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「あの・・・申し訳ありません ダールイベック様」

後ろで閉じられたばかりの扉が開き、店主から呼び止められた。


「はい どうか致しましたか?」

「あ!婚約者様ではなく・・・その」


「私か?」

アレクシーが一歩前へ進み出る。

「はい・・・そのお伝えし忘れたことがございまして・・・」

「どうした?」


「申し訳ございませんがここでは・・・その・・・」

「任務中だ 後日改めて伺う」



「それが・・・急を要する内容でございまして・・・」



苛立ちをかみ殺したようなアレクシーが、辛抱強く返事を返す。


「私は護衛のためにここにいる 私を呼び立てると言うことは お二人の時間を頂戴しなければならないということだ それを求めるだけの理由があるということか」


「火急の・・・火急の要件なのでございます

 ダールイベック様に一刻も早くお伝えしなければ・・・」




埒が明かない。店主は店先で終わらせる気がないらしい。しかも懇願するようにアレクシーに視線を固定している。

『ダールイベック卿 ここで待っているから聞いてやってくれないか』

「しかし」

今この場に残っている護衛はアレクシー一人だ。自分が離れるわけにはいかないと思っていることはわかる。


『余程重要な話に違いない 私達は移動せずにいるから心配しなくていい』

それでもアレクシーは躊躇っている。友人としてのアレクシーならば即座に突っぱねているだろう。


『ここは八番街だ 今はこうして人ひとり歩いてもいない』

言外に何の心配もないから早く済ませて戻れ、との意味を含ませる。


「私もレオ様のお側を離れずお待ちしておりますから」

スイーリも口添えをしてくれた。こうして言い合ってる時間があれば、店主の話を済ませる方が早いだろう。


「承知しました すぐに済ませて参ります」

アレクシーは再び店の中へと戻った。扉が閉まる直前にはぁーと大きなため息をついたのが聞こえた。



それにしても妙だった。先程まであのような歯切れの悪い話し方をしてはいなかったのに。

「お困りの様子でしたね 急にどうなさったのかしら」

スイーリも店主への不審を口にする。

『私達には聞かせたくない内容なのかもしれないな

 耳に入れる必要があれば 後からアレクシーが話してくれるだろう』

「そうですね」



ゲイル達もまだ戻ってこない。大きな事故が同時に起こったため、街を巡回する第一の騎士一人すら見かけない。

いや騎士はおろか、つい先程までは大勢が騒ぎ立てていたというのに、一人の通行人すらいなかった。騎士らが見事に誘導したのだろう。騒ぎが最小限に収まってよかった。野次馬が沸いては救助の妨げになるからな。



なのにどうしてか視線を感じる。誰だ?どこで見ている?上手く言えないがどこか不快な視線だ。


アレクシーと店の中に入ればよかったな。私達に聞かれたくないのなら二階に上がって待っていればよかったじゃないか。



『スイーリ視線を感じないか?』

「はい 私も少し前から気になっていました」


二人が感じているならば間違いない。誰かがどこかで私達を見ている。それも決して好意的とは言えない視線で。


『何かおかしい アレクシーの話が終わるまで中で待とうか』

「そうですね」



話が聞こえていたらしく、辺りをキョロキョロ見回していたドアマンが、店の扉を開けようとしたが中から鍵がかけられていた。

「裏口から確認して参ります」

慌てたドアマンが駆け出していく。


何が起きている?アレクシーが閉めたのか?それとも店主が?

中を覗こうにもカーテンが閉められていて、様子をうかがうことは出来なかった。あれ?さっきから閉まっていたか?そんなわけはないよな。



落ち着け。店の中に客は何人残っていた?確かカップルが一組、入り口付近にも二人。その二人はどちらも男だった。男が連れ立って宝飾店に・・・まああり得なくもないけれど。



入り口の二人はまさか強盗か?

店主の挙動が怪しかったのは脅されていたからなのか?何のためにアレクシーを呼んだ?強盗の指示か?いや強盗がアレクシーを名指しで呼びつけることはないはずだ。

違う、そもそも強盗とは限らない。憶測で話を繋げようとするな。



ドアマンはまだ戻らない。この辺りは建物が隙間なく並んでいて、裏に回ると言っても何軒も向こうまで行かなければならないからな。戻ってくるまでまだかかるだろう。



と、急な気配を感じて振り返る。

どこに隠れていたのか、焦点を私達に定めた破落戸がゆっくりと近づいてくるところだった。

何人いるんだ?四十、いや五十は超えるか?この見通しの良い通りで隠れてることは不可能ー近くの店にでも潜んでいたのか。ここは八番街でも特に高級店が立ち並ぶ一角だぞ。



スイーリの肩が強張っているのがわかる。

今は一人の護衛もいない。二人は事故の現場へ応援に行き、残る一人はこの扉の向こうだ。

そうかー店内の二人組はこいつらの仲間か。私達から護衛を引き離すのが目的だったな。


まて。もしや馬車の事故も・・・



ちらと後ろを確認し、人気(ひとけ)がないことを認めるとスイーリを背中に隠した。

『スイーリ 大丈夫だ』

「いけませんレオ様 レオ様に何かあっては」



「ドーモ コンニチハ」

先頭の男がだらしなくにやついた顔で声をかけてきた。後ろのやつらがどっと笑いだす。

〈にーちゃん顔貸してくんないか〉

〈そーそー黙ってついてくりゃー済むからよ〉


外国人か。一言めの言葉も訛っていた。この言葉は―


『スイーリ 貴女のことは私が守る

 と言い切りたいがこの人数だ お守り替わりにこれを渡す』

腰に差したもう一本の少し短い剣を鞘ごと差し出す。


『これは十年以上常に私が持ち歩いてきた剣だ スイーリなら難なく使いこなせるだろう 違うかい?』

「ーなぜ?!」


貴女が剣を扱えることをなぜ知っているのかという驚きか?理由は簡単だよスイーリ。


『初めて手に触れた八歳の時 スイーリの手には既に堅い剣だこがあった』


だからいつだって、それがたとえ暗闇の中だったとしても貴女の手だけはすぐにわかるんだよ。


『あの頃アレクシーがよく言っていたダールイベックの二番手と言う言葉

それはスイーリ 貴女のことだったのではないか?』

一度じっと私の瞳を覗いたスイーリは、視線を下げてそっと囁いた。


「ー随分と前のことです」

『そうか』


〈おいおい仲良く剣を取り出したぜ〉

〈野郎は剣を握ったことすらねえんだろ?〉

〈女なんて抱えたまま震えてるじゃねーか〉


〈まー剣を持ったところで こちらがやることに変わりはない いいか男には絶対傷つけるなよ

 かすりでもしたら報酬はパー それどころかこっちの首が刎ねられかねん〉

〈おー怖い怖い〉


〈女の方はいいんだろ?〉

〈女に用はねーからな 好きにしていいだろう 男だけは無傷で生け捕りだ〉



『どういうことだ?』

「レオ様 この言葉はもしかして」


素晴らしいなスイーリ。こんな酷い訛りのある口調でも聞き取れたか。けれどわからないままでいてほしかったよ。こんな言葉スイーリの耳に聞かせる価値もない。



『ああ 私達には言葉がわからないと思いこんでいる ご丁寧な説明までしてくれたな』


私に半分流れる血がどこのものかすら聞いていないのか。

随分と爪の甘い依頼者と、お粗末な請負人だ。この国の人間ならば、私がパルードの血を引いていることなど誰でも知っていることだろう。



『こいつらは王妃殿下の母国の人間らしい』

おかげでペラペラと手の内を明かしてくれて助かった。


『スイーリ 私が良いと言うまで下を向いていてくれないか』

「わかりました」


スイーリを俯かせて、一度向かいの建物を見上げてから破落戸に話しかける。

『おい 向かいの屋根で矢をつがえているものもお前達の仲間か』


『どうなんだ!』


〈何言ってるんだ?わかるやついるか?〉

〈命乞いだろうよ〉

〈そんなのいいからよ さっさとやろうぜ 女は俺がいく あの怯えた目がたまらねえ〉

下卑た笑い声が上がる。


『よし もういいぞスイーリ こいつらはこの国の言葉を知らない』

「レオ様射手は?」

『大丈夫 カマをかけただけだ そして』


スイーリを腕の中に抱き寄せる。

『気が変わった 貴女のことは命に代えても守ってみせる』

「レオ様?!」

『絶対に私から離れるな 直に護衛が戻って来る それまで躱しきればいいだけだ 心配ないよ』


ふざけるのも大概にしろよ。お前らごとき、スイーリの髪の毛一本すら触れられるはずがないだろう。



人に刃を向けることが初めてな上に、今私は非常に気が立っている。うっかり殺してしまわないといいがな。なにせ初めてのことだ。経験がない以上失敗はつきものだ。気を付けてかかってこい、私に殺させるなよ。



〈そらにーちゃん 危ないからそれ寄こしな〉

斬りかかってきた相手をいなして剣を持つ手を深く斬り上げる。そして振り下ろしざまに切先で両脚を薙いだ。大きく三日月のように裂けた服の下から赤いものが覗く。


なんだ?まるで丸太だ。剣を扱えぬと信じて気を緩めすぎていたか?

無傷で生け捕ると言う割には抜き身で飛びかかってはきたけれど。


〈ぐはぁーっ!!!〉

〈何やってんだ 素人相手とはいえ油断しすぎだぞ〉


たまたま今のは噛ませ犬だったのかもしれない。大げさにやられて転げ回る役割のやつだ。そうだお前の言う通り油断は禁物だ。

〈ほら大人しくしろよ まぐれ当たりはそう続くもんじゃないぜ〉


『遅い』

〈ギャーーーッ!〉

二人目、三人目も腕や脚を押さえて派手に転がっていく。邪魔だ、足元でゴロゴロと転がるな。


〈ちょっと待て こいつ本当に素人か?剣を握ったことないんじゃなかったのかよ〉

『素人さ 騎士にはなれなかったんでね』


これだけの人数がいるのだ。手練れが混ざっていることも充分に考えられる。ずっとこの調子でいくとは限らない。

襲ってくる賊を待っているだけでは不利だ。動揺している隙に減らせるだけ減らしてやる。





〈はぁ・・・はぁ・・・〉


舐められたものだな。お前達の方こそただの素人ではないか。学園の一年生すらお前らより腕が立つ。これで無傷で生け捕りされる人間がいるとすれば、生まれたての赤子だ。


『何故お前の息が上がっているんだ 大勢を相手にしていたのは私の方だぞ』

〈くそ・・・人違いか?襲う相手を間違えたのか?〉



《間違えちゃいねーよ お前らが誘拐したかったのはこの国の王太子だろう?》

〈な・・・何故パルード語を〉

《次に依頼を受けるときは念入りに下調べをすることだ》


『次はないが な!』

柄で勢いよく後頭部を殴りつける。どさりと音を立てて最後の一人が沈んだ。



『スイーリ怪我はないかー すまない!ドレスがめちゃくちゃだ』

「私は平気です レオ様に守っていただきましたから レオ様お怪我は?」

『ないよ 口ほどにもない破落戸だった』


スイーリの美しい空色のドレスにいくつもの赤いしみが飛び散っている。それを見てまた腹が立ってきた。足元で呻いている男の脛を蹴り飛ばすと、ハンカチを取り出してスイーリの手の甲についていた汚れを、そっと拭き取った。


「ありがとうございます レオ様も」

スイーリが手を伸ばして私の頬にハンカチを当てた。顔にまで飛び散っていたのか。

『ありがとう 怖かっただろう』


お互いの手や顔を拭き合っているところに、遠くから叫ぶ声が聞こえてきた。




「殿下!ダールイベック様!」

ゲイルとジェフリーを先頭に、第一騎士団の騎士数名も血相を変えて走ってくる。

皆卒倒しそうなほど悲壮な表情を浮かべているじゃないか。

『心配するな 二人とも怪我は負っていない こいつらの処理から始めてくれ 言葉は通じない 恐らく皆パルード人だ それと宝飾店の中にダールイベック卿がいる 監禁されている恐れが高い』

「後は我々にお任せください」

「殿下とダールイベック様はこちらへ」


馬車が近づいてくるのが見える。事故が解決してようやく通れるようになったのだろう。



『いや ダールイベック卿が心配だ 私達もここで待つ いいねスイーリ』

「はい ここで待たせていただけませんか?」

「かしこまりました 護衛を残します」「私が残ります」

ゲイルが指示を飛ばしていく。ジェフリーが「お使い下さい」とハンカチを手渡した。



そこへ大勢の騎士を引き連れたヴィルホが到着した。

「殿下!スイーリ お怪我を!!」

『心配ない 私達は無傷だ』

改めて自分の姿を見下ろすと、皆が取り乱すのも納得だ。今日に限ってはベージュの上着など着てくるべきではなかった。


ヴィルホは辺りにまだ転がる破落戸に一瞥をくれると、分隊長に「早く捕縛しろ」とだけ告げた。

「副団長 中にまだ人質を取られているようです 王太子殿下護衛騎士のー」

「先に言わんか!」


言うが早いか鍵を破壊し扉を蹴破って突入した。騎士も同時になだれ込む。破落戸に囲まれた瞬間よりも驚いた。あの頑丈な扉を・・・



「馬鹿者ー!」

ゴンと鈍い音が響いた。


数分後縛られ引き摺り出されてきたのは四人の男だった。うち一人はドレスを着ている。鬘を剥ぎ取られた頭と赤く塗られた唇が異様に映る。

『あれも男だったのか』


そして口元を拭いながらアレクシーが姿を現した。

『アレクシー!無事だったー殴られたのか!』

「兄様!酷く腫れています」


「はい 強烈な一撃でした」

『大丈夫か 今日はもう邸へ戻って休むといい』


「心配はご無用です殿下」

ヴィルホが現れゲイルとアレクシーを呼ぶ。

「護衛騎士は職務に戻れ 私はこの場を処理する」

「かしこまりました」「かしこまりました」



スイーリの手を取り、三人の護衛と共に馬車へと向かう。

『とりあえず帰ろう』


馬車に乗り込む前に、もう一度向かいの建物を見上げた。

先程確かに目が合った気がしたその窓に、もう人影はなかった。

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