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[409]spin-off

明日には港に着く。四年ぶりの帰国だ。


騎士科を卒業した俺は、その日のうちに王都を出た。

騎士に未練はなかった。俺が騎士を目指したのはヴェンラのためだ。それが叶わないのなら、騎士など何の価値もない。


あれからヴェンラには一度も会っていない。裁判の時に会ったのが最後だ。言葉一つ交わすことは出来なかったが、ヴェンラのことはレオ様がお救い下さったと後になって噂で聞いた。


よかったなヴェンラ。お前はガキの頃言ってた通り王妃になるんだな。ああその前に王太子妃か。どっちも同じようなもんだ。レオ様はいずれ国王になるんだからよ。


成人の祝いも贈ってやれず悪かったな。でも俺なんかが贈るつまらねえものなんて、もうお前には必要ないよな。王宮で暮らしているヴェンラに相応しいものなんざ俺には思いつかねえよ。


レオ様は予定通り留学されたのか?その間は寂しかっただろう。側にいてやれなくて済まなかったな。

花嫁修業で忙しくてそれどころでなかったか?俺のことなんかすっかり忘れちまってるかもな。でもそれでいい。魚くせえあの町のことも、どうしようもないクズだった親父のこともみんな忘れて、お前は幸せになってくれ。


きっと今のヴェンラは、神々しいまでの美しさを手に入れているに違いない。ガキの頃から天使みたいな子だったんだ。今では女神、かもしれねえな。

レオ様も運がいいお方だ。女神と結婚できるなんてよ。



〈ナニ物思いに耽ってやがるんだよ 似合わないぜ坊主〉

〈うるせえよ つーか坊主って呼ぶなって言ってるだろ 何百回言ったらわかるんだよ〉

〈はいはい トレシオンさまさま〉

ちっ。




四年前俺はパルードに渡った。こいつらと会うためだ。

パルードはあらゆる意味で俺に合っていた。このままここで一生を終えるのも悪くないな、と思うこともあった。


パルードではこいつらの稼業を手伝っていた。こいつらがただの養蚕農家だとはハナから思っちゃいなかったが、最初は俺ですら多少面食らったものだ。

盗賊、人さらい、詐欺に闇取引。悪事のオンパレードだ。こんなことを何十年も続けていて捕まらねえんだから、パルードって国は最高だろう?


こいつらは根っからの悪党だが、腕っぷしはそれほど強くはねえ。俺から言わせると基本がなっちゃいねえんだよ。だから俺の腕は重宝された。何と言ったって俺は騎士だからな。剣の実力なら負けねえよ。



〈それでよ坊主 ステファンマルクに着いたらどうすんだよ〉

言ったそばからこれだ。いつまでガキの頃みてえに坊主呼ばわりしてんだよ。

〈トレシオンだ どうするか知りたかったらちゃんと呼んでみろ〉


俺はパルードで名を変えた。元の名をパルード風にしただけだ。クズ親父のようにお貴族かぶれの名前になんざ憧れちゃいねえからな。

親父か・・・もう生きちゃいねえだろうな。ロクでもねえ親だったが、最後だけは役に立ったな。



〈トレシオンの坊主よ で どうすんだ?〉

〈急かすなよ 俺だって四年ぶりなんだからよ〉

〈けっ〉

今回帰国しようと思った一番の理由はヴェンラの結婚だ。今年ステファンマルクの王室で結婚式があるって噂を聞いた。すげーよな、パルードにいたってヴェンラの噂が流れてくるんだぜ。


王室の結婚だ、パレードがあるに違いない。真っ白い馬車かなんかに乗ってよ、レオ様とヴェンラが手を振りながら王都中を回るんだろ?それを一目見ておきたい。沿道で熱狂してるやつらに混じってよ。俺には気がつかなくていい。もう今のヴェンラに俺は必要な人間じゃないからな。


それを見たらパルードへ帰るつもりだ。その後は二度とステファンマルクに戻ることはない。



それともうひとつ、あれだ。寒くねえ時期に行かねえとな。パルードと違ってステファンマルクは冬が長いからよ。冬場に川には入れねえ。

その為にこいつらを連れて来たんだ。こいつらが俺に協力的なのは、親父が買ったこの船の義理があるからだ。悪党には違いないやつらだが、義理堅く、一度交わした約束は必ず守る。


俺もこいつらに恩を売っておきたいからよ、一儲けさせる為にあの町へ行くつもりだ。もう戻ることはないと思っていたあの町によ。


いつだったか酔っぱらった親父が自慢してた。

「見ろペットリィ これが何だかわかるか?翡翠だ 俺が見つけた」


余程その夜は酒が旨かったんだろうな。普段ロクに会話も交わしたことのねえ俺相手に散々話し倒したからよ。殆どは聞く価値もねえゴミみたいな話だったが、唯一記憶に残っているのがそれだ。


「ヒスイとは何ですか?どちらで見つけたのですか?」

変わった色はしているがその辺に転がってそうな石じゃねーか。石っころ拾ったぐらいで何偉そうに言ってんだ?自慢しやがるから聞いてやったのによ、何が楽しいんだか汚ねえ歯をむき出しにしながら、ゲラゲラと笑うばかりで、まるで答える気がなさそうだった。


うぜえ、時間の無駄だ。俺が自分の部屋に戻ろうとした時ぽつりと言った。

「こいつはな 金のなる木よ この邸も俺の工場もあいつらが乗って来る船も 全部こいつで買った」


は?親父のやつとうとうイカレたのか?石っころで邸が買えるかよ。

「揶揄わないで下さい ただの石ではありませんか」

「ああこんなものただの石だ だがただの石をよ 有難く欲しがるやつらも世の中にはいるんだよ」


無知だったのは俺の方だった。

親父が言ったことは本当だ。翡翠はあるやつらからすれば、喉から手が出るほど欲しいもんらしい。

それにしてもあの親父がよく知ってたよな。あんな魚獲るしかない町で生まれ育ったのによ。


昔のこいつらのように、船で直接町へ行けたら手間も省けたんだが、こいつらが最後に向かった時、海岸には何人も騎士がいたそうだ。まああれから四年経ったからな。もう騎士なんざ一人もいないだろうとは思うが、俺は用心深いんだ。少しでもヤバいことは回避しとかなきゃな。




船は問題なくダールイベックの港に着いた。

四年程度じゃたいして変わってもいないな。相変わらずゴミゴミした街だ。


トレシオン=ボニーノ・国籍パルード


これで通るんだからよ、入国の審査なんて偉そうなこと言ってるだけでザルだよな。

これで俺達は観光に来たパルード人だ。


港から王都までの運河が開通していた。金さえ払えば誰でも乗れる定期運航船ってのがあるらしい。便利になったもんだな。この人数で移動するにはもってこいだ。俺達は港町には寄らず、真っ直ぐ王都を目指した。




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