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数日の間とんだハプニングに見舞われたが、今朝は気持ちよく目覚めた。体調は万全だ。

鍛錬は絶対にするなと医者がしつこく念を押したため、今は一人静かに窓の外を眺めている。鏡を見ると、昨日の充血した目やくたびれきった濃いクマも完全に消えていた。すっかり元通りだ。


久々に外を走りたい気分だけれど、いくらなんでもそれを我慢する程度の常識は持ち合わせている。



従者達が来るまでには、まだたっぷりと時間がある。手紙でも読んで時間をつぶそうか。執務室に積まれていた手紙の山から私信だけを仕分けて、ロニーが昨日のうちに運んでいたのだ。昨夜は一通も手に取ることなく、倒れこむように寝てしまったからな。


目を通していると従者達がやってきた。

『おはよう』

「レオ様おはようございます お目覚めはいかがでございましたか?」


顔色が戻っているからだろう、皆にこやかで口調も軽やかだ。

『ああ 快調だ』


昨日はまるで信用していない胡乱な目を向けられていたが、今朝は皆納得したように見える。

「安心致しました」「何よりでございます」と笑顔も見せるものもいて、ようやく居心地の悪さが解消された。



あれ?今日も全員いるんだな。昨日も四人の顔を見たし、四日前の朝も。


私の前に紅茶を置いたロニーが首を傾げた。

「いかがなさいましたか?」


『いや 今日も誰も休みを取っていないのだなと思ってな』


その私のささやかな疑問にロニーは大袈裟に答えた。

「そうなのでございますよ 連日どなたも休暇を返上すると仰いましてね 全て私の管理不足でございます それでも昨日まででしたら理解もできます お仕えする主の危機に悠長に休んでいられる従者などおりませんからね しかし本日は」


ロニーの視線はさりげなくエディに向かった。今日、本来休暇だったのはエディというわけか。これは私も黙っているわけにはいかないな。


『そうか』

目を上げた時最初にシモンと目が合った。


『シモン エディ そしてロニー今から休暇だ 異論は認めない ビルとミロは明日休め』

五人とも目をパチパチさせるだけで、誰一人返事をしようともしない。


『もう少し長い休みをやりたいが 許せ その代わり落ち着いたら交代で連休を取るようにしてほしい』

明日にも招待客が王都入りするのだ。侍女だけでは対応しきれない場面もあるだろう。彼らの力が必要だ。



「ありがたくお休みをいただきます」

最初にロニーが承諾したことで、残りの二人も一様に頭を下げた。


『昨日のうちに言ってやれるとよかったのだが』

従者達が休暇をどのように過ごしているのかを聞いたことはないけれど、たまの休みくらい寝過ごしたいと思うものだっているかもしれない。済まないな、それは次の休暇まで待ってほしい。


「いいえ レオ様のご様子を伺えましたので 安心して休みを頂戴できます 遠慮なく本日は失礼させていただきます」

『ああ 邸にも戻ってないのだろう?僅か一晩だがゆっくり過ごしてくれ』


ロニーに続いてシモンとエディも自室へと戻っていった。

しまったな、護衛騎士にも休みを取るよう言っておけばよかった。昨日はそこまで頭が働かなかった、有り体に言うとどうしようもなく眠かったんだ。



つくづくこの一ヵ月の間にあれこれと起こりすぎだった。流石にもう何もないだろうさ。


今日の予定をビルと確認する。

「昨日パルードより帰国した担当官が面会を希望しております お時間をお取りしてよろしいでしょうか」

『ああ 何時でも構わないと伝えてくれ』






担当官は、言伝を持っていたビルに同行する形で駆けつけてきた。


「王太子殿下 お時間を頂きありがとうございます 件のパルード人護送の報告に上がりました」

『長旅ご苦労だった』



目的の破落戸護送は滞りなく完遂したとのことだ。

「あのもの達は パルードでも手を焼いていた集団でございました」


様々な悪事を働いていたにも拘らず、全貌が不明な上に潜伏先も不明と、なかなか尻尾を掴むことができなかったのだそうだ。あんな場当たり的な奴らを・・・いやこれ以上はやめておこう。



「こちらはパルード国王陛下より王太子殿下宛にお預かりして参りました書簡でございます」

陛下が直々に?

その場で封を切って確認する。


「パルード国王陛下はじめ パルード王太子殿下からも謝罪の言葉を頂戴致しました」

私個人宛の手紙にも、パルード人が犯した事件への謝罪と私の身を案じる内容が綴られていた。


『うん・・・』


陛下からはパルードへの抗議申し入れを行ったとは聞いていないが、何かしらの問題提起をしたのだろうか。個人的な意見を言うと、パルードからの謝罪は求めても望んでもいないのだが。



「もう一件ご報告がございます パルード王太子ご夫妻 フェデリーコ王子殿下 クレーリア王女殿下 ポルフィーリオ王子殿下は本日ご到着予定でございます」

『そうか 早いな』


予定では明日の午後到着のはずだった。招待客はダールイベックの港で接待を受けた後、王家の用意した船で一斉に王都入りすることになっているからだ。


私の困惑の意味を理解したらしい担当官が補足する。

「パルード王家の方々はダールイベック港町には立ち寄らず 船を乗り継ぎ王都へお越しでございます 先駆けて王都入りをし 直接謝罪の申し入れをされるかと」

『ああ・・・わかった』



パルードの気持ちもわからなくはない。自国の人間が他国の、それも王族に狼藉を働いたのだ。その咎人の護送まで請け負ったステファンマルクに対し、いち早く直接謝罪する場を設けたいと思うことは至極真っ当なことだ。私がその立場だったなら、きっと同じ行動をとるだろう。


『ダールイベックへも知らせを送ってくれ』

謝罪が目的ならば、当事者のスイーリも出席した方がいい。何度もパルードに頭を下げさせるわけにはいかないからな。今日の謁見で全て水に流してしまいたい。





午後三時、フレッド達を乗せた船が王都に着いたと知らせが届いた。

まだしばらくかかるだろうが、呼ばれる前に本宮に行っておこう。陛下にお聞きしておきたいこともある。





「いや 正式な抗議は申し入れておらぬ」

陛下に護送時の詳細をお聞きするも、やはり予想通り抗議はされていないようだった。


ん?待て。

『正式にはしていないと言いますと?』



「ああ イレネが少々な」

陛下はわかりやすく視線を泳がせた。王妃殿下はパルードの謁見に備え支度中だ。この場にいないことをいいことに、母上に責任を?いや陛下はそのようなことをなさる方ではないな。少なくとも母上に対しては。


じいと無言で見続けていると、陛下は、ほうと一度ため息をついてから話し始めた。

「お前には見せなかったと聞いているが イレネの怒りは相当でな あれ程の怒りを見せたのは初めてだった その勢いでパルード国王へ何やら認めたのよ 内容は私も聞いておらぬが 想像はできる」


『ああ・・・   そうでしたか』


成程、母上だったか。母上からすれば実の父への抗議だ。陛下が送るより角は立ちにくかったのかもしれないが、その反面。

思わず苦笑が漏れた。まさか母上が。


つられたのか陛下も苦笑いしている。

「そういうことだ」

『そういうことでしたか』



「イレネの心情を踏まえ 謁見の間にする」

私が同席するようになってから、パルード王家との謁見で謁見の間が使われたことはない。過去の機会で使われたのは、いずれも謁見室だった。


『承知致しました 正装の方がよろしいですか?』

陛下は顎に手をやり暫しお考えになると、ニヤリと笑った。


「ああ 私も着替えるとしよう」



慌ただしく鳶尾宮に戻って着替える。そろそろスイーリも着く頃だろう。スイーリは問題ないさ。いつだって彼女は完璧に美しいのだから。


着替えを終えて私室を出ようとしたまさにその時、スイーリの到着の知らせが来た。急いで向かうと彼女はオリアンの最新作であるシルバーのドレスに身を包んでいた。白糸で施された刺繍が浮き上がるように見えて、昼間に相応しい軽やかさも感じられる素晴らしいドレスだ。


綺麗だよスイーリ。聞き飽きたかもしれないけれど、どうしようもなく美しい。そのドレスが、石の一粒一粒が見事に調和して、スイーリをより美しく際立たせている。謁見なんてどうでもいいから二人だけで過ごしたいよ。


『新しいドレスだね とても似合ってる

 今日も突然のことで悪かったね もうすぐパルードが到着するだろうから 本宮へ行こうか』



が、スイーリは怪しげに微笑み、その場から動かなかった。


「レオ様 なんて素敵なのでしょう 大変お似合いです ああ生きていてよかったわ 拝みたい 少しだけ拝んでもよろしいですか?」


いや待ってスイーリ。

『スイーリ?』

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