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裁判はあっけなく終わった。
審議が終わっているのだから当然だったのかもしれない。
ペットリィは下された刑に異を唱えることもなかった。それどころか眉一つ動かしはしなかった。その姿は全てを諦めたようにも、また一つの未練すらないようにも見えた。本心は本人しか知り得ぬことだ。
刑がいつ、どのように執行されるのかは聞いていない。
だが、陛下のことだ。早ければ今日にでも執行するのだろう。
唯一気がかりだったヴェンラは、スイーリのおかげもあって表向きは普段と変わらず仕事に精を出しているらしい。
「今が幸せだ」と言っていたという。そうであってほしいと心から思う。
「おかえりレオ 早かったな」
『ああ 数日騒がせたな 今日から通常通りだ』
「うん」
今日ばかりはお互い軽口を叩く気にもなれず、執務室はしんと静まり返っていた。
こんな日はうず高く積まれた未処理の書類すらも、有難く感じるから不思議だ。私は片っ端から読んではサインを繰り返していった。
午後になると空気が一変した。
延び延びになっていた引継ぎのために、スイーリが執務室に来たのだ。
どんよりと陰鬱だった執務室が一気に華やぐ。どことなく湿り気のあった空気すらも浄化された気がした。
「レオ様 今日はよろしくお願いいたします」
『来てくれてありがとう こちらこそよろしく』
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『これで全部だ お疲れ様スイーリ』
「ありがとうございましたレオ様」
スイーリが王宮に通うのもあと数日で終わりらしい。婚礼まで残りひと月余り。花嫁にのんびり過ごす時間などないのかもしれないけれど、少しでも心穏やかに過ごしてほしい。
「お疲れ様スイーリ あとは結婚するだけだな」
ベンヤミンの労いに頬を染めて小さく頷くスイーリ。それを見ると知らず知らずに口元が緩む。
「なあレオ スイーリ 結婚祝いのパーティーをしようって話が出てるんだ デニス兄も来るって言っててさ なんとか時間取れないかな」
『ありがとうベンヤミン スイーリに合わせてくれ 二十四日以外なら私はいつでも空いている』
特に準備があるわけでもない私は、大切な用事と言えばもうすぐ訪れるスイーリの二十二回目の誕生日の一日だけだ。
「ありがとうございます 私もそれほど忙しくはないのですよ 日曜日でしたら皆さんのご都合がよいでしょうか」
「日曜で決まりだな 二週間後の日曜でどうだ?」
二週間後の予定が決まった。デニスに会うのは結婚式以来だ。
「楽しみですね デニス様にお会いするのは三年ぶりになるのですね」
「俺は姪っ子が生まれた時に一度会いに行ってるんだけど その姪がデニス兄にそっくりでさ 二人にも早く見せたいぜ」
早いものでデニスも既に二児の父だ。娘にメロメロな話は風の噂に聞いている。
『よく王都に来る気になってくれたな デニスに会うのが楽しみだ』
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スイーリと一緒にベンヤミンを見送り、二人で晩飯を食う。
こうして食事を共にするのもあと数日かと思うと名残惜しい。いやひと月の辛抱だ。あとたったのひと月じゃないか。
理性と本能がせめぎ合う。どちらも全く引く気がないから厄介だ。
「レオ様 時々お邪魔しても構いませんか?コーヒーを飲んでいただきたくて」
声に、出てた、か?
と、内心慌てるほどのタイミングで願ってもない言葉が、確かに聞こえた。
もしかして目で訴えていたのかもしれない。
ほらロニーやビルだって、たまに先読みでもしたかのように言い当ててくることがあるじゃないか。
いや、でもスイーリの本心だって可能性もあるよな。ここは断る理由がない。スイーリは'時々'と言ったものな。無理やり呼びつけるわけじゃない、スイーリだって息抜きはするだろうさ。うんそうに違いない。
『もちろんだ 嬉しいよスイーリ』
目まぐるしくあれこれと考えを巡らせたことなどおくびにも出さず、精一杯爽やかに見えるだろう顔を作って答えた。
「コーヒーにかこつけてしまいました 本当は私がお会いしたいんです」
恥ずかしそうに鼻の先を少し赤くしながら笑ってみせるスイーリを見ると、途端疚しさに申し訳なくなる。ここは私も本当のことを言わなくてはいけないと反省した。
『私も会いたいんだよ ひと月すら待てなくてさ』
以前はどうやり過ごしていたのか自分でも思い出せないくらいなんだ。スイーリが学園に入るまでは月に数度しか会うこともなかっただなんてさ。よくそれで正気を保てていたものだと、過去の自分に感心してしまうよ。
日に日に貴女に対して貪欲になる。呆れはしないか?なんとか保っている涼しそうな面の奥で、こんなにも欲の塊を隠していることを。




