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クリスマスマーケットを周り、夕方からはコンサートを聴きに行く。
小さな旅行に出かけていた陛下達もお戻りになって、今年最後の行事も無事終わった。
アルヴェーンの邸ではデニスを中心に、懐かしい思い出話に花が咲いた。今はそれぞれの道を歩いている私達だが、束の間幼い頃に戻ったように楽しいひと時だった。
昔の話になった時、いつも恥ずかしい思いをするのは私一人のような気がする。皆ここぞとばかりに持ち出す話があるのだからたまらない。まあいいさ、悔しいが私にも自覚があるからな。
それに、こんな風に気兼ねなく話せる関係が続けられているのは、私にとってありがたいことでもあるんだ。この古い友人たちと過ごす間は、何も作らずありのままの自分でいられると思っている。
翌日の船着き場にも全員が揃った。
「次に会うのは二月だな」
「ああ ノシュールで待ってる」
そうしてデニスを見送ったのがつい昨日のようだ。
『本当に私達と一緒でいいのか?』
「ああ 一緒に行くよ?」
一月も下旬、数日後にデニスの結婚式を控えた日のこと。
あの寒さ厳しい直轄地からデルリオ夫妻も戻ってきて、ノシュール家が揃って本邸へ向かった。この男一人を残して。
「え?なんで?早く行ってもすることないじゃん レオ達と行くって前から言ってただろう?」
まあな。
自分に置き換えてみれば、間違いなく私もベンヤミンと同じ行動を取るだろう。
『デルリオ卿達も無事戻ってこれてよかったな』
面倒になり話を変えた。
「おお!それなんだよ!かなり大変な思いをしたらしいぜ 夏の倍はかかったって言ってた」
だろうな。冬の間北方直轄地はほぼ閉ざされ孤立する。稀に近くの領地と行き来することはあっても、王都まで来るなど聞いたことがない。
『悪いな 真冬に往復させるなど狂気の沙汰だ』
「いやいやいや それ言うならデニス兄だからな こんな時期に結婚するって決めたの兄貴だからさ」
それも私達の都合を優先させたからだろう。それはベンヤミンも当然わかっているはずだ。
「着任後間もないのに長期の休みをもらえたことを感謝してる って言ってたぜ だからこの話は終わり」
『わかった』
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『ベンヤミン やはりお前は明日の朝行け 最後の夜くらい家族水入らずで過ごせ』
デニスの結婚式まであと二日となった朝の執務室でのこと。
私達―ノシュール兄弟を除く仲間七人は前日の夜の船で向かうことにしている。当日の朝ノシュールに着く便だ。
突っぱねるだろうかと思っていたベンヤミンは、意外なほど素直だった。
「うん そうするわ 悪い!一日多く休暇をいただきます」
自分でも思い直していたのだろうな。言い出せずにいたのなら気の毒な思いをさせるところだった。
『悪くない デニスとゆっくり話をしろよ』
「うん この数年すれ違いでさ あまり話もできてなかったんだよな ありがたくそうするよ」
いくら一日で行ける距離だとは言っても、今後そう頻繁に会うことは出来ないだろう。
兄弟にしか出来ない話もあるに違いない。兄弟のいない私にはそれが羨ましい。
「レオ じゃあノシュールで」
晴れやかな顔をして、その日ベンヤミンは帰っていった。
そして日曜日―結婚式の当日。
ノシュールへは、仕事に復帰し護衛として同行しているアレクシーを含めた七人で向かった。同じ船にはデニスの友人や、オースブリング嬢の友人も多く乗っていて、招待客の貸し切りのようなものだった。
船着き場からは迎えの馬車で本邸へ向かう。
「六年ぶりだっけ?ゆっくり見れないのが残念だよ」
専科生のイクセルと本科のアンナは明日一日休みを取って来ている。皆今夜はノシュールに留まり、明日王都へ戻る予定だ。
「そうですね 結局夏のノシュール城にもまだ来れていませんもの」
アンナが少し不満そうに続けた。
いつか約束したな。夏のノシュールに来ると。
『約束は守らなくてはな 必ず来よう』
アンナはいずれステファンマルクを離れる。場合によっては、二度とこの国の土を踏むことがないかもしれない。
『来ような アンナ』
「はい 必ず」
「そうだよ!また皆で来ようね」
今着いたばかりだと言うのに、次の訪問の話をしている。揃いも揃って気が早い。
結婚式は午後二時から執り行われるそうだ。
城に着いて慌ただしく支度に取り掛かった令嬢達とは対称的に、サロンに案内された私達はのんびりと茶を飲んでいた。
「今日は来てくれてありがとうな」
半日早く到着していたベンヤミンが、私達のところへやってきた。今日のベンヤミンは深い青緑色の式服を着ている。ノシュール家の正装だ。
『おめでとう』
「おめでとう!デニスは支度中?」
「いや デニス兄は挨拶に回ってるところでさ ここには最後に来るって言ってた」
そのデニスが顔を見せに来たのは、一時間いや二時間後くらいだっただろうか。
「レオ イクセル今日は遠いところをありがとう」
『おめでとうデニス』
「おめでとう!」
言い終わると花婿は長椅子にどかりと座った。
「デニス 早くもお疲れ?式はこれからだよ?」
イクセルの揶揄いの言葉に眉尻を下げたデニス。
「一息つかせてくれよ そのためにここを最後にしたんだからさ」
「殿下へのご挨拶を後回しにした挙句 一息つかせろとは聞き捨てならないな」
デニスに続けて入ってきた男が大股で近づいてきたかと思うと、唸るように言い捨てた。
その場にいた全員が声を出して笑う。
「おいおい 時間外労働か?仕事熱心だな」
笑いながら拳を突き出したデニスに、自分の拳を合わせたアレクシーはデニスの隣に腰を下ろした。
「今日はおめでとうデニス」
「ありがとうアレクシー」
五人分の茶が新しく淹れられて、テーブルの上には次々料理が並べられた。
料理をざっと見回したベンヤミンが、左手を口元に添えて小声で言う。
「みんな覚悟しておいてくれよ 今夜の晩餐はサーモン尽くしだからな」
涼しい顔をして「当然だろう?」と言うデニスの手には、既にサーモンのサンドイッチが握られている。
「なあ それより新しいマーケットの話を聞かせてくれ 皆はもう行ったんだろう?」
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支度を終えたスイーリと合流して、聖堂へ移動する。他の招待客は八人乗りの馬車で順番に向かっているそうなのだが、私とスイーリには二人用のものが別に用意されていた。
スイーリは以前手紙で知らせてくれた通り、濃紺のドレスを着ている。シルバーのレースがアクセントに使われていて、紫のアクセサリーがよく映える。
『とても似合っているよ スイーリがこんなに紺が似合うとは知らなかった』
この国の王族にとって紺色は切っても切れない色だ。それが理由かは知らないが、貴族でこの色を着るものはあまり多くない。スイーリが今までに着ていた記憶もないな。
「ありがとうございます レオ様も紺色の式服を選んで下さってありがとうございました」
スイーリの言うように、今日は紺の式服を選んだ。なにせスイーリの希望だからな。
『二人で参列するのは初めてだね』
今私達が二人で馬車に乗っていることからもわかるように、今日のスイーリはダールイベックではなく、私の婚約者の立場で招待されている。
『ティアラが間に合わずごめん』
そう、なので今スイーリの頭上にはティアラが輝いているはずなのだ。揃いのものをいずれ贈ろうとは思っていたものの、まだ注文すらしていない。
「とんでもありません 私がどうしてもこのネックレスをつけたかったのですから」
ニッコリと笑って、ネックレスを何度も撫でてみせる。
『大切にしてくれてありがとうスイーリ 必ずティアラも贈るよ 少し気長に待っていて』
「はい とても光栄です 楽しみにしておりますね」
留学前に話を通しておこうと、堅く誓ったところで馬車は聖堂に到着した。
初めて入るノシュールの聖堂は、王都のそれを二回りほど小さくした規模だろうか。大きさ以外はよく似ている気がする。
様々な領地を周って、それなりの数の教会は見てきた。教会は実に個性的だ。同じ宗教施設だと言うのにこうも違うものかと不思議になるほどだった。建てられた時代にもよると言っていたような気がするが、詳しいことは忘れた。
されど聖堂は別格なのだと言うことが、このノシュールの聖堂を見てもわかる気がする。夏に訪れたボレーリンのものも、こことよく似ていた。
まあどうでもいい話だな。そもそも私は宗教に熱心な方ではない。
案内された席につき、厳かな気持ちで式の開始を待った。
オルガンの演奏が始まり、聖歌隊の歌声が聖堂の隅々まで響き渡る。扉が開いて、オースブリング子爵と花嫁が入場した。
淡い桜の花びらのような色をしたドレスに、白い毛皮のショールを纏ったオースブリング嬢が、一歩ずつゆっくりと進んで行く。
祭壇の前で待つデニスの隣に並ぶと、神父が話し始める。
誓いを交わし、滞りなく式は終わった。
今まで何度か結婚式には参列してきた。が、幼い頃から付き合ってきた友人の式となると感慨深いものがある。おめでとうデニス。二人の未来に幸多からんことを。




