[393]
「オリアンさん あの ですね 私のことはどうぞダールイベックと呼んでください」
その日何度目かになる"妃殿下"という呼びかけに、とうとうスイーリは火照る頬を押さえて俯いてしまった。それを横目で盗み見てはニヤニヤと喜んでいる私も大概だ。
その後は狼狽えて平謝りするオリアンと、それをオロオロしながら宥めようとするスイーリのやり取りが暫く続いた。たまにはこういう時間もいいものだ。
「殿下 ダールイベック様 貴重なお時間をいただきありがとうございました ダールイベック様に最もふさわしいお色を染め上げます 少しの間お時間を下さいませ」
「はい期待していますね よろしくお願いしますオリアンさん」
オリアンとスイーリの打ち合わせも無事終わったようだ。これに関しては何の心配もしていない。
『オリアン 以前にも王妃殿下からの注文で特別な色を用意したことがあったな』
スイーリがクラウドの結婚式に着用したドレスのことだ。
「はい 大変意欲が掻き立てられる素晴らしい宝石を拝見させていただきました」
そうだったのか、どのように指示したのか気になっていたんだ。直接招いていたんだな。
『うん 素晴らしい出来だった 初めて見た時は私も驚いたくらいだ 仕上がったドレスも申し分なくてね 友人の結婚式に参列する彼女が着たんだよ』
「左様でございましたか ダールイベック様が そのような大切な場で着用いただけ光栄でございます」
「オリアンさんのドレスは何度か着させていただきました どれも素晴らしくて皆さんにも沢山褒めていただけるのですよ」
オリアンは自身の染めた織物に絶対の自信を持っている。それでもこうして実際にそれを身につけたものからの感想は大変嬉しいものらしい。目が垂れて零れ落ちるのではないかと思うほどに喜んでいる。
『そこでオリアンに提案なんだ 年に一 二度特別注文に応じることは可能か?』
「はい?!」
『オーダーで一枚限りの注文を受けるのはどうかと考えているんだ 値段は好きなようにつけていい』
オリアンの工場では、最初の年から変わらず年に二度、二色の新色を発表している。私にはそれがどれほどの苦労で、どの程度の期間がかかるのかはわからない。が、こうして個別の注文に応じることが可能であれば、正式な商売として始めてみるのはどうかと考えていた。
『オリアンもせっかく苦労して新しい色を生み出すのだから 一度きりで終わりというのは納得いかないだろう だから一定期間を設けてその後は市場にも出す という条件をつけるのはどうだろうか
五倍でも十倍でもいいと思う オリアンを独占することはそれだけの価値があるからな』
直轄地に戻る道中にでも、じっくり考えてもらおうと思っていたのだが、オリアンは決断の早い男だった。
「やらせてください!是非お願いします!」
『わかった 詳しいことは時間をかけて決めよう オリアンが無理なく受けられる数で決めてほしい 充分に検討してから返事を送ってくれるか』
オリアンは今すぐにでも始めたそうな顔をしているけれど、ここは一旦帰そう。夢中になりすぎてそれ以外のことを全て疎かにしかねない。工場長の夫人とも充分に話し合ってもらうのがいい。
「かしこまりました 妻とも相談の上お返事を送らせていただきます」
『うん』
話が終わると、オリアンはすぐに立ち上がった。
「殿下 ダールイベック様 ご依頼ありがとうございました 完成まで全力で手掛けさせていただきます」
『宜しく頼む 身体には充分気をつけてくれよ』
「お気をつけてお帰り下さいね 遠いところをありがとうございました」
スイーリとその場でオリアンを見送り、部屋の中には私達二人が残った。
『さて スイーリの次の予定は午後からだったね 少し早いけれど昼食にしようか』
「ご一緒できるのですね 嬉しいです」
留学を終えてからのスイーリは、毎日王宮に通って来ている。
それでもこうして昼の時間に会うことは全くないから、今日は少し得をした気分だ。




