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[401]spin-off

俺は親父のことが大嫌いだ。金と女のことしか考えていねえような愚かな男。

母親も馬鹿な女だ。字もまともに読めねえくせに、ちょっと器量が良かったってだけで俺を身籠り、この家の女主人になった、ただそれだけの女だ。


見栄っ張りな親父のおかげで、昔は俺も母親も分不相応な服を着せられ町の中を無意味に連れ回されたもんだ。こんな生臭い臭いの染みついた町で張れる見栄なんてたかが知れてるだろう。下らねえ。


その大嫌いな男の金で不自由なく暮らせていることにも腹が立った。今では全く見向きもされなくなった母親だが、ご立派なドレスは年に何着も新調していた。まあそれもこれも親父の見栄で作らせているだけだということは、いくら馬鹿な母親でも理解しているようだけどな。


元々が貧しい漁師の娘だった母親はドレスなんざ笑っちまうほど似合わない。その辺に転がってるハンガーの方が余程ドレスを引き立てるだろうよ。


こんなろくでもない親から生まれたにしちゃ、俺はかなり上出来だった。

飯と服だけはいいものを与えられていたが、本は一冊も買ってもらったことがない。だが俺はうんとガキの頃から文字や数字を見るのが好きだった。親父が「面倒くせえ」と放り投げた帳簿や契約の類の書類が、俺のおもちゃ代わりだった。何が面倒くせえだよ、読めないだけだろうが。


こんな町いつか出て行ってやる。俺は王都へ行くんだ。

勉強したいなら教会へ行くといい。どこからかそんな話を聞いた。教会?そんなもんこの町にあるのかよ。

母親に聞いたところで返事は「知らない」 はなから期待しちゃいねえよ。どうせあんたは魚くせえ生家と親父の工場、それとこの邸。その三つの中だけで生きてるような女なんだからな。


だから俺は町に出た。町での俺の名前は'坊ちゃん'だ。何が坊ちゃんだよ。親父の金が目当てですり寄って来るような屑どもが。どうせ俺の名前なんざ誰も知らないのさ。だから坊ちゃん。都合のいい呼び名だぜ。

「坊ちゃん 今日もいい天気だな」

「そうだね 今日も大漁かな」


「坊ちゃん どこへ行くんだい?」

「おじさん この町にある教会って知ってる?僕教会へ行きたいんだ」

俺は外では無邪気で可愛らしい年相応のガキってやつを演じていた。親父の為なんかじゃねえよ。その方が俺にとって都合がいいからだ。


「おうすげぇや!やっぱ坊ちゃんは違うなー」

当たり前だろ、お前らみたいな頭の中まで魚が詰まったようなやつらと一緒にすんじゃねえ。

「おじさん 教会はどっち?」

「おう!教会はあれだよ 赤い屋根が見えるだろう?」

男が指を差した先には色褪せてペンキも所々剥げた三角の屋根が見えた。まあ言われたら赤に見えないこともない。

「ありがとう!行ってみるよ!」

「気をつけてなー 神様によろしく伝えといてくれよ」

ふざけんなよ、何が神様だ。お前らの神様は親父なんだろ?下らねえ。



教会は随分とみすぼらしい建物だったが、意外に清潔だった。小さな庭には細い棒が何本も立てられていて、赤や黄色の野菜がぶら下がっている。庭って言うよりこれじゃ畑だな。

大きな木の扉を静かに開く。中に入ると天井近くの窓から差し込む光がある一点に注がれている光景に息を呑んだ。


その光が照らす先にいたのは一人の天使―

真っ白なドレスに身を包み、ふわふわの綿みたいなピンク色の髪をした天使が、両脚を床に投げ出し夢中で本を読んでいる。空から・・・落ちてきた・・・のか?天使が?こんな町に?



全く俺らしくないが、あまりの美しさにぼーっと立ち尽くしてしまった。天使は俺の存在なんかまるで気を止めることもなく、静かに本を読み続けている。

一歩、また一歩。吸い寄せられるように俺はその光の下へと近づいて行った。


あと五、六歩ってところで俺は足を止めた。これ以上近づいたらふっと消えていなくなってしまうような気がしたからだ。行かないでくれ、見ているだけでいいんだ。


どれだけそうしていただろう。本をぱたりと閉じたかと思うと、天使はいきなり俺の方を振り向いた。

「あんた誰?」



いきなり話しかけられて俺はすっかり動揺してしまった。自分より小さな子相手にオロオロしてしまい、ついいつもの坊ちゃんを演じることすら忘れてしまっていた。

「お 俺はペットリィ 君は?」

「私はヴェンラよ」


ヴェンラ、なんて可愛らしい名前だ。この町にこんな子がいたなんて知らなかった。そこら中にいる魚臭いやつらとは全然違う。もしかしてこの町の子じゃないのか?

「ヴェンラは王都から来たのか?」


「へっ?違うわ 私は母さんとこの近くに住んでるんだから」

「そうなんだ あまりにも綺麗だから さ この町の子じゃないんじゃないかと思った」

正直にそう言うと、ヴェンラはふっと大人びた笑みを見せた。


「当然よ だって私はレオ様と結ばれるんだもの」

レオ様?なんだそれ。俺は親父以外の名前に様がつくのをこの日初めて聞いた。

「レオ様って誰?神様の名前なのか?」


「馬鹿ねえ 神様なんかよりもずっとずっと素晴らしい方よ この国の王子様 そんなことも知らないの?」

「し 知るかよ そんなこと教えてくれるやつなんか この町にいねえんだから」

馬鹿と言われてついカッとなり言い返してしまった。嫌われたらどうしよう。


「私が教えてあげる レオ様のことならなんでも知ってるんだから」

ヴェンラはちっとも怒りはしなかった。それどころか俺に教えてくれるとまで言い出した。

「その前にさ ヴェンラのことを教えてよ」

「いいわ でもまずペットリィも座ってよ 見上げていて首が痛くなったわ」

俺は慌てて彼女の隣に腰を下ろした。



それからいろんな話をした。ヴェンラは五歳。俺の四つ下だった。王都の王立学園ってのに入るために毎日教会に通って勉強しているんだそうだ。今日はたまたま牧師が不在で一人で本を読んでいたらしい。

「あんたは何しにここへ来たの?」

「俺も勉強がしたくてさ その王立学園ってのは誰でも入れるのか?」


するとまたヴェンラはやれやれと言った表情を浮かべた。他のやつだったら殴り倒していたところだが、不思議とヴェンラに腹は立たなかった。

「王都の学園は国中の優秀な人材が集まるのよ 誰でもなんか入れやしないわ」

「そうなのか」

「あんた字は読めるの?」


そう言ってヴェンラは手にしていた本を渡してきた。


「白鳥の王子様」

本の表紙に書いてあった文字を読む。するとそれだけで彼女は花が咲いたような笑顔を向けてきた。なんて可愛いんだ。

「凄いわ!牧師さん以外で文字が読める人に会ったのはあんたが初めてよペットリィ!」


嬉しくて嬉しくてどうしようもないくらい嬉しかったが、俺は必死にそんなこと当然だという顔を作った。

「この程度でいちいち驚くなよ 俺は天才なんだからよ」


「ねえ!あんたも毎日ここに来てよ いつも一人で退屈だったの 一緒に勉強しよう」

もう俺は天にも昇る気持ちだった。神様なんざ信じちゃいないが、それにだって感謝してやりたい気分だ。


「ヴェンラがどうしてもって言うなら来てやってもいいぜ」

「うん待ってるわ レオ様のこともまだまだ話し足りないのだもの あんたももっと知りたいでしょう?」


レオ様、将来ヴェンラが結婚するこの国の王子の名前だそうだ。そうだよな、こんな天使みたいなヴェンラには王子くらいがちょうどいい。ヴェンラはこの町のくせえやつらなんかとは格が違うんだ。汚えやつらが近寄れないように、俺が守ってやらないといけない。


「俺 強くなりたい」

「じゃーますます王都に行かないとね 王都の学園にしか騎士科はないのよ 騎士科に入れば生涯身分は保証されるわ」


ヴェンラは天使のように可愛いだけじゃなくて、この町の大人が誰一人知らないようなことも沢山知っていた。俺達が住んでるこの町に領主がいること、領主はこの国の将軍で、武人一族だってこと、そしてその息子の一人が俺と同じ年齢だってこと。


へー今まで親父が一番偉いんだって思ってたけど、全然そんなことなかったんだな。親父の名前なんて一度も出てこなかったぜ。そのくせにあんな偉そうにしてんのかよ。


まあ親父のことなんてどうでもよかった。

将軍。将軍ってなんだ?初めて聞く言葉だ。ヴェンラに聞くのはなんだか恥ずかしくて知っているふりをしてやったが、なんとなく強くてかっこよさそうだよな。将軍の息子。俺と同い年だって?俺は名前すら知らないその相手にどうしようもなく嫉妬した。そいつをぶちのめせるくらいは強くなってやる。たった今決めた俺の目標だ。


王都の学園に入って、一番強い騎士になってやるよ。そしてヴェンラ、君のことを守ってやる。

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