表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
398/445

[398]

全く散々な日だ。予定を台無しにされた私達は、そのまま鳶尾宮に戻った。

馬車から降りてきた私とスイーリを見た途端、侍女達はつんざくような悲鳴を上げるし、ロニーですらも目を剥いて絶句していた。


『落ち着いてくれ 私達は怪我を負っていない 無傷だ まず風呂の用意を頼む』


その言葉に我に返った侍女や従者が一斉に動き出す。


彼らの後から階段を上って、スイーリを部屋まで送った。叙任式の時以降彼女専用にしている客室だ。

『スイーリ ゆっくり身体を休めて 今日はもうここで過ごそう サロンで待ってる』

「お気遣いありがとうございます 汚れを落とさせていただきますね

レオ様 本当にお怪我はありませんでしたか?」


ぺたぺたと私の腕や肩を触って確認している。外では遠慮していたのだろう。その心配そうな表情すらも愛おしく、思わず抱きしめたくなる。

が、こんな汚れたままではだめだ。スイーリも早く清潔なドレスに着替えさせてやらないと。


『大丈夫だよスイーリ 安心して風呂に入っておいで』

ようやく納得したスイーリを侍女に託して、私も一度私室に向かった。



「レオ様一体ー」

アレクシーの口元が腫れている以外は、身綺麗な三人の護衛と、凄まじい出で立ちの私を交互に見てロニーは困惑の声を漏らす。


『あー』

一から説明するのも面倒くさい。事故の下りはゲイルが後で付け足してくれるだろう。



『掃除をしてきた』



余程大勢で支度したようで、私室に戻った時には風呂の準備が済んでいた。

『汚れを落としてくる』


「御用がございましたらお声がけください お着替えを用意して参ります」

『うん』


汚れた上着を床に脱ぎ捨て、カフスに手をやる。それだけは丁寧に外して台の上に置いた。

既に乾いてどす黒く変色した血が至る箇所についている。無意識に触った髪の毛も、束になって固まっているところがあった。




汚れと汗を落として湯船に身体を沈める。

風呂の心地よさと、時間が経ったことで冷静になりつつはあった。


いくつも疑問が残る事件だ。今頃第一がやつらを取り調べているだろうから、そのうち報告は来るだろう。


ろくな腕もない素人の集団だったことはただの幸運だ。一人二人、剣術を学んでいたものが混ざっていたとしたら、今回のような結果ではなかったかもしれない。


全て私の判断ミスだ。護衛騎士は皆正しい行動を取ろうとした。それを阻止したのは私だ。

安全に慣れ切って有事の際の判断が未熟すぎなんだ。


自分の身を守ること。これを優先できないようではいつまで経っても半人前だ。

自業自得とはいえ、また陛下にこっぴどく叱られるのだろうなと、少し憂鬱になる。



ザブンと頭まで湯に浸かってから、両手で顔を拭いた。

ここで考えていても始まらない。


手早く洗って風呂を出た。



~~~

「レオ様 お待たせいたしました」


身支度の終わったスイーリがサロンに姿を見せるまで、一時間も待たなかったように思う。

すぐさま立ち上がり扉の前にいるスイーリを出迎える。差し出した手に手を重ね、スイーリと窓の側の長椅子に向かった。


『スイーリ 今日はごめん 全て私の責任だ すまなかった』


スイーリを恐ろしい目に遭わせてしまった。どれだけ悔やんでも悔やみきれない。私が()()を作らずにいれば防げたことなのだ。


慌てたスイーリが両手で私の腕を掴む。

「駄目ですレオ様 頭をお上げ下さい なぜレオ様が謝るのです」


風呂の中で一人反省していたあれこれを話した。

『油断が招いたことだ ゲイル達の職務を奪い 自ら危険を招いた 一歩間違えば今私達はここにいなかったんだよ 心から反省してる』


「それならばお止めしなかった私も同じですね それに私はアレクシー兄様も救援に駆け付ければよいのにとさえ思っておりました 八番街で暴漢に遭うなど誰が予想できたでしょう」


スイーリにここまで言わせてはいけなかった。


『考えを改めるよ もう決してスイーリを危険に晒しはしない』

「はい 私も深く心に留めます 二度とレオ様を盾に守られるようなことは致しません」


どちらからともなく、ふっと緊張が切れたような笑みがこぼれた。


『スイーリ 食欲はあるか? ヤニスカフェに行けなかった代わりにブルーノの菓子はどうかな』

「はい いただきます 安心したらお腹が空いてしまいました」



スイーリが好きないちごのタルトや、いくつもの焼き菓子、サンドイッチにゼリー。呆れるほどの量が並べられていく。


甘い香りがする紅茶が注がれて、二人だけの茶会の始まりだ。



『これを食べたら送るよ 無事な姿を早く見せた方がいい』

これほどの大事件だったのだ。噂は光の速さで広まっているだろう。ダールイベックでもスイーリを案じているに違いない。


「わかりました ありがとうございます けれど」


「ゆっくりいただきますね」

満面の笑みで言われては返す言葉もない。


『うん』



その後は、スイーリの剣術の話になった。いつから気がついてたのか、なぜ言ってくれなかったのかと責め立てられた。それはもう可愛らしく。


『言った通り 初めて手に触れた時に気がついたんだよ しっかりと鍛錬しているものの手だった』

ダールイベックの令嬢なのだから、それも当たり前なのだろうと思ったんだよ。


スイーリは急に恥ずかしそうに両手をモジモジとさせ始めた。

「今も そうお感じですか?」


『いや

 辞めたんだね』


そうなんだ。いつ頃からだろう、スイーリの掌が変わってきたことに気がついたのは。アレクシーが寮に入って鍛錬相手がいなくなったからか、とも考えたな。



「学園に入ってからは辞めました」

『そうだったんだね』


学園生は多忙だ。その上スイーリは家庭教師についてメルトルッカ語も学び、刺繍のためにも相当な時間を割いていたはずだ。鍛錬に回す時間など取れるわけがないよな。


「ごめんなさい 隠していたわけではなかったんです」


『謝ることではないよ むしろ嬉しいよ けれどアレクシーの名誉のためにも この話はここだけにしておく』

アレクシーは自分のことをよく"ダールイベックの三番手"と言っていた。最初は公爵、ヴィルホに次ぐ三番の意味だと思っていたんだ。でもそれでは悔しがるはずがないんだよな。体格も経験も二人には大きく及ばなかった時期だ。それでもしや、と思ったんだよ。




『スイーリ 明日は一日休め そして次の日元気な顔を見せてくれるか?』

「よろしいのですか?私は平気ですよ」

今日のことだけじゃない。スイーリ、きっと自分で感じている以上に身体は疲れているはずだよ。今無理をする必要はない。倒れてしまってからでは遅いんだ。


『連絡はしておくから気にせず休んでくれ 友人と会うなり自分のために一日使ってくれないか』

「はい ありがとうございます それでは明日は邸で過ごしますね お友達へのお手紙も書きたいと思っていたんです」

『うん』



スイーリを邸まで送り、鳶尾に戻った。物々しくハルヴァリー分隊全員が護衛についたこともあってか、道中に危険はなかった。


馬車を降りた先には、意外な男が待っていた。

「おかえりレオ スイーリは無事帰ったみたいだな」


ベンヤミンだ。私が休暇を取った午後も通常の執務をこなしていたベンヤミンは、今が帰りの時間ということらしい。


『聞いたか  騒がせて悪かったな』

「無事でよかったよ 顔見て安心した じゃーまた明日な」


『ああ また明日』

私が戻るのを待っていたんだな。先に声をかけていけばよかった。今日は何につけても気が回っていない。



ベンヤミンを見送るのを待ってロニーが近づく。

「お帰りなさいませ 騎士団の方がお待ちでございます」


『わかった すぐ行く』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ