表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
395/445

[395]

長かった冬が終わり、ステファンマルクに再び春が訪れた。


去年のクリスマスコンサートは、イクセルやアンナも含めた仲間達と聴きに行った。時の流れを感じる。

卒業後、すぐにパルードへ渡るものと思っていたアンナは、今もステファンマルクで暮らしている。パルード側の事情で婚姻は来年以降になるらしいのだが、婚約は交わしたそうだ。


イクセルはベーン領と王都を頻繁に行き来している。加えて楽団にも籍を置いていて、王都に戻った時は、そちらの練習にも参加しているという。



デニスのところには、二月に二人目の子供が産まれた。

デニス待望の娘だ。嫡男のヘリットは五月で二歳になる。デニス本人は、ノシュールの学園で多忙な日々を送っているらしい。



私はと言うと、結婚式を二ヵ月後に控えそれなりに忙しくしている。

とは言っても、スイーリほどではないかな。彼女こそ、この一年目も回るほどだったろう。


長いことデートらしいデートもしていない。

それでも夕食は共に過ごせているんだ。顔を見ることができるだけで今は充分満足している。


そして、食後にはこうして彼女が淹れたコーヒーの時間がある。



「これがジェネット様から届いた蜂蜜ですね!」

『うん』


グリコスに帰ったジェネットは、ステファンマルクで学んだ様々な知識に加えて、自国の特性を研究し、新たな産業のひとつとして養蜂を始めていた。結婚式の招待状の返信と共に送られてきたのがこの蜂蜜だ。


「ステファンマルクで見かける蜂蜜とは随分と色が違いますね」

『そうなんだ?』


そもそも蜂蜜を食べる機会が少ない私は、この国で僅かに作られている蜂蜜について全く知らないということを今知った。


「はい ステファンマルクの蜂蜜はもう少し色が薄いのですよ」


今、私達の目の前に置かれている瓶の中には、琥珀色をした液体が詰まっている。

それをスプーンで掬ったスイーリが、感嘆の声を漏らした。


「とろりとしていてとても美味しそうです 濃厚な感じがしますね」

スイーリは蜂蜜にも詳しいんだな。私には並べられても違いなどわからないと思う。


小さく切られた白いチーズを一片皿に取り、スイーリはそれに蜂蜜を垂らした。

「レオ様どうぞ」

『ありがとう』


そして自分の皿にもチーズを乗せて、同じように蜂蜜をかけている。


(甘いな)

これが蜂蜜の感想として最低のものである自覚はあった。


「コクがありますね でもクセはなくてとても食べやすいです」

『うん 旨いよ』

少々卑怯な気もするが、旨いと言ったことは嘘じゃない。私には蜂蜜に贈る賛辞の語彙が不足しているだけだ。



届いた蜂蜜はダールイベックに送ろう、喜んで食べるものに食べてもらう方が蜂蜜にとっても幸福だ。


「何の花から作られているのかしら レオ様ご存知ですか?」

参った、まだ蜂蜜の話が続いている。


『いや 聞いてないな ジェネットに次会う時に聞いてみようか』

「そうですね 私聞いてみますね」


そうか、花によって作られる蜜も違うのか。

『スイーリ ステファンマルクの蜂蜜は何の花で作られているんだ?』

「ステファンマルクではリンゴの蜂蜜が多いのですよ ほんのりとリンゴの香りがするんです」

『へえー』


不思議なものだな。


「パルード産の蜂蜜にはオレンジの花から採れるものもあります 爽やかな香りがして レオ様にお薦めです」

『果物の花から作られるんだね』


まるで知識のない私に対して、スイーリは丁寧に教えてくれる。

「ハーブや草花からも採れるのですよ ダールイベックでは作られていませんが 蕎麦からも蜂蜜は採れるんですって」

『そうなのか スイーリはよく知ってるな』


マーケットに出店しているガレット店で扱うものを探していた時に調べたのだとスイーリは言った。

スイーリは一つの事柄に対して、常に真剣に向き合う。私が尊敬しているスイーリの一面だ。



愛するスイーリと彼女の淹れた旨いコーヒーを飲み、今夜は新しい知識まで手に入れた。

今日もいい一日だった。


『そろそろ送ろう 今日もコーヒーご馳走様』

「どういたしまして ありがとうございますレオ様」




~~~



私室に戻り、上着を脱いで首元を緩めた。

上着にブラシをかけて戻って来たロニーが、いつものようにハーブティーを用意する。


ポットに湯を注ぎながら、茶葉の説明でもするようにロニーが言った言葉に私は息を飲んだ。

「フロードが来ております 呼んでよろしいですか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ