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翌早朝、身支度を終えた私はぼんやりとしていた。
長年喉の奥に刺さった小骨のように、厄介で気がかりだったことがようやく解決したのだ。
ペットリィへの疑念は常に私の中にあった。しかし証拠がなかったんだ。全ての証拠がやつの父親を指し示していたから。
己の欲のためには親も利用する、やつは臆病な男などではなかった。とんでもなく狡猾で卑劣な外道だ。
犯人は見つかったが、動機は今一つわからないままだ。
全て明らかにするべきだろうか、あまり気が乗らない。そうも言っていられないだろうけれど。
扉を叩く音がする。アレクシーだ。
「お早うレオ 昨夜は眠れたか?」
でかいクマを作ったやつから心配されている。
『アレクシーは眠れなかったようだな 鍛錬休むか?』
普段のアレクシーなら、ここで頷くことはない。身体を動かして動かして、余計なものを振り払おうとするはずだ。だが今朝は違った。
「レオも疲れた顔をしてる たまには休むか」
『わかった 部屋に戻って時間まで寝るか?もし眠れないなら話でもしよう』
アレクシーは扉を閉めて中に入った。
一日の間に多くが起こりすぎた日だった。
赤黒く腫れたアレクシーの口元を見る度、やるせない気持ちが湧き上がる。
ただ向かい合って座ったまま、時間だけが過ぎていった。
「レオ」
「いつペットリィだと気がついたんだ?」
いつ、か。どこから話すべきだろうな。
『長くなる』
アレクシーはちらと時計を見てから頷いた。
「話してくれるなら聞かせてくれないか」
話は初めてペットリィを紹介された日まで遡った。
『ペットリィを紹介されたのは アレクシーの騎士科進学が決まった頃だった 憶えているか?』
アレクシーは目玉だけを上に向けて、当時を思い返している。
「そんなことがあった気がする ごめん はっきりとは憶えていない」
『いや いい それは大事なことではないからな ただ私はその日 経験したことのない不快感を感じた ペットリィに対してだ』
はっ!と思い出したような顔をしたアレクシーが、やや身を乗り出した。
「それってレオが中庭で気分が悪くなった時か?急に顔が青白くなって あの時か?!」
『多分それだ』
身を乗り出したままのアレクシーがじっと私の瞳を覗いている。待ってくれ、順番に話すから。
『戸惑ったさ その得体のしれない嫌悪感がなんなのか自分でもわからなかったからな だがそれが何年も続いた それこそ昨夜も』
話が飛びすぎた。少し戻そう。
『ビョルケイ家の一連の裁判が終わってから 私はペットリィを見張り続けていた 騎士科を卒業した後あいつはパルードに渡っていたんだ』
ペットリィが今までパルードにいたことは、昨日の私達の会話を聞いていればわかっただろう。しかしアレクシーが衝撃を受けたとすれば、そこではなくて。
「疑っていたんだな 騎士科にいた頃から」
アレクシーの感情がわからない。私がアレクシーの友人を疑っていたことへの失望なのか、怒りなのか、それ以外の何かなのか。
『済まない アレクシーが信頼している仲間だと言うことはわかっていたつもりだ けれど私は自分の直感を無視することができなかった』
アレクシーはゆっくりとかぶりを振る。
「違うレオ そこじゃない
俺はレオの騎士だ 当時はまだ学生だったけど 俺はレオの騎士になることだけを目標にしてきた 俺の身近にレオを害するものがいたことがショックだったんだ 気がつけなかった自分自身に対しても」
アレクシーは責任感が強い男だ。けれどペットリィのことで自分を責めては欲しくない。
『パルードまでは追えなかったからな 向こうでどう過ごしていたのかはわからない あのパルード人達と行動を共にしていたのだろうとは思うけれどな』
話を変えた。
『港に人を置いていたんだ ペットリィが帰国したらすぐに知らせるようにと』
アレクシーは目だけで頷く。
『長くなったな ここからが決め手になった話だ
例の木箱の中身さ』
ビョルケイが工場敷地内に埋めていたあれで、ペットリィへの疑惑が確信に変わった。
アレクシーの顔はまだ納得していない。説明するよ。
『本が入っていただろう あれだよ
あれはペットリィにしか読めない』
「ああ!」アレクシーが声を上げた。「そうか 文字が」
ペットリィの父親は文字が読めなかった。邸の書斎に並べられていた本の数々も、表紙だけで中身は空だった。彼がようやく読み書きができるようになったのは、叙爵を受けた後だろうと言われている。
タウンハウスのペットリィの部屋にわざと毒物を置かせたり、木箱の中には敢えて自分の着古した衣類を詰めた。そうすることで逆に自分から目を逸らさせることに成功させた。いや成功すると信じていた。つくづく悪知恵の働く男だ。
「処分 あいつの刑はどうなるんだろうな」
俯いているアレクシーの表情は見えない。
『さあな 減刑を願うか?』
過去の罪は問われない。やつの父親が結果的に身代わりとなって刑を受けたからな。今回ペットリィが問われる罪は、八番街で起こした三つの事件、王宮への不法侵入、そして私の殺害未遂だ。
ペットリィは私には全く危害を加えていない。その素振りすら見せはしなかった。だが短剣を一本忍ばせていたんだ。凶器を所持して侵入していた以上、それは暗殺目的と判断されるだろう。私にはペットリィを擁護する気は全くない。
王族の暗殺は大罪だ。未遂とは言え北方労役より軽い刑になることはないだろう。
「レオは俺がペットリィの減刑を願うと思うのか?やめてくれ
あいつは償うべきだ 償わなくてはならない 命をもってしても」




