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前回この場所に来たのは一年半前だった。
この僅かな間に、船着き場が驚くほど拡張されている。港と呼んでもいいほどの規模だ。
ノシュール方面、そしてダールイベック方面、両方の港と王都を繋ぐ重要な拠点だからな。
大きな客船が何艘も停泊している。これ全てが王都からの見物客を乗せてきたのだろうか。
船を降りると、テントに案内された。いくつも張られたテントの最前列まで進んで行く。
「来たか」
『お待たせいたしました』
開通式の準備はすっかり整っているらしい。この場にも例の商業楽団が呼ばれていた。ハレの席に華やかさを添えるに音楽は相応しい。
全てが揃ったところで陛下が立ち上がった。
「任せたぞレオ」
『はい お気をつけて』
陛下の後に王妃殿下も続く。
「少し行ってくるわね」
『のんびりと羽をお休め下さい お気をつけて』
お二人は手を振りながら客船に乗り込んだ。船上でダールイベック公爵夫妻が出迎えている。
今からこの船はダールイベックの本邸へ向かうのだ。
「王太子殿下 準備が整いました」
『行こうスイーリ』
スイーリの手を取り向かう先で待っているのは、宰相ノシュール公爵と、この地の代官ドゥクティグ卿~エディの父だ。
大きな拍手と歓声の中、渡された鋏でリボンの中心を切る。それを合図に国歌の演奏が始まった。
陛下達を乗せた船がゆっくりと進みだす。皆が拍手でそれを見送った。
『次は私達も乗ろうな』
「はい 三月ですね」
一度はこの目で見てみたいと願っていた、雪のダールイベック城。次の三月にはそれが叶う。
船が小さくなるのを見届けて、今日の役目は終わった。観客達の中には、この後の船で港を目指すものもいるらしい。
私達は反対行き、王都へ戻る船の出発を待つまでの間、代官の邸に招かれた。
『ドゥクティグ卿ご苦労だったな 準備で慌ただしかっただろう』
元々王都の食を支える重要な直轄地だったところへ、二つの運河を結ぶ拠点としての機能も加わったのだ。今やこの地の代官の仕事量は直轄地一だろう。
「いいえ スタール卿もおりますので 殿下がいち早く送ってくださったおかげでございます」
エディが視察に出る時期に合わせて事務官を一人送った。それがスタール卿だ。
「加えて息子を殿下の従者にお取立ていただけましたこと 誠に感謝しております どうぞよろしくお願い申し上げます」
父の隣でエディも頭を下げている。
『ああ エディには期待しているんだ 年が明けたら来てくれ 待っている』
「身に余る光栄でございます」
と、そこでドゥクティグ卿がニコりと微笑んだ。
「軽食をご用意いたしました 久しぶりに当代官邸料理長の料理をお楽しみくださいませ」
両方の拳を握り締めて喜んだベンヤミンのことは、視界の端でもすぐにわかった。
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王都に戻ったのは三時を少し過ぎた頃だった。
「こうして当たり前に帰ってきたけどさ ほんの数年前までは考えられないことだったよなー」
『そうだな』
ノシュール領を訪問してから十年も経ってはいないと言うのに、当時は直轄地まで一日がかりだったことを思い出す。
「今じゃノシュールも一泊で行って帰ってこれる距離だ 近くなったもんだよな」
『ああ』
それで思い出した。
『デニスは戻ってきているのか?』
開通式では見かけなかった。昨日も見ていないな、うっかりしていて尋ねるのが遅くなってしまった。
「ああ 帰還式には来ていたんだぜ 今日は邸でやることがあるって残ってる」
『そうか』
デニスとはクリスマスコンサートの日にも会えるだろう。その二日後にはアルヴェーン邸での晩餐も予定されている。
『デニスもクリスマスまでにはノシュールへ戻るのだろう?』
「ああ シビラ義姉さんが向こうで待っているからな」
義姉さん、か。
婚約者のオースブリング嬢は来ていないんだな。結婚式の準備で忙しいのだろうか。
「シビラ様からお手紙を頂いております 王都に来れず残念そうでしたわね」
「私のところにも届いております 毎日目が回りそうとのことで けれどお幸せそうだったわ」
スイーリとソフィアから聞くに、婚礼前の令嬢は想像以上に多忙ならしい。
「お戻りになるデニス様に お手紙をお預けしても構わないでしょうか」
「ソフィア様と選んだプレゼントも用意してあるのですよ」
『ありがとうな二人とも デニス兄も喜ぶと思うぜ』
そうしてデニスとオースブリング嬢の結婚式の話をしながら、マーケットの中を散策して回った。
「いい!すごくいいよレオ!まずわかりやすい!建物の色は領地で分けられていたんだな」
『ああ』
どのように店を配置するか検討した結果、建物を地図に見立てて割り振ることに決めた。
同じようなジャンルの商品を扱う店を集めることも考えたのだが、後から別のものを扱いたくなった時に混乱するのではと思ったのだ。
ただ、中央にはカフェや食堂など飲食店を集中させている。希望すればどの領地の店も出店できる仕組みだ。
「レオ様 ここにダールイベックのガレット店が入るみたいです」
飲食エリアの一角で、スイーリが嬉しそうに看板を指差した。
「おお!そば粉のあれだな!ソフィア!ここにも食いに来ような」
ノシュールやボレーリンが出店予定の店も確認し終えるとすっかり満足したようで、ベンヤミン達とはここで別れることにした。
「ありがとうレオ それじゃ次はコンサートの日だな」
『ああ コンサートで会おう』
「本日もありがとうございました レオ様スイーリ様お気をつけて」
「ありがとうございます お二人もよい休日をお過ごしくださいね」
さて。
ようやく二人になれた。
『スイーリはまだ時間ある?どこか行こうか』
スイーリが行きたいと言えば、クリスマスマーケットを周るのもいい。この時間からならまだ充分見て回れるはずだ。お気に入りのカフェに向かうのでもいい。今日のような日にスイーリが選ぶのはどの店だろう、と想像するのも楽しかった。
が、スイーリの答えはそのどちらでもなかった。
「鳶尾宮にお邪魔しても構いませんか?」
『え?』
わかっているようで、まだまだスイーリのことを理解していなかったんだなと気がつかされた。
昨日だってスイーリは私のことを優先してくれたじゃないか。ありがとうスイーリ。
『わかった 積もる話でもしようか』
「はい たくさんありますものね 順番にたくさんお話しましょうね」




