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いよいよ留学が目前になり、片付けておきたいことがまだまだ山積みされていることに焦りを憶える。


その中でも特に気がかりだった件の返答がようやく届いた。

ビョルケイの箱から出てきた詳細不明の薬物のことだ。間に合ってよかった。これをあやふやにしたまま発ちたくはなかったからな。


実はその正体に関しては、あの箱の中に大きなヒントが残されていた。

六冊の書物のうち、毒物に関するものが二冊。それを開いてみたところ、複数の薬物に印がつけられていたのだ。いくつかの印は丸印がついた上に✕がついていて、残っていた丸印は二つ、そのどちらもがパルードで生み出された薬物だった。


ひとつはヴェンラが使用したラーディロルだ。仮死に近い状態を引き起こす薬物だ。

もうひとつはレジュロスと言い、ラーディロルと似た症状を起こすものだと言う。当時検討した七つの薬物の中のひとつでもあった。



ビョルケイが隠し持っていた薬物、毒物の全てがパルード産だった。もうこれは蚕と共に密輸されたと断定していいだろう。ビョルケイが違法な取引さえしていなければ、ステファンマルク内に蔓延している恐れはない。そしてあのビョルケイの性格、今回の敷地内から見つかった箱の状態から見ても、毒物を取引していた可能性は低い。商売の目的ではなく、あくまで自分用に密輸したのだろうと思う。


『瓶の中身が判ったよ どちらも予想通りだった』

今や四人に増えた従者と、一人の侍従が即座に視線を向けた。



「長かったですね」

ミロがほっとしたような、それでいて僅かに抗議の篭った言葉を吐く。まあ気持ちがわからないでもない。目星を付けて渡したのにひと月以上もかかったからだろう?


しかしこればかりは医者らの言い分もわかる。薬物の使用を厳しく禁じているステファンマルクでは、とにかく情報がないのだ。自国の資料はゼロに等しい。他国では罪人に対し幅広く使用されている薬物も、この国では決して使うことはない。


王宮の奥で僅かに保管されているそれらの薬物と、照合を重ねる作業は想像よりも困難なものだったのだろう。



『ミロ ビル この結果をダールイベック公爵と陛下に届けてくれ』

騎士団での共有はダールイベック公が早急に手配するだろう。あと私が直接伝えておくべき相手は―


直轄地代官のコルペラ卿宛に手紙を一通認めた。

『これはブローマン卿に渡してほしい 次の報告書が届いたら返信と共に送るようにと』


バート=ブローマン、私が不在の間コルペラ卿がいる二十五番直轄地の担当官を任せた官僚だ。


直轄地全体の総括は一度陛下にお戻ししている。必要があれば陛下が代理を立てるだろう。マーケットの管理も別のものに託した。雪が溶ければ店舗も揃いさらに活気が増すに違いない。二年後、再びあの場所を訪れるのが楽しみだ。




大方振り分けが済んだところで意外な人物が執務室を訪ねてきた。

「レオ様 ダンメルス公爵がお見えでございます」



ジェネットだ。彼女とは王都に戻ってからもオルソン卿、スイーリを交えて何度か会っていた。

彼女の研修は残り半年程度の予定らしく、帰国時に立ち会えないことを済まなく思っている。

それでと言うわけではないけれど、出発前に会いに行こうと思っていたからちょうどいい。


などと思っていたから、まさかいきなり叱られるとは思ってもいなかった。

「レオ殿下 あなた昼食も取らず執務に没頭していると聞いたわ ノシュール卿がいないとご自分の管理も出来ない方なのかしら」


突然のことにぽかんとしてしまった。

ん?何故ベンヤミンが来ていないことを知っている?

いやその前に昼飯だよ、食ってなかったっけ?いやそこじゃなくて、告げ口したのは一体誰だ?それになんでベンヤミンの名前が出てくるんだよ、あいつに飯の管理なんてしてもらった覚えは―



「今必死に言い訳を考えているでしょう?でもそれは間違っているわ あなたが今すべきことは 直ちに執務室を出て食事に向かうことよ 今が何時かご存知?あなたの忠実な従者たちも皆食事にありつけていないのよ」


ピシャリと言い放つとジェネットは、ニッコリと笑った。

「なんてね こんな風に言う人はなかなかいないでしょうから 少しは反省できたかしら」


『あ ああ』

ぐうの音もでない私は、ただ頷くしかなかった。


「ふふ それではエスコートをお願いしようかしら 夕食をご一緒してもよろしくて?」

『ああ 喜んで』



彼女に言われて初めて時計を見た。

『ごめん もしかしてこの時間まで待っていてくれたのか?』


研修は遅くても六時には終わっているはずだ。そこから三時間経っている。ゆっくりと疲れを落とし、着替えをしても充分なほどの時間があったのに、彼女は今本宮から戻ったばかりのような姿をしている。


「できるなら邪魔はしたくなかったのよ 旅立ちの前に心残りがあってはよくないでしょう?」

その言葉も本心のようだ。ジェネットも母国を発つとき、同じような心境だったのだろうな。


『ありがとう』

「けれど もう限界だったの おなかがペコペコよ」


彼女らしい思いやりのある言葉に感謝した。



「『乾杯』」

冷えたシードルで喉を潤す。その一杯が胃袋を刺激したようで、急に腹が減っていたことに気がついた。


「レオ殿下と二人で食事をいただくのは初めてね」

『そういえばそうだな 今日オルソン卿は?』


「騎士団の方とご一緒しているのよ 彼らも別れを惜しんでいるの」

別れ、と言うことはメルトルッカに同行する騎士達と飲んでいるんだな。オルソン卿がうちの騎士とそこまで打ち解けていたことも嬉しかった。



食事が進み、彼女の好きな赤ワインが振舞われる時間になった。


「最後にもう一度お礼を言わせて ありがとうレオ殿下 あなたと知り合えてよかったわ」

『私も素晴らしい友人と会えたことに感謝するよ ありがとう』


今日何度目かになる乾杯をして、ワインに口をつける。

『いつかきっとグリコスに行くよ スイーリも行きたいと言ってるんだ』


社交辞令ではない。何年先になるかはわからないが、必ず行こうと思っている。

「嬉しいわ その時は私に案内を任せてもらえるかしら」

『楽しみだ』


「けれど その前に私がもう一度来ることになるわよね?」

『あっ』

ニッコリと微笑むジェネットに、少しだけ気恥ずかしくなる。



『来てくれるのか』

「当然じゃない 私の友人二人が結婚するのよ 参列しない理由があって?」


『招待させてもらうよ 宛先は連名にして招待状を送る』

そして口にはしなかったけれど、ジェネットとオルソン卿からの招待状が届く日も待っているよ。その時が来たら、何があっても駆けつけるからな。



その時突然表情を変えて、ジェネットは射るような視線で口角だけをグイっと上げた。

「待っていてね 私はもうひとつの夢も必ず実現させるつもりよ その時はきっと招待に応じてちょうだいね」


読まれたようなタイミングに驚いた。

『ああ待ってる 必ず行くよ 約束する』

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