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侍女が手紙を一通運んできた。直接持ち込まれた、つまり本宮や鳶尾にある部署を通していない手紙だ。至急の用件で使いが直接手紙を届けることは、そう珍しいことでもない。
「レオ様 今こちらが届いたようでございます」
ロニーから渡された手紙の差出人を確認する。―ファーグ=オリアン
『オリアンじゃないか 誰が持ってきたんだ?』
急いで封を切り手紙に目を通す。
『すぐ追いかけてくれ これを持ってきたのはオリアン本人だ』
それを聞いてビルとシモン、ミロが飛び出していった。いや一人でよかったんだぞ?捕まえに行くわけではないのだからな?
うん、それにシモンとミロは面識がないよな。頼んだぞビル。
十分もしないうちに四人が戻って来た。
「王太子殿下 ご挨拶申し上げます 突然のご訪問お許しくださいませ」
違うんだオリアン。手紙には面会を希望する旨が書かれていた。指定された日時に再訪するとも。
『追いかけて悪かったな 知らなかったよ 王都に来ていたんだな』
「つい先ほど到着したところでございます 殿下からのお手紙を拝見いたしまして 返事を認める時間も惜しく出発してしまいました」
驚きの行動力だ。
そうだった、オリアンはこういう男だ。以前も完成したばかりの織物を自ら運んできたことがあった。
染色にかける情熱が並大抵ではないのだ。
『そうだったか それにしては随分と早い― そうか 水路で来たんだな?』
「はい 定期船で港へ出まして そこから運河を上って参りました これほどまでに王都が近くなっていたとは驚きました」
そうか、今では直轄地とのやり取りも水路で行われているんだな。こちらからの手紙も以前とは比べられないほど早く届くようになったというわけか。
『うん それで今回はどんな用件だ?』
そこでオリアンは熱心に語り始めた。まず先に婚礼衣装を任されたことへの感謝を滔々と。染色長となる前にも、セルベールで染色師として働いていたオリアンだが、婚礼衣装を手掛けるのは今回が初めてだと言う。何が違うんだろうな、同じ絹織物だと思うのだけれど。
「お色のご指定をいただきましたが 大変僭越ながら可能であれば 妃殿下に一度お目通りさせていただきたく 王都まではせ参じた次第でございます ご本人様のご希望も取り入れさせていただきたいのでございます」
『ああ それはもちろん構わない 彼女も喜ぶだろうからな だがオリアン 頼んだのは白だぞ?』
そこでふと考えた。私が手紙を急ぐあまり書き忘れてしまったのだろうかと。それならばオリアンには済まないことをし・・・いや違うな。たった今オリアンは色の指定を貰ったと言ったじゃないか。
私が愚かだった。無知なのだから専門家には黙って従うべきなのだ。
「殿下 大変恐縮でございますが発言を続けさせてください
白と言うお色は大変難しい色でございます 特に生涯にただ一度袖を通すのが婚礼衣装でございますから失敗は許されません そのためにはお召しになる方の肌のお色が最も輝くものを探し出す必要がございます 温かみのあるもの 冷たい印象を与えるもの 明るいものから沈んだものまで白と一口に申しましても無限に存在しているのでございます その中から最もお似合いになる色を必ず見つけさせていただきます どうかお任せくださいませ」
あ、なんだかオリアンとスイーリはとても気が合う気がしてきた。
『わかった 元から全てオリアンに任せているんだ オリアンが最もふさわしいと思う色で頼む 早速だが今日の夕方スイーリはここに来る その時紹介しよう』
一秒も惜しむほどの勢いでやってきたと言うのに、この提案にオリアンはあまり乗り気ではないようだ。
「大変光栄でございます 必ずご期待に沿える品をご用意いたします
厚かましいことをお聞きして恐縮なのですが 妃殿下は何時頃にお見えになるでしょうか」
『そうだな 本宮の用が済んだらこちらに来るのだが いつもは七時すぎだろうか
ああ オリアンも王都で用があるよな 時間になったら迎えに行かせるから心配しなくていい』
そうじゃなかったんだ。オリアンは染色にかける情熱が生半可なものではないと知っていたじゃないか。
「私の目的は妃殿下にお目通りすることのみでございます がお時間が少々・・・
七時を回りますと陽の色が変わっております」
オリアンが言うには、夕方の光では正しい色を判断できないそうだ。照明下はもってのほからしく、晴れた日の日中自然光の下で会いたい、そういうことらしい。
この情熱に面倒くさいなどと返してはいけない。なにしろスイーリのための衣装なんだ。これほどの拘りを持って挑もうとするこの男に私は感謝こそすれ、適当にあしらうなど決して許されないことだ。
『わかった 今夜彼女に予定を聞いておこう 時間が決まり次第連絡する 手紙に書いてあった宿宛で構わないか?』
ようやくオリアンはこの日初めて安堵の表情を見せた。
「無理な願いをお聞き下さり感謝申し上げます すぐに宿に戻り待機しております」
いや出歩いていて構わないからな。少なくとも今夜私達が会うまで知らせは届かないぞ。
久しぶりの再会で、工場や町の様子、オリアンの新居の話など聞きたいことはあれこれあれど、今日のところは聞けそうもない。まあ近いうちに再会することだし、その時にでも聞くことにしよう。




