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「レオ様 お食事はいかがいたしましょうか」
既に陽が落ちている。ベンヤミンが帰ってから数時間は経っているだろう。いい時間になっているはずだ。
『今日はいい 遅くまでご苦労だったな エディも上がってくれ』
「かしこまりました お部屋までご一緒いたします」
『うん』
ゲイル達三人の護衛、そしてエディと共に私室に戻る。部屋の中ではロニーが待っていた。
今は酒が飲みたかった。けれどロニーは茶はつき合えど、私の前では酒を口にしない。一人で飲む気にもなれず、いつものようにロニーが茶を淹れる様子をぼんやり眺めていた。
後で飲むか。
ふと机の上を見回した。今日は昼間にも一度ここに戻って来ている。
その時と何かが違う気がする。今度は一つずつ確認していった。それほど多く置いてはいないだけに、些細な変化にも違和感を感じたのだ。
気になって、次は引き出しを開けた。
重要なものは鍵付きの段に入れてある。鍵のないいくつかの引き出しを開けてみたが、そこには開けた形跡はなかった。
気のせいだろうか。
今日届いた手紙の入った箱の中、フレッドからの手紙が一番上に乗っている。
一番上に置いたのは直轄地からの定期連絡だったはずだ。帰ったら先に開けるつもりだったからな。
ロニーは決して触らない。そしてロニーがしないことは他の従者もするはずがないのだ。
侍女だろうか。うっかり落としてしまって片付け直した、ということは充分考えられる。
過敏になっているだけかもしれないな。深く考えるのはよそう。
その時、例えようのない不快感に襲われた。
説明を求められても答えることのできないこの不愉快な感覚、決して懐かしくはない過去の記憶が蘇る。
ロニーが温かい茶を運んできた。何も言わなければロニーはこの後自室へと戻るだろう。
『少し待っていてもらえるか』
「承知致しました」
数分経っても動きはなかった。ロニーがいるからか?
適当な手紙を手に取り、封を切った。手を滑らせナイフを床に落とす。
ガチャンと言う音に、ロニーが鋭く振り返った。
『ナイフを落としただけだ』
立ち上がる時に横に蹴り、白々しく『おっと』などと呟きながら数歩進んでそれを拾い上げた。
拾う隙に、寝室へと繋がる扉を盗み見る。扉の向こうの寝室は何年も入ってすらいない、一度も使われていない場所だ。薄く開いたその扉からひんやりとした風が流れてくる。
私が立ち入らないからと言って、何年も放置されているわけではない。ある日突然私がその扉を開けてもいいように、毎日掃除をしているだろう。換気のために窓を開けることだってあるさ。今日のように晴れやかだった日には特に。
けれど、一度たりとも閉め忘れていたことはなかった。それは窓も扉も。少なくとも私がこの部屋で生活をしている間は。
引き出しの中からペンとインク瓶、そして紙を取り出す。
二枚の紙にそれぞれ走り書きをしてロニーを呼んだ。
『明日の会議の件だ 目を通してくれるか』
一枚目の紙をロニーに向けて置く。
~寝室に誰かいる 話を合わせてくれ~
「なかなか厄介な案件の用でございますね」
『そうだな だが長引くことはないだろう』
もう一枚の紙をロニーに向ける。それは扉の外にいる騎士に向けた指示だ。賊の存在を知らせると共に、次に扉が開いた時、中に入り気配を消して浴室で待機するよう書いてある。浴室は扉から近いところにあって、この場所からよく見える。
『アルヴァリック卿宛で 至急届けるよう外の騎士に頼んでくれ』
存在しないアルヴァリックという家名、とんだ茶番だ。
「はい 依頼して参ります」
紙を受け取ったロニーは、最初に浴室の扉を広く開けてから廊下へと続く扉を開けた。
数秒とかからずロニーが戻って来る。
「すぐ届けるとのことでございます」
『うん』
さて。焦らす必要はない。
ロニーと視線を合わせる。ロニーは小さく頷き準備ができていることを伝えた。では始めるか。
『遅くまでご苦労だった ロニー』
「失礼させていただきます おやすみなさいませ レオ様」
『おやすみ』
ロニーが扉を開けると、白い騎士服の騎士が三人と紺色の騎士服の騎士が三人、剣を抜いて音もなく入ってきた。ゲイルにジェフリーにアレクシー、まだ残っていたのか。
皆一度部屋を見回してから浴室へと消えていく。最後にロニーが扉を閉めて、彼も浴室へと入っていった。
手紙を一通ずつ開けては読む。たいして頭にも入ってこない。もう一度読み返さなくては返事も書けないだろう。
時間だけが過ぎていく。だがねっとりとした気配は確実に私を捉えていた。
手紙を読むのをやめて、箱ごと引き出しの中へ放り込む。机に立てかけてある剣に手をかけ立ち上がった。
主導権を握られるのは嫌いなんだ。こちらから仕掛けてやるよ。
私は寝室に向かって言い放った。
《野郎と寝る趣味はねーんだよ さっさと出てこいペットリィ》
次話からspin-offを9話挟みます




