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「殿下 おはようございます」

『おはよう』


一月の最終日、ノシュールへと向かう船から護衛騎士達は仕事に復帰していた。

が、こうして執務室に来るのは去年の春以来かな。



『早速だが 今日はこれを開けようと思う』


半年前、オリアンの絹織物工場敷地内で見つかった例の箱だ。


「ではコンティオーラ卿」

ヨアヒムに名前を呼ばれたジェフリーが、バールを片手に箱に近づく。


「開梱します」

蓋に打ち付けられている釘を一本ずつ抜いていく。

こんな風に蓋をしているところから想像するに、滅多なことでは開けるつもりがなかったんだろうな。そして繊細なものは入っていない、と。



雑に何本も打たれている釘を、ジェフリーが慎重に抜いている。

ようやく全ての釘が抜けたところで、皆の間に少し緊張が漂った。


箱の前で屈んだままのジェフリーが確認するように私を見上げる。それに頷くと、ジェフリーはそろそろと蓋を持ち上げた。


最初に目に入ってきたものは、くしゃくしゃに丸めて押し込まれていた布だった。それは長年土の中にあったから、というよりは着古してくたびれたシャツのようだ。


ジェフリーが一枚ずつ広げて床に並べていく。

「子供の服ですね」


「ペットリィの・・・」

名前の後が続かなくなったのは、彼の友人アレクシーだ。


「息子が着れなくなった服を緩衝材代わりに詰めたのでしょうか」

ゲイルの言葉に皆が頷く。


五枚、六枚。何枚詰めたんだ?古着を詰めただけにしては重たかったからな。そのうち別のものも出てくるだろうとは思うものの、いつまでたってもその気配はない。


『もっと小さい箱を用意すればよかっただろう』

思わず本音が口から出た。何人かが吹き出して「その通りだ」と笑っている。



ジェフリーが次の一枚に手を伸ばした時、それは今までの古着とは少し違った。何かを包んでいるようだ。すっかり緩んでいた皆の気持ちが一瞬にして引き締まる。


両手でそっと取り出して一度床に置く。そして広げると中から小さな木箱が出てきた。これは蓋をかぶせてあるだけで釘は打たれていない。


「開けてよろしいですか?」

再びジェフリーが判断を仰ぐ。


『ああ 頼む』

この大きさ、ほぼ間違いないだろう。ヨアヒムに視線を移すと、彼も緊張感を漂わせて頷き返した。



箱の中には瓶が五本入っていた。全ての瓶に液体が満たされている。割れていなくてよかった。

『コンティオーラ卿 マッケーラ卿と交代してくれ』

「かしこまりました」


ヨアヒムが手袋をはめた手で一本ずつ取り出していく。

「一本目 e.Dom」


息を飲んだアレクシーとロニー、そしてビルの視線が私に向いているのが分かった。

e.Domとは、別名永遠の日曜日と呼ばれる毒物だ。二年前私がこれを飲んだことを、この三人とヨアヒムは知っている。


『続けて』


「はい e.Domがもう一本ございます」

確認を終えた瓶は、裏返した蓋に乗せられていく。残りは三本だ。


「三本目 ラベルがございません」


「四本目 これもラベルがございません 瓶の形が違いますので 別の毒物の可能性が高いと思われます」

『うん』



そして最後の一本を手にしたヨアヒムの手が、僅かに震えている。



『ベレンドアステンか?』


旧ビョルケイ本邸で見つかった毒物の中で最も凶悪なものが、ベレンドアステンだった。パルードが生んだ最悪の毒物、またの名を―


「はい "ケイトウの花束"とラベルが貼ってあります」



沈黙が流れる。

毒物の知識がないゲイルやジェフリーも、おおよその流れは理解しているだろう。エディもただならぬ雰囲気を察している。


『ラベルのない二本についても調べさせる 判り次第情報は騎士団全体に共有する』


この件は既に解決している。ここから新たな事件につながる可能性は限りなく低い。しかし、王都のタウンハウス、本邸、そして工場と三ヵ所に隠していたのだ。第四の隠し場所がないとは言い切れない。そしてそれを見つけるものが善人とは限らない以上、用心はしなければならないだろう。


「はい ご連絡をお待ち申し上げます」


さて、大物が見つかったが箱はまだ空になっていない。

『残りも全て確認しよう』


そのままヨアヒムが残された箱の中身を出していく。また何枚かの丸めた古着を取り出すと底に本が数冊入っていた。


「本です 六冊あります」

並べられた六冊の書物は、比較的状態の良いものから黄ばんで破れかけているものまで様々だ。


左から順番に表紙を見ていく。箱の中で上から積んであった順番だ。

一冊目はパルードの便覧だ。これは見覚えがある。そして六冊の中で一番状態が良い。


二冊目、三冊目と続けて確認する。どちらもパルードの本だった。


『これは―』

四冊目、かなり古いものであることは表紙の劣化具合から想像できた。いや問題はそこではない。


『パルードの貴族名簿だな』

ページをめくってみる。私はパルードの貴族名をほとんど知らない。が、最初のページには私もよく知る名前が載っていた。


『第一王女 イレネ=パルード』

母上の名だ。


フレッド達次の世代の名がないことから、おおよその発行時期はわかった。


「一体どこから入手したのでしょう」

「パルードの貴族と交流があったのでしょうか」

「いや 交流が仮にあったとしても名簿の流出は考えにくいかと」


入手方法が気になるのは確かだが、確かめる術はない。

『全て解決した後はパルードに返却しよう それまでは私が責任を持って保管する』

「かしこまりました」



残る二冊。

それは毒物に関する本だった。

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