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『おはようスイーリ 昨日はちゃんと休めたか?』
目の前に立っていらっしゃるのは本当の本当にレオ様。
シルバーグレーのコートに正装のマントを羽織っていらっしゃるお姿が美しすぎて、久しぶりにお会いするには刺激が強すぎます。いえ昨日もお会いできたけれど。
「おはようございますレオ様 はい!休みました レオ様もお疲れは取れましたか?」
ああごめんなさいレオ様。私、嘘をついてしまいました。
昨夜は、レオ様にお会いできたことで感激と興奮が限界を超えてしまい、ちっとも寝付けなかったのです。目を閉じても、キラキラしたレオ様のお顔が浮かんでしまって、それを消すことなんて私には到底無理だったの。
『スイーリのおかげでしっかり休めたよ ありがとう』
レオ様の笑顔が眩しい。毎日二枚の肖像画を眺めて過ごしていたけれど、やっぱり本物のレオ様は格別。このままずっと見ていたいわ。一日中何もせずただ眺めていたい。
『行こう 乗って』
差し出された手を慌てて取りました。そうよ、今から開通式に向かうのだわ。
ここから船乗り場までは、そうかかりません。束の間の二人だけの時間。
『なんだかさ 何から話したらいいのかわからないな スイーリのこともたくさん聞かせてほしいのに ってことを昨日から考えていた』
「私もです こんなことなら伺いたいことを順番に書き出しておくべきだったと反省しました」
大真面目にそうお答えしたら、レオ様は声を上げてお笑いになったの。
『そんなことにスイーリの反省を使わなくていいよ ゆっくり話そう 時間はあるのだから』
大好き。そうね、また今まで通りお会いできるのですもの。
「はい そうですね 時間はたくさんありますものね」
『うん』
たくさん、の部分に知らず知らず力が入ります。嬉しい、お会いできる喜びがこんなにも大きいと言うことを改めて知ったわ。
それに甘えたわけではないけれど、何一つお聞きできないまま馬車は船着き場に到着してしまいました。だってまずは目から補給しませんと。でもまだまだ足りない、もっと見ていたいわ。
けれど馬車を降りなくてはなりません。ここからは船に乗り換えて、直轄地へ向かいますから。
「おはようございます殿下 ダールイベック嬢」
先に到着していたベンヤミン様とソフィア様に声をかけていただき、合流しました。
『おはよう 昨日は休めたか?ソフィア 元気にしていたか?』
「おはようございますベンヤミン様 ソフィア様」
「おかげさまで 疲れもすっかり取れてるぜ」
「お帰りなさいませレオ様 ありがとうございます 元気に過ごしておりました」
一通り挨拶を交わし終えると、早速乗船です。昨日帰還式はソフィア様もご一緒していましたが、その後の晩餐の招待は正式な婚約者のみとのお達しがありましたので、ご一緒することはできませんでした。昨日ベンヤミン様とソフィア様はお会いできたのかしら?
『この船が最後だったな』
開通式に参加を希望する方はとても多く、船の乗船権をかけた戦いは相当に熾烈だったと噂に聞きました。ええ、もちろん言葉の綾です。実際は抽選でした。
幸いにもダールイベック家は、領地を船が走りますので特別にご用意いただけまして、お父様とお母様、それにアレクシー兄様とお義姉様揃って、今朝一番の便で向かったはずです。
私達が今から乗る船が、王都から開通式に向かう最終便です。続々と人が集まってきているわ。
「陛下もこの船にお乗りになるのか?」
ベンヤミン様がレオ様に聞いておられます。ふふ、違うのですよベンヤミン様。
『いや とっくに着いてるだろう』
そうなのです。陛下と王妃殿下はお父様達と同じ、一便に乗船されると伺っていました。
「なんだって?俺達陛下をお待たせしているのか!」
『好きで早く行ったんだから気にするな 私達はこれに乗れと言われたから乗る それだけだ』
相変わらずの温度差で会話するレオ様とベンヤミン様のご様子に、つい笑ってしまいました。
ここから直轄地までは一時間程度と聞いています。初めての船の旅、ドキドキするわ。
船は個室を用意して下さっていました。四人で使うには申し訳ないくらい広いお部屋ね。
『さっきちらと見たが マーケットもすっかり出来上がっているな』
「めちゃくちゃ斬新だな!この季節だと更に引き立ってる気がするぜ」
ソフィア様と私は以前にも見ていましたが、ベンヤミン様が仰るように、雪の季節に見ると夏以上に素敵なんです。
『積み木みたいだろう』
「確かに!何かに似てると思ったんだよ」
様々な色に塗られた壁が、まさに積み木のように並んでいます。これは壁の色で目的のお店が見つけやすいように、とのアイディアなのですって。
「マーケットも間もなくオープンするんだよな!初日に来ようなソフィア」
『全ての店が揃うのは先だけれどな 完成したからには早く開けようと思ってる』
これはお父様から聞いていました。
建物の完成を聞いたレオ様が、年明けのオープンを決められたそうです。
冬の間はどうしても流通が滞ってしまい、雪解けに標準を合わせて準備を進めている領も多いとのことですが、準備の整ったお店もいくつもあるそうなんです。ダールイベックもそのひとつ。
私も初日の様子を見に来たいわ。レオ様と一緒に来られるかしら。
「なあレオ 帰りにちょっと見ていってもいい?」
『もちろんだ 私達も寄ろうと思っていたんだ』
確認をするように顔を覗き込まれてニコりと頷きました。きっと中も見せていただけるのよね?楽しみだわ。開通式も楽しみだけれど、マーケットが気になってたまりません。
「視察でさ 俺達いろんな領地が手掛けているものを見てきただろ?マーケットに出すって物もたくさん見てきたからさ 早くソフィアに見せたくてたまんないんだよ 送ってやれないものもあったからな」
私もレオ様から様々な珍しい物や美しい物を送っていただきました。今まで王都では手にする機会がなかったものばかりでしたので、ますますマーケットへの期待が高まったのです。
「私達もとても楽しみに待っておりました ベンヤミン様が送ってくださったものはどれも素晴らしかったですから」
ソフィア様とは、視察先から送っていただいた品々を何度か見せ合ったこともありました。お二人が遠い地で私達のために選んで下さったことも嬉しくて。
『なるべく早くオープン日を決めるよ 楽しみにしていてくれ
その前にまず運河の開通を見届けよう そろそろ到着だ』




