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中に入るなり、一列に並んでいた騎士が一斉に頭を下げた。
黒い騎士服が五人、そして白い騎士服が三人。
騎士団で黒い騎士服を着用しているのは幹部のみ、つまり副団長以上だ。第一と第二の団長並びに副団長、そしてそれを総括するダールイベック公爵までもが騎士服に身を包み、頭を下げ続けている。
『顔を上げてくれないか』
ここにいる誰よりも事件への責任を感じている以上、頭を下げられ続けることは居たたまれなかった。
『席についてくれ 話ができない』
騎士は左右に分かれて席についた。公爵が口を開く前に先制だ。
『謝罪合戦は後にしよう 先に報告が聞きたい』
ぐっと何かを飲み込んだ公爵が頷き、担当に説明を促す。
「承知致しました 尋問を行った第一騎士団より説明をさせます」
ヴィルホが続きを受け取る。
「初めに 襲撃者四十八名全員がパルード人との確認が取れました」
『生きているか?』
殺してはいないはずだ。だがあの時私は激高していた。一人も殺してはいないと断言する自信はない。
「はい 全員命に別状はございません 最小限の処置を受けさせた後 投獄しております」
『わかった』
私の拉致が目的だったことは早い段階で吐いたそうだ。スイーリについては、あいつらが話していた通り指示がなく、その場にいれば好きにして構わないと言われていたと異口同音白状したらしい。
くそ、腹が立つ。汚い黒い歯を見せながら笑う顔を思い出して、知らず知らず拳を握り締めていた。
「二件の馬車の事故についても彼らの犯行と確認が取れました」
一件は車輪への細工、もう一件は馬に薬物を飲ませたことを認めたと言う。
「しかし依頼者については口が堅く 一切情報が掴めておりません」
『そうか』
沈黙が流れる。
肝心な部分が全く明らかになっていないのだから、空気が重くなるのも当然だった。
『私が聞く』
一斉に八人の視線がこちらに向いた。
『心配しなくても殺しはしない 用が済んだらパルードに返さなくてはならないしな』
「その心配ではございません」
公爵が痛々しい眼差しで私を見る。この視線は騎士と言うよりも父、父親が子に向けるそれのようだ。
『私には責任がある 聞き出せるかはわからないが明日の朝牢舎へ行く』
「承知致しました ご一緒させていただきます」
その場にいる全ての騎士が同行の意思を告げた。
『最後になったが』
一度言葉を切って、背を伸ばした。それから立ち上がり先程彼らがしたのと同じように頭を下げた。
『今回の騒動の責任は全て私一人にある ハルヴァリー卿 コンティオーラ卿 ダールイベック卿済まなかった』
彼らは次々立ち上がって、頭を上げろと慌てふためく。
『騎士団からの謝罪は受け付けない 今言った通り未熟な判断を下した私が招いた結果だ
ダールイベック将軍 私の護衛騎士への懲罰はなしで頼む』
これだけは譲れない。首を縦に振るまで粘るつもりだ。
ふっと目尻の力が抜けた公爵が騎士らに座るよう促す。皆が再び座り直したのを見て、私も席につく。
「今回は難しい判断でございました 同時に発生した事故により人手が足りず 八番街は大変な混乱状態だったと聞いております 殿下が護衛騎士をお貸し下さらなければ 収束にはより時間がかかったことでしょう」
「あらゆる事態を想定しなければならないのは騎士も同様でございます 全ての騎士に慢心 気のゆるみがあったことも事実かと 改めて騎士団全体を指導して参ると言うことでお許しをいただけるでしょうか」
騎士を引き合いに話を上手くまとめた公爵に、私はただ感謝するばかりだ。
『感謝する ハルヴァリー卿 コンティオーラ卿そしてダールイベック卿 今後も私の護衛を頼む』
彼らの瞳に英気が戻って来たようで安心した。今日のことを少しの負い目にも感じてほしくない。
ぎこちなさは残るものの、報告会はこれで終了だ。
パルード人の送還については、後日陛下が検討の場を設けるだろう。
退出するべく立ち上がろうとした時、がらりと表情を変えた公爵がにこやかに話し始めた。
「殿下 今のこの結果ありきでお話しをさせていただきます
不謹慎ではございますが お見事でございました 全てのものが戦闘不能となる傷を負っておりましたよ」
突然の、それも予想だにしなかった誉め言葉に私は、咄嗟に反応することすらできずにいた。
『そう か』
公爵は笑顔で続ける。
「ええ たとえ指や腕が一・二本少なくなったところで 命さえあれば充分償いはできますから」
軽く言ってのけてるけれど、笑顔を浮かべて言うところがえげつないな。
『・・・良い指導者についたおかげだろう』
謝罪の次は褒め合いか。少し居心地が悪く感じてやはりその場を切り上げることにした。
『では明朝牢舎で』
が、翌朝私は牢舎に行かなかったんだ。




