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『着替えの用意はあるか』


まずはベッドから抜け出さなくては。


「はい ご用意しております」

「殿下 我々は執務室の外にて待機しております」

騎士が部屋の外へ出ていく。スイーリとベンヤミンも立ち上がった。


「俺は執務室で待ってるよ」

「私もベンヤミン様とお待ちしておりますね」


『わかった すぐ行く』


部屋の中には私とロニーだけになった。

ロニーが運んできたシャツを受け取る。


「レオ様 お一人で大丈夫でございますか?」

私は普段から着替えは一人で済ませている。ロニーの手を借りたことは過去に一度だけだ。


『問題ない 信じてくれ』

「はい」


「はい」とは言ったものの、ロニーは私から目を逸らすつもりはないらしい。


『何日経った?』

「三日でございます 今は十八日の午後一時を回ったところでございます」


三日・・・。そんなに経っていたんだ。そうだよな、だからスイーリにも見つかってしまったんだ。


『そう か』



枕元に置かれていたカフスボタンを手に取る。


「僭越ではございますがどうぞお聞き遂げ下さい 本日は静養なさった方がよろしいかと」


どうこたえるべきか正直悩んだ。身体は三日間も休んでいたはずなのに、酷く疲れているんだ。周囲も私が倒れたと思っていただろうから、休んだとてとやかくは言われないのだろうが、ここひと月突発的な事柄が起きすぎて、とかく政務が滞っている。この三日に持ち込まれたものだけでも目を通しておきたかった。


私が返事を返さないため、ロニーがもう一言付け加えた。


「お顔の色があまりよくありません 今ご無理なさるべきではないのでは」

『そうだな』


この疲労感は、きっと今夜寝れば解決するだろう。ここは素直に休ませてもらっていいだろうか。


『わかった 後一日だけ休む』

ロニーがあからさまにほっとした表情を見せた。


『そんなに心配しなくていい 医者もどこも問題ないと言ってたのではないか?』

着替えの手を動かしながら、努めて明るい声を出す。


「はい 異変が見つからないと焦っておいででしたね」

だろうな。三日前の朝はすこぶる調子がよかったんだ。そのことは医者も確認済みだ。その状態のまま転がされていたのだから、どれだけ探っても問題は出てくるはずがないんだ。


「しかし一度も寝返りすらなさいませんでした」

『そうか』


ロニーは「ピクリとすら動かなかった」と悲壮感を漂わせて言った。「何度か呼吸しているか確認をした」とも。悪かったなロニー、けれど私にもどうすることもできなかったんだ。


ロニーが持つ上着に袖を通して、執務室へ向かった。



『ベンヤミン 後一日だけ休むことにした』

休むことに多少のうしろめたささえあるというのに、ベンヤミンの反応は予想とは大きく違っていた。


「一日と言わず式まで休めよ 三日も意識不明だったんだぞ もし重病だったらどうすんだよ」


もういっそのこと全て話してしまいたい。重病人扱いされるのはまっぴらなんだ。

しかしそれを堪えて、まずはスイーリの隣に腰を下ろした。

『明日からは執務に戻る そろそろ招待客も着く頃だからな 少しでも片付けておきたい』



「寝ている間は顔色もよかったのに 今酷いぜ?無理はするなよ」

ロニーも言ってたな。やはりこの疲労は気のせいじゃないってことか。中身が三日間起き続けていたからなのか?いや、これは到底三日程度で起こる感覚ではないよな。何せ未だかつて経験したことのないほどに身体が重だるい。

あの場所にいると時間の経過もわからなければ、睡魔や疲労の類も一切なかった。戻れた途端これでは反動が大きすぎる。



『ああ わかった

 スイーリも心配かけて済まなかったね もう平気だから安心して』


涙は乾いていたけれど、依然不安げな表情のスイーリも繰り返す。

「ご無理はなさらないでくださいね お顔の色がよくありません」


スイーリにまで言われると言うことは、いよいよ自分の顔が予想以上に酷いことを自覚しなければならないようだ。これだって予め神がおしえてくれていたらーいや、そんなこと期待したところで無駄だったな。まあいい、終わったことだ。



医者が運んできた薬湯を飲み干して、ようやく喉の渇きは癒えた。

先程より念入りにあちこち調べられた結果「どこにも異常は見当たらない」として、とりあえずは「原因不明のまま完治」ということに落ち着いた(落ち着かせた)。



「レオ 食欲あるか?食えそうなら飯食わないか?俺 安心したら腹減ってたこと思い出したわ スイーリも腹減ったよな?」


『二人ともまだだったのか 悪かった スイーリどうかな?』

ベンヤミンもスイーリも、やっと落ち着いたようで表情も柔らかくなった。なんだかんだ医者の言葉は大きい。何せ本人が言うことより信頼されている。


「はい ご一緒させて下さい」

今日初めてスイーリの笑顔が見れた。



「レオ様 いつでもお運びできるよう料理長が準備を済ませております こちらにご用意してよろしいでしょうか」

『ああ 頼むビル』



ほどなく二台のワゴンが料理を乗せてきた。香しい香りに胃袋がキュッと締まった気がする。

蓋を開けたチューリンからは白い湯気が立ち上った。スープ皿に温かいポタージュが注がれていく。


「旨そう めちゃくちゃいい匂いがするな」


きっと肉やら野菜やらたくさん煮込んで作られているんだろう。以前本宮でもこんなポタージュを食ったことがあった。


ロニーがパン皿にパンを乗せる。

蒸し野菜だの、小さくカットされた果物だの、あれこれと気遣いの感じられる皿が並べられた。僅か三日だしな、普通に食って問題ないだろう。




三日ぶりに食う飯はどれも旨かった。スイーリが隣にいる効果もきっと大きい。


テーブルの上が片付けられて、ベンヤミンは執務に戻っていった。今日は自分の部屋で執務をしているんだそうだ。



『スイーリ この後の予定は?』

今日は王宮に来る予定はなかったはずなんだ。予定を変更させてしまったのだったら悪いことをした。


「いいえ今日は何も レオ様はもうお休みになってくださいね」

『いや 随分と休んだからね 少し歩きたいんだ よかったら庭に出ないか?』


いいよな?散歩するくらいなら。今、私は体調を崩して静養中だ。決して昼間っからサボって愛しい婚約者とデートしているわけではない。うん、これは静養の一環だ、問題ない。



中庭を抜けて裏庭に出た。スイーリの侍女から日傘を受け取ってスイーリに差し掛ける。

「レオ様 自分で差しますので」


スイーリは慌てて手を伸ばすけれど、渡してやるつもりはないよ。


『私の方が背が高いからね この方が都合がいい』

そう言って肩を抱き寄せると、スイーリは赤い顔をして頷いた。




スイーリ、スイーリは私を追ってこの世界まで来てくれたんだね。もしもそのことを知ったらスイーリはどう思うんだろう。


きっと以前のスイーリは若くして亡くなったのだろうね。それでも「この世界に来てよかった」と言ってくれるのかな。


この世界にはスイーリの暮らした世界の人間がまだいるらしい。その中には生涯出会うことなく終わるものも、きっといるんだと思う。よかったよ、スイーリと出会えて。この世界に来てくれて私と出会ってくれてありがとう。



裏庭を一周し終えるとスイーリは邸に戻ると言った。彼女は兎にも角にも私を早く寝かせたいらしい。

「レオ様 お医者様は問題なしと仰っておられますがお願いです 今日はもうお休みください」

『わかったよありがとう けれどどうかスイーリを送らせてほしい これが最後の機会だろうから』


最後の機会と聞いてスイーリは頬を染めた。些細な言葉にもこうして恥じらう貴女がたまらなく愛しい。もう十年も交際を重ねていて、翌週には結婚すると言うのにね。

だからいつまで経っても貴女のことが昨日よりさらに好きになるし、大切にしたいって思うんだ。


スイーリ、最後の最後まで心配かけてごめんな。

けれど、これは必要な時間だったと思っている。自分自身のこと、スイーリがこの世界へ来た理由、それがわかったんだ。私達がこうして出会って愛し合ったのは必然だったと。


一生かけて返していくよ。ここまで追って来てくれてありがとう。愛してるスイーリ。

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