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帰国して今日が初めての休暇だ。今日は仲間内の茶会でベーン邸に集まることになっている。レオを迎えに行くつもりでいたが、休暇なのだからスイーリと一緒に来いと断られてしまった。


が、昨日の晩邸に帰るとスイーリはレオと行くって言うじゃないか。なんだよ俺一人かよ。まあいいさ、あいつらなりに気を使っていることもわかってる。



----------

ベーンの邸に来るのは随分と久しぶりだな、遅くなったけど卒業おめでとうイクセル。

「ありがとうアレクシー そしておかえり 皆ももう来ているよ」


二年ぶりの再会だ。イクセル、ヘルミ、ソフィアにアンナ。デニス以外は全員が揃った。デニスも元気にやってるだろうか。まああいつなら心配ないか、もう父親だもんな。



「アレクシー様 メルトルッカではどのようにお過ごしでしたの? レオ様が授業に出ておられるときはお近くにいらしたのですか?」


それがさ、ステファンマルクにいる時とさほど変わらなかったんだよ。いやそれより暇だったくらいだ。学院の中は護衛が不要でさ、朝レオが学院に着いたら、迎えに行くまでは自由なわけ。

ああ騎士が入れないってわけじゃないんだけどさ、メルトルッカの騎士がめちゃくちゃたくさんいるの。


メルトルッカにとってレオは、俺達が想像していたより遥かに大切な国賓だったんだ。初めてステファンマルクが来てくれたって、そりゃー凄まじい歓待ぶりでさ、傷ひとつ負わせてはいけないと、まー過剰だったな。レオは一度も文句言わなかったけど、かなり窮屈だったと思うぜ。


「それほどまでとは・・・アレクシー様が仰るのですからよほどなのでしょうね」


ん?どういう意味だ?


「いえお気になさらずに それではあまり城下にお出かけにもなれなかったのでは?」


そうだな。たまに見て回ることはあったけれど、ここで学生してた頃のように気軽に寄り道ってわけにはいかなかったな。俺達は気にせず好きにしてくれって言ってたんだけどさ。


「スイーリ様はお毒見に気を使われていらっしゃったと仰っておりましたね」

「毒見?そんなことまでアレクシーがやったの?」


いやいやそうじゃなくて。

メルトルッカでは王族に供されるものは全て毒見を通さなければならない。例外なく全てだ。他国の王族であるレオと、婚約者のスイーリにもそれは当てはめられて、飯を食うのも大掛かりなんだよ。明日は帰りにカフェに行くとなれば、毒見が同行する。

あとは言わなくてもわかるだろう?


「そうだね レオなら寄り道をしない選択肢を選ぶね」


「でもとても素晴らしい宮に住まわせていただいておりましたから 宮で過ごす時間もとても楽しかったのですよ」

『ああ それほど我慢してたわけではないさ 第一遊びに行っていたわけではないからな』


いや、俺からしたらよく耐えているなと思ったぜ。あんなに付きっきりだとさ、本当にレオの身を案じているだけか?と疑いたくすらなってきたからな。


『悪く言ってやるな アレクシー達の待遇から見ても ステファンマルクになんの疑惑や悪意も持っていないことは明白だったろう』


それはそうだけど。

ああ俺達さ、王宮内の全ての場所で帯剣が許されていたんだ。国王陛下の前ででもだぜ。

それ言われると、レオの側にわんさかいた騎士達もただの善意だったとしか言えないな。



「長期の休暇の時はどうしてたの?一度くらいは帰国するかなーって思ってたのにさ」


レオが帰るなんて言うと思うか?せっかく来たからには隅々まで見て回りたいってのがレオだろう。

でもさ、最初の夏がかなり酷かったんだ。


六月の半ばすぎたらもう俺達にとっては夏なわけ。七月に入るとそれはもう未知の気温でな、飯もまともに喉を通らないし、しっかり眠っておかなきゃと思うのに、寝苦しくて眠りも浅くなる。

俺だけじゃなくて、先輩も皆辛そうでさ、こんな時に事件でも起きたら俺戦えるのかなって、夜寝付けない時そんなことばっかり考えるようになってさ。


「なのにレオとスイーリだけはやたら元気だったもんな」


そうなんだよ。

レオの規格がいろいろとぶっ壊れていることは知ってるからさ、レオが平気でいることはまだ納得もいったけど、スイーリだよ。なんで俺の妹なのにこんなに違うんだって、実は俺ちょっと落ち込んだ。


「兄さま そんなことで落ち込んだりなさるの?言って下さればよかったのに」


何を言えって言うんだよ。暑いよ助けてくれなんて言えるわけないじゃないか。

「それもそうですね 言われても困ります」



・・・それでさ、ようやく学院が休暇に入って、王家の方々が避暑に向かうことになったんだ。例年はもう少し早く行ってたらしいけど、レオ達を待ってたそうでさ、いやー嬉しかったよ。涼しいところに行けるみたいだったからな。


「うんうんそれで?」


四日、五日だったかな、地獄のような移動を経て、ようやくたどり着いた先は王家専用の避暑地さ、別荘だな。近くに滝があって、別世界だったよ。昼間の暑さはそこそこあるんだけどさ、なんか全然違うんだ。それに日が暮れるとぐっと気温が下がって過ごしやすい。ここぞとばかりに飯も食いまくって体力を取り戻したよ。


「あそこは不思議な場所だったよなー 昼間も暑いはずなんだけど王都とは全然違ってさ」


ああ、なんであの場所を王都にしなかったんだって思ったな。

で、そこで二週間過ごしてさ、俺達もすっかり元気になった頃、残りの休暇はメルトルッカを見て回りたいと避暑地を離れることになったんだ。


だけどその旅はあまりいいものではなかった。同行していたメルトルッカの騎士はやたら派手な騎士服でさ、祭典用だかって言ってたかな、馬車も朱塗りの一番豪華なやつで、とにかく全てが王族御一行って仕様なわけよ。それしか借りられるものがないから借りて向かったんだけどさ、馬車が通ると道端でひれ伏すんだよ。正直言ってめちゃくちゃ驚いた。今の時代にこんなことするなんてさ。


「なんだか 想像していたのと違うね もっと楽しくやってるんだろうなって思ってたよ だってほら 僕達一緒に旅行したじゃない 楽しかったよね あの時」


ああ、最初の旅はあの時とは程遠かったな。結局貴族向けの避暑地で残りの休暇は過ごして終わったんだよ。悪かったなレオ、俺達が事前にもっと情報を仕入れておくべきだった。時間はあったのにさ。


『何度も言っただろう あれはあれで貴重な経験だった 過ぎたことをこれ以上言うな』



うん。

それでさ、次の休暇からはいつものレオ流で行ったんだよ。目立たない馬車を用意してさ、俺達も全員質素な服装にして、メルトルッカの騎士の数も減らせるだけ減らした。


「楽しかったよな 俺は楽しかったぜ 見たいものを見て食いたいものを食うってことが久々できた気がしてさ」


「そうですね 旅行中はお買い物を楽しんだり 立ち寄ったお店で気軽にお茶をいただいたりできましたね」

「毒見の人達はついて行かなかったの?」


いたよ毎回。でも町を歩くときにはレオが同行を許さなかったんだ。レオに言われたら従うしかないもんな。



「ねえねえ こんなこと聞いていいのかわかんないけどさ 聞いちゃうよ 毒見の人が役に立ったことはあったの?」


ないさ。二年の間に一度も危険なことはなかったぜ。

今のメルトルッカは安定している。クーデターからもある程度の時間が流れた。でもまだ世代が変わっていないからな。忌まわしい記憶に囚われている人間が数多く残っているってことだと思うぜ。



本当に毒見が必要だったのは俺達の国の方だった。

きっと今ここにいる全員がそれを強く思い返しているに違いない。俺はその場にはいなかった。だけどあの日のことは決して忘れない。二度とレオのあんな姿見るわけにはいかないからな。

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