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ダールイベックの港に着いた。

本邸に寄ることができなかったのは残念だが、船から眺めたダールイベックの城は、絵とは比べるもなく幻想的だった。夏に見た城ももちろん素晴らしかったが、白と黒の世界は別格だ。

案外こうして遠くから見ることができてよかったのではないかと思えるほどに。


この町ではマルムベルグ卿の邸で二晩過ごすことになっている。マルムベルグ卿はアレクシーとスイーリの叔父で、この地の代官と第一騎士団ダールイベック湾岸警備団長を兼任している人物だ。



「殿下 ようこそお越しくださいました 王太子叙任式でお会いして以来でございますね」

『港に変わりはないか?マルムベルグ卿 二晩世話になるよ』


「運河の開通以来ますます活気づいております 観光に訪れるものも増えまして」

『それは喜ばしいな』

運河の目的は物流の改善だ。プラスの要素として人が動くきっかけにもなればとは思っていたものの、こんなにも早くその兆しが見え始めるとは予想できなかった。ダールイベックの港はこれからさらに栄えるだろう。



「 数日船に揺られお疲れでしょう まずはお部屋にご案内いたします」


以前来た時と同じ部屋に案内された。窓の向こうには港の灯りが点々と見える。

荷物を持ったエディとシモンの他に、ゲイル達四人の騎士も部屋まで同行していた。


『ハルヴァリー卿 明日は一日邸にいる 護衛も不要だから全員休みを取ってくれ』

「ありがとうございます 邸にて待機します」


ベンヤミンとソフィアは町に出たいと言っていた。二人にはマルムベルグ卿が地元の騎士を付けてくれるだろう。ここの地理は複雑で、王都から来たものだけではすぐに迷ってしまうのだ。




その夜。

邸もすっかり静かになった頃、小さく扉を叩く音が聞こえた。


そっと扉を開けると、予想した通りの人物がそこに立っていた。

『久しぶりだな フロード ハーヴ 入ってくれ』


彼らがどうやってここまでたどり着いたのかは聞かないことにしよう。この扉の向こうには騎士が二人いたはずなのだ。いやそれ以前にこの邸では、昼夜を問わず多くの騎士が警護に当たっている。

彼らの名誉のためにも、絶対に聞かない方がいい。


二人は扉を閉めるなり、その場で片膝をついた。

「夜分に恐れ入ります」


『奥に来て二人とも座ってくれ ここでは外に声が漏れる』

会話が漏れ聞こえるほど薄い扉ではないけれど、こうでも言わなければこの二人を椅子に座らせることは難しい。


ゆったりと並べられた長椅子に向かい合って座った。

『一年半を超えたか 長くなって悪いな 不自由していないか?』

フロードとハーヴがこの港町で任務に就いたのは、およそ一年半前、私が王太子に叙任された時期だ。


「殿下のご配慮を賜り 過分な生活をさせていただいております」


彼らは今、港のとある施設に担当官として勤務している。任務そのものは決して厳しいものではないのだが、期間が全く読めないことが気がかりだ。これまで一年半が過ぎたわけで、この先あと何年になるかわからない。


「本日まで進展はございません」

『うん 私が不在の間は全てロニーの指示に従ってほしい

万が一動きがあればここを離れて構わない 施設への説明も含めて後のことはロニーに任せてある』


「はっ!承知致しました」


『ロニーから定期的に連絡は来ていると思うが 王都のことで聞いておきたいことはないか?』

その後は多少の雑談を交わした。彼らは基本的に七人が七人とも口数が少ない。が、フロードや、かつてビョルケイ家に家庭教師として赴いたリーラのように、潜入を得意とするものは、スイッチが切り替わると途端饒舌になる。その瞬間はカチリと音が聞こえるかのようだ。


この町の情報にも思いがけず収穫があった。町を治める代官では知り得ぬ声も耳に入る場所に、彼らは存在しているらしい。



「よい旅となりますことをお祈り申し上げます」

「お戻りをお待ち申し上げます」

そうして二人は帰っていった。えーと、どこから帰ったのかも秘密にしておこう。



一人になった部屋で、便箋とペンを取り出す。

今二人から聞いたことを早速手紙に書いた。宛先はロニーだ。


ロニーが私の従者になってから、こうして離れるのは初めてのことだ。今はロニーが安心して仕事を任せる頼もしい従者も増えた。私も四人の従者一人一人を信頼している。


されどロニーの存在は特別だ。彼の代わりはいない。

様々なことをロニーに任せて出てきた。その中のひとつにヴェンラの件がある。


卒業までの期限で彼女の身元を引き受けていたわけだが、いよいよ卒業も間近に迫った。

その件でヴェンラと会ったのは、王都を発つ前日だった。


卒業後の進路を聞きに行ったんだ。それによっては彼女に会うのもそれが最後になるだろうから。

今は直轄地となった故郷へ帰りたいと言えば、その準備くらいはしてやるつもりだった。


が、彼女の答えは違った。

「お許し頂けるのでしたら 卒業後も王宮で働かせて頂けないでしょうか」と。


ヴェンラの評判は悪くない。仕事に慣れて随分と気が利くようにもなった、との噂を仕入れてきたのはロニーだっただろうか。


『わかった 引き続き王宮(ここ)の仕事を任せる 成人後は保護者の立場ではなくなるが 相談相手にはなれるだろう 私が不在の間はロニーを頼るといい』



直轄地の人口も徐々に増えてきている。とは言ってもまだまだ小さな町だ。いずれ王宮を離れて職を見つけるとしても、比べるもなく王都の方がその選択肢は多い。その時が来れば力になろう。




~~~

朝の鍛錬場。

数日ぶりにアレクシーと存分に汗を流す。


「船は早くて快適だけど 身体が鈍るな」

『全くだ』


明日にはまた船の上だ。外海は皆初めての経験だ。穏やかな運河とは違い、荒れる日もあるだろう。

剣を振り回す程度の広さはあるものの、それが可能かはまた別の話だ。


「レオが今日休みにしてくれたからさ 俺達鍛錬することになったよ 叔父上も来てくれるらしいんだ」

なんだそれ、羨ましいじゃないか。


『行っていいか?』

騎士団の訓練に参加したことは一度もない。けれど、今日くらいはいいだろうさ。人数も少ないしな。


「おう!初めてだな 大歓迎だぜ」

アレクシーも気分よく賛成してくれたことだし、今日一日は存分に身体を動かそう。



朝食の後、ベンヤミンとソフィアは出掛けていった。レノーイもメルトルッカ街を見てみたいと、やはり道案内の騎士と共に街へ向かった。


「私は見学させていただきますね 」

スイーリは私の我儘にも笑顔で付き合ってくれた。以前から鍛錬を見るのが好きだと言ってはくれるけれど、それほど楽しいことではないと思うのに。


『ありがとうスイーリ 冷えるからひざ掛けを忘れずに用意しておいで』



迎えに来たアレクシーと再び鍛錬場へ向かうと、そこにはオルサーク卿が一人、あれこれと準備に忙しく動き回っていた。

「悪いロベルト 遅くなった」


駆け寄ったアレクシーとオルサーク卿で、剣やらなにやらを運んでいる。


二人は騎士科からの同期だ。オルサーク卿は騎士になって浅い上にラツェック分隊所属のため、今まではそれほど関わりがなかった。視察に同行した騎士は全てハルヴァリー分隊だったからな。


今回のメルトルッカ行きの護衛は、鳶尾の騎士の中からバランスを見て選んだそうだ。その中に一年目の騎士は含まれておらず、二年目になったアレクシーとオルサーク卿が一番の下っ端と言うわけで、こうして準備を買って出ているらしい。



先程からちらちらとオルサーク卿の視線を感じる。

『どうしたオルサーク卿 ここでは気を使わなくていいからな』


それでもオルサーク卿はなかなか口を開こうとしない。別段用事があるわけではないのかもしれない。

「はい」とか「いいえ」とかどっちなんだかわからんことをぼそぼそと言っている。


「オルサーク卿は殿下が剣を握る姿が今でも信じられないようですよ」

代わりに言ったのはアレクシーだ。


『ん?』



『ああ そうか オルサーク卿とは本科が一年被っていたな』

剣術の授業を受けない男子生徒は一学年に一人いるかいないかと言った変わり者だ。そりゃ目立っていたよな。


「俺達の中には 殿下をお守りするために強い騎士を目指すって口癖のように言ってたやつもいましたからね」

『騎士が強さを求めるのはいいことだ』

誰の言葉なのかはわからないけれど、アレクシー本人も同じようなこと言ってたよな。



「それが俺達より遥かにお強いと知った時は衝撃でした ダールイベック卿にまで騙されてましたから」

ようやく口を開いたと思いきや、オルサーク卿はアレクシーに恨み節をぶつけている。


「おい 騙していたわけじゃないって言っただろう 人聞きの悪い」

『悪かったなオルサーク卿 止めていたのは私だ ダールイベック卿を責めないでやってくれ』


「はい!いいえ!決して責めているわけではございません!」

そうか、はいといいえを同時に言うのは彼の口癖なんだな。


「剣だけじゃなくて弓の腕も素人のレベルじゃないんだから 嫌になるよな」

アレクシーが私に聞こえる程度の小声でオルサーク卿に呟く。


なんだよ好き勝手に。そもそもアレクシーは私が弓を射るところを見たことないじゃないか。



ぞろぞろと騎士達が集まりだした。

ゲイルやヨアヒムと共にマルムベルグ卿も姿を現す。スイーリも侍女を一人伴って入ってきた。並べて用意されていた椅子を自ら運んで、隅の方へ移動している。



マルムベルグ卿も含めて十六人。二人ずつ組んで開始だ。


初めにマルムベルグ卿と組んだのはゲイル。私はヨアヒムだ。

『胸を借りるよ マッケーラ卿 全力で行く』

「光栄です殿下 よろしくお願いいたします」


以前はまともに相手をしてくれなかったヨアヒムと、こうして打ち合うのは初めてだな。普段の穏やかで頼りなさそうにさえ見えるヨアヒムの表情が好戦的なそれに変わっていく。

つくづく護衛向きの顔してるよな。ヨアヒムは少し垂れ目で常に微笑みを湛えたような顔をしている。だがこうしてひとたび剣を握れば、鳶尾で一二を争う実力だ。


「ダールイベック副団長を思い出しますね 副長の剣筋によく似ていらっしゃる」

『彼に学んだからな』

「素晴らしい弟子ですね」


何度も言われてきたことだった。この歳になってなんとなくそれがわかった気がする。自分のクセがつく前に指導を仰いだおかげだろう。あの頃の私は自分で言うのもなんだが、とても素直だったと思う。


キンと一際鋭い音が聞こえた。ヨアヒムと手を止めて音の先を見る。ゲイルとマルムベルグ卿が激しく打ち合っているところだ。

見回せば、二人以外全員手を止めてその打ち合いに見入っている。


ステファンマルクの顔とも言える港の代官を務め、広範囲に及ぶ湾岸警備の団長をも兼ねる卿も、日々の鍛錬を怠らぬ現役の騎士だという誇りがひしひしと伝わってくる。


ゴツ!とゲイルの一撃を受け止めた卿が、そのまま剣を下ろした。


「ありがとうございました 素晴らしい経験をさせていただきました」

ゲイルが笑顔で右手を差し出す。


「大変優秀な騎士が殿下のお側にいるとわかり 安心しました」

マルムベルグ卿もゲイルを労う。と、くるりと振り返り鋭い声を飛ばした。


「見学をするほど余裕と見える 次はアレクシーお前が相手をしなさい」



相手を変えて打ち合いは続いた。

マルムベルグ卿との手合わせは、騎士達のみならず私にとっても貴重な経験になった。

同じダールイベックの流れを汲むもののはずなのに、まるで違う。きっと彼の剣は実戦を重ねてきたものの剣だ。王都の私達が知らずに平和に暮らしている間、港ではいくつもの戦いがあったのかもしれない。


『ありがとうマルムベルグ卿 大変勉強になった』

「こちらこそありがとうございました 第一騎士団はいつでも殿下の入団をお待ちしておりますぞ」

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