[417]*
『ロニー今から本宮へ行く 執務室の近くの部屋にヴェンラを呼んでおいてほしい』
レオ様がロニーさんに指示を与えています。ヴェンラさんにお会いするのが私と言うことも。
『スイーリ本当に一人でいいのか?』
最初は私一人でお会いしようと思います。レオ様も了承はして下さいました。
「ええ 私では上手くお話しできなかった時はレオ様 助けていただけますか?」
『ああ 執務室で待っている』
ほどなくレオ様と本宮へ向かうことになりました。
裏庭に出ると、萌黄色の桜の木々が見えます。それを見て、レオ様からとても綺麗だとお聞きしている春の景色を今年も見そびれてしまったことに気がつきました。
「桜 終わってしまいましたね」
レオ様もハッと桜を振り返りました。
『五年目だと言うのに 一度もまともに見ていないな』
「ふふ 来年の楽しみができましたね」
『ああ 来年はたっぷりと時間を取って見にこよう』
先の約束を交わすのが大好き。それを待つ間ずっとワクワクしていられますから。
今はできるだけ楽しいことを考えましょう。それが私の役目ですもの。
でも本宮は近いの。すぐに着いてしまったわ。
入り口でロニーさんが私達を待っていました。
『ロニー ヴェンラの様子はどうだ』
「落ち着いておりますね 呼ばれた理由も察しているように見受けられました」
『そうか』
それでもヴェンラさんの心の内をはかり知ることはできません。もしも泣き崩れてしまったら、私にはかけてあげられる言葉があるでしょうか。
「こちらでお待ち頂いております」
ロニーさんの案内で向かったお部屋の前で、一度レオ様とお別れです。
『私は執務室にいる 頼んだよスイーリ』
「はい 行って参りますね」
私の後ろでロニーさんが扉を閉めます。ロニーさんがいてくださるのは心強いです。
本宮のお仕着せを着たヴェンラさんが両手を揃えて立っています。その姿でお会いするのは初めてでした。レオ様がいらっしゃると思っていたかしら、私を見て少し驚いているようだけれど。
「ヴェンラさん 突然お呼びたてしてごめんなさいね どうしても今日お話ししたいことがあって無理を聞いて頂きました」
「とんでもございませんスイーリ様」
まずは座りましょう。立ち話で済ませるような話ではありませんから。
「お掛けくださいね どうか緊張なさらないで 私達は一緒にお出かけもしたお友達なのですから」
「ありがとうございます」
ロニーさんがお茶を用意して下さいました。これはカモミールティーね。
「ありがとうございますロニーさん
ヴェンラさん 蜂蜜はお好きかしら カモミールティーにミルクと蜂蜜をたっぷり入れたものが私はとても好きなんです ロニーさんが用意して下さっているわ」
ぎこちないけれどヴェンラさんも少し笑ってくれて、「私も甘いものは大好きです」と蜂蜜とミルクをカップに注ぎました。これを飲んで心を落ち着かせてから切り出すことにしましょう。
半分ほど飲んだところで覚悟を決めました。よし、話しましょう。
「ヴェンラさん 明日裁判が行われることはご存知ですか?」
ヴェンラさんは両手で持っていたカップを静かに置きました。
「はい 存じております 私の兄がとんでもないことをしました ごめんなさいスイーリ様」
背中を丸めて小さく震えています。違うのヴェンラさん、私はあなたを責めに来たんじゃないわ。
「ヴェンラさんが謝ることはひとつだってないわ お願い 顔を上げてくださいね」
それでもなかなか顔を上げては下さらないけれど、そのままで構わないわ、聞いて下さいね。
「ヴェンラさん お兄様にお会いしたいですか?」
「えっ?」ととても驚いた顔をしたヴェンラさんが顔を上げました。そんなに意外なことだったかしら。
「きっと最後の機会になると思います」
ヴェンラさんはまた俯いてしまいました。急かしてはいけないわね。けれど断ることはない、私はそう思っていました。
「スイーリ様 私は会いたくありません」
今度は私が驚いてしまって。なんとお返事したらよいのか、すぐには言葉が見つかりませんでした。
ヴェンラさんが続けてお話ししてくださったの。
「兄とは言いましても 一年ほどの短い間柄でした 卒業後は手紙の一通もありませんでしたし 最後に会ったのはビョルケイ家の裁判の時です ペットリィはきっと私のことを疎ましかったのだと思います 妾の子ですから」
「そんなことない」とは私には言えませんでした。
「わかりました もしもお兄様が希望されても断りますか?」
ヴェンラさんは微笑みました。その笑顔がとても美しくて、その分悲しかった。
「ええ 会いません まずはお父様と一緒に罪を償ってほしいです」
ヴェンラさん、あなたのお兄様は北方労役ではないんです。そう言わなければならないのに。
「スイーリ様
私は今とても幸せに暮らしています 王宮に置いて頂け こうしてお仕事も頂けています 私はヴェンラ=ロイリとしての人生を大切にしたいのです 私は冷たい人間でしょうか」
「いいえ いいえ そんなことないわ」
思わず身を乗り出して、ヴェンラさんの両手を握り締めていました。
「ヴェンラさんが今が幸せと聞いて私もとても嬉しいわ わかりました ヴェンラさんのお気持ちは私が責任を持ってお伝えします ペットリィさんが今後ヴェンラさんの人生に関わることは決してありません」
ヴェンラさんの言うとおりだわ。兄妹として過ごした時期はとても短かったですものね。これ以上振り回されたくないというのも当然の感情だと思います。
そして、今後ヴェンラさんの人生に関わることがないのも事実です。




