いつ見ても美しい所作だな どれだけ練習を重ねたのかがよくわかるよ』


細長い注ぎ口から湯を落としている様子を見るのを、私は毎回楽しみにしている。コーヒー独特の仕草で、なんだかとても美しく感じるのだ。同時に漂う香りもたまらない。


「嬉しいです どう注ぐのが一番美味しくなるのか何度も試してみたのですよ」


スイーリが"何度も"と言うということは、相当な回数をこなしたという意味だと思う。きっと私が想像するよりもはるかに多く。


『ステファンマルクで一番旨いコーヒーを淹れられるのは 間違いなくスイーリだ』


これは世辞でもなんでもなく、私は心底そう思っている。何せスイーリが淹れてくれるようになって以降、コーヒーのために立ち寄っていたカフェには全く行かなくなったからな。



「そう仰っていただけてとても嬉しいです 練習の甲斐がありました

 ですが いつか機会がありましたらあのカフェに行ってみませんか?」


あのカフェー今私が思い出していたあの店のことだろうか、ええと名前は確か


「『カフヴィアキャフ』」

同時に出た名前に、スイーリは嬉しそうに目を細める。


『うん そうだな 随分と顔を出していなかった 近いうちに行こうか』

「よろしいのですか?はい!是非」


そんなにも喜ぶとは思っていなかった。今のスイーリはとてもわかりやすく"嬉しい"と表情ににじみ出ている。そんなスイーリを見ていると私の心も満たされてはいくが。


視線に気がついたスイーリが、はっと表情を変えた。

「これからはレオ様のお近くにいれますのに デートしたいだなんて我儘かなと思ってましたので」



『何言ってるんだスイーリ 私は自慢の美しい妻を見せびらかしに出歩きたいんだよ』

そんなことを我儘だと言っていたら、何も言えなくなってしまうぞ。



これからは王宮(ここ)がスイーリの住まいだ。鳶尾宮の女主人になることだし、宮の中は全てスイーリの自由だ。

けれど、慣れない環境での生活に加えて新たな責務もある。たまには外に出て息抜きだってしたいはずさ。何せ私がそうしたい。



指を組み顎を乗せて、スイーリの動きを見続ける。そろそろ注ぎ終わるはずだ。

『これからもデートしていただけますか?』



「はい 喜んで」

弾けるような笑顔が返ってきた。

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