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長い間思惑っていたように感じるが、実際にはほんの僅かの時間だったらしい。
そっと身体を離した母上と、うんうんと何度も頷いている父上に頭を下げる。
二人が立ち上がり一歩下がると、控えていた医師が静かに進み出て診察を行った。
「もう心配はないかと 。全て正常にございます」
それでも念の為今日一日は大事を取り休むように、と言われたが、悠長に休んでなどいられない。確認すべきこと、聞きたいこと、知りたいことが山積みだ。
ここはなんとしてもベッドから抜け出す許可をもぎ取らなくては。
『朝から大変見苦しい行為 お許しください父上、母上。私はもう大丈夫ですので普段通りに授業を受けさせてください』
「そうか・・・
ではまず食事にしようか。安心したら急に腹が減っていたことに気がついてな」
私の作り出した非常事態のせいで、今朝は食事どころではなかったのだろう。
申し訳なさから再び俯いてしまう。
「さあ !身支度を整えてからいらっしゃい。今日のランチは私の部屋のテラスでいただきましょう」
優しく微笑む母上から昼食のお誘いをいただく。
「美味しいスープをいただきながらゆっくりお話ししてちょうだい」
「そうだな、では先に行って待つとしよう。レオ急がなくてよい」
もう昼だったのか・・・多忙なためにしっかりとスケジュール管理された生活を送るのが王というものだ。
普段朝食を抜くなどと言うことは絶対にない。
父上母上、それに厨房の皆にも悪いことをしてしまった。
でもちょっとだけ言い訳させてもらえるなら、私だって被害者なのだ。
女子高生だった人間が、ある朝突然少年になっていたとしたら・・・いえ女子高生じゃなくたって、突然王子様になってしまったところを想像してみてほしい。誰でも混乱する!絶対に!
父上と母上が退出すると、残ったのはオリヴィアとイーダ、私の身の回り全てを取り仕切ってくれている侍女たちだ。
オリヴィアが用意してくれたお湯で顔を洗っている間に、イーダは着替えの準備を済ませてくれている。
「本日はこちらでよろしいでしょうか?」
イーダが選んだのはクリーム色のシャツに焦げ茶色のウエストコート、モスグリーンのパンツ。パンツは七分ほどの短い丈で、足元には焦げ茶色のブーツが用意されている。
『うん、いつもありがとう』
イーダはとてもセンスがよい。彼女に任せておけばいつでも完璧な王子スタイルが約束されるのである。
シャツに袖を通すと、イーダがボタンを留め、襟元を結び整えてくれる。パンツを履き、ベルトを締めてブーツを履く。それからウエストコートを羽織る。焦げ茶の生地に同色で細かな刺繍がびっしりと施されているこのウエストコートは私のお気に入りのようだ。
「ご気分は悪くございませんか?」
着替えの手伝いを終えたイーダが、尚も不安げな視線で私の前に膝をつき視線を合わせる。立ったままでいいのに。
『うん大丈夫。イーダにも心配をかけたね』
初めて会ったというのに、ずっと前から側にいたような不思議な感覚を隠しつつ、彼女の両腕に手を添えて立ち上がるよう促した。なんだか酷く驚いたようだけど、いきなり触れるのは失礼だったかな。
「いえとんでもございません 。殿下に大事がなくて本当によかったです」
立ち上がったイーダはペコリと頭を下げてから後ろに下がった。
「では殿下 こちらにお掛けいただけますか?」
今度は鏡の前でオリヴィアが髪を整えてくれる。
椅子に座り髪を梳いてもらいながら自分のこと、この世界のことを今一度思い返す。
名前はレオ=ステファンマルク 九歳
7月28日生まれのしし座 家族は父と母 兄弟はいない
今この世界は2月
ステファンマルク国は緯度が高く、今は厳しい冬真っ只中だ。
そしてこの国では学園に通うのは15歳の秋から。その歳になるまでに基礎となる勉強は一通り学んでおくことが必須とされている。そのことからも解るように学園で学ぶものの大多数は貴族だ。
いきなり高校生から始めるようなものだものね、何故基礎を教える学校がないのか・・・その理由はわからない。
今朝は鍛え上げられた軍人のような動きを見せたらしい王宮のものたち・・・だけどこの国は現在平和そのものだ。歴史を振り返ったとして数百年遡っても戦争の記録は一切見当たらない。
これはそういう設定にしてくれた乙女ゲームに感謝かな。
乙女ゲーム。
自分の名前と顔を見る限り、ここが乙女ゲームの世界であることは間違いないと思う。目が覚めて最初に父上の顔を見たときは、父上がレオだと思った。それくらい私たちはよく似ている。今の私が9歳とまだ子供だからそう勘違いしたのも仕方がないだろう。
それにしても何故私がこの世界に来てしまったのだろう。せっかく前世の記憶があり、ここがゲームの世界だと解っても、そのゲームを知らないのでは意味がない。せめてあのオンラインゲームへの転生だったなら、剣を振るい弓を射って冒険できたのに。




