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その後の授与式で私は星獅子勲章とイヌワシ碧勲章を、そして同行者のうち従者らと騎士を除いた全てのものにイヌワシ碧勲章が与えられた。
イヌワシ勲章は、ステファンマルクで数百年に渡り幅広く授与されてきた勲章のひとつで、碧は文化的貢献者の功労に対して与えられている。
そうして全ての式が終了したのは、王宮に到着して実に三時間後のことだった。
『こんなことならもっと早く着けばよかったな』
草々に解散してやるつもりで選んだ時間が裏目に出た。
『ハルヴァリー卿 全ての同行騎士は明日から休暇だ 一月いっぱい休んで構わない』
今回は護衛騎士も例外なく一斉に休みを与えることにした。王宮もとい鳶尾には、数多くの騎士がいるのだから問題はないだろう。
「殿下 ありがたく頂戴いたします 私の休暇中はラツェック卿に指揮を任せます また本宮よりマッケーラ卿の代理の騎士が一名参ります」
『わかった』
『皆 長きに渡る任務ご苦労だった 一ヵ月充分身体を休めてほしい
二月 万全の体調でまた会おう
寮に差し入れもしてある 今晩留まるものはゆっくり楽しんでくれ』
「ありがとうございます」「お疲れ様でした」「よいクリスマスをお過ごしください」
大仕事をやり終えた安堵だろう、皆ひと際明るくそしてギラついて見える。この後はサウナで汗を流し、明け方まで騒ぎ続けるに違いない。
「レオ様 本日は本宮にて晩餐の準備が整っております」
『うん 行こうか』
ロニー、ビルとホールへ向かう。
二人の休暇も早々に決めなくてはならないな。いやもう二人に任せていい。以前とは違って、今はロニーも休暇を嫌がらなくなった・・・と思う、思いたい。
「お帰りなさいませ レオ様」
艶やかな黒髪を結い、瞳と同じすみれ色のドレスに身を包んだ美しい人が目の前に立っている。記憶の中で毎日笑いかけてくれた彼女よりも、少し大人びて見えるのはドレスのせいだけではないのかもしれない。
『ただいまスイーリ』
話したいこと、聞きたいことは星の数ほどあるけれど、全ての思いを今はその一言に込めた。
スイーリを伴い中に入ると、皆が一斉に立ち上がった。長旅の疲れをものともせずに、なんとも晴れやかな面ばかりだ。その顔を一人一人確かめながら、言葉と握手を交わしていく。
幾人かのものは隣に令嬢を伴っていた。彼らの婚約者だろうか。
ホールの中にソフィアの姿はなかった。
「揃ったな」
話の頃合いを計っていただろう陛下と王妃殿下がお見えになったところで、晩餐が始まった。
最初はぎこちなく見えた面々も、視察の話を興味深くお尋ねになるお二人の気さくな様子に、徐々に場の雰囲気に馴染んできたようで、皆熱心に意見を述べ始めた。
今夜私は聞き役に徹しようということを承知いただいているのか、お二人は次々と同行者に声をかけている。
「どの地が最も印象に残ったか」という質問に、多くのものが北方直轄地を挙げた。
「北方と一括りにはできないほど 多くの違いがありました」
「生涯に一度は見ておきたい素晴らしい景色でした」
「見ると聞くとは大違いという言葉の意味を最も痛感したのが 北方直轄地でした」
確かに、きっかけなしでは一生訪れる機会のない地だろう。誰かが言ったように、北方という言葉だけでは括り切れない様々な特徴を持った場所だった。
私の中でも北方直轄地は強く記憶に残っている。が、それは彼等とは少し理由が違うかもしれない。北方の知られざる施設のことだ。
労役の実態を彼等は見ていない。見せてはいないのだ。
この晴れやかな席には相応しくない話題だ。もちろんこの場で出すつもりもない。
「レオ あなたはどう?何が印象に残っているのかしら」
王妃殿下の言葉に、皆が注目する。そうだな、なんと答えようか。
『はい ひとつに絞るのは難しいですが ボレーリン領でしょうか 城下の力強い街並みや 海辺の町の活気溢れるさま そしてクルーム領の厳しくも美しい自然は強く印象に残りました』
それに答えたのは陛下だった。
「そうか 私も一度は訪れたいと願い続けている地だ 後日詳しく話して聞かせてくれ」
『喜んで』
陛下達お二人の退場を持って、和やかな晩餐の時間は終わりを告げた。これでようやく解放だ。
『遅くまでご苦労だったな これで本当の解散だ 皆ゆっくり旅の疲れを癒してくれ 今夜王宮に留まるものは案内をつける』
エディ以外は王都に暮らすもの達だ。それぞれが帰宅の途につくことだろう。
「王太子殿下 この度は歴史に残る偉業に随行させていただきましたこと 一同感謝申し上げます 私共生涯の財産となりました」
ベンヤミンの声の後に、全員が頭を下げた。
『良い仲間と巡り会えたことを私からも感謝する 今後の活躍にも期待している』
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『すっかり遅くなってしまったな 送るよスイーリ』
積もる話は明日以降だ。明日からはいくらでも会うことができるのだから。
「いいえ レオ様今夜はお休みください」
まさか断られるとは思っていなかった。思わず足が止まり、スイーリの瞳をじっと覗き込む。
「レオ様にしっかりお休みいただくことも 私の務め ですから」
そう言いながら、頬を染めたスイーリに完全にやられた。
キュッと一度だけ抱きしめてから手を繋ぐ。
『ありがとう ではせめて馬車まで』
「はい ありがとうございます」
話そうと思っていたことも全部飛んでしまった。会話もなくただ並んで歩く。
そうだ、手紙―。
『手紙ありがとう とても励みになったんだ あと これ』
旅の最後に綴った手紙を渡すと、スイーリからも厚い封筒が返ってきた。
「レオ様も たくさんのお手紙をありがとうございました 何度も何度も読み返していたのですよ」
『うん』
なんだよ、あんなに会いたかったのにどうしてこんなぎこちなくなってしまうんだ。
明日だ。明日は二人で過ごせる時間もある。それまでに話したいことを順番に考えておこう。聞きたいことだってたくさんあるんだ。
そうだ、これだけは。
『似合ってる 綺麗だよスイーリ』
今夜スイーリの首元には彼女の瞳と同じ色の石が輝いている。再会の日に忘れずに身につけてくれたことが嬉しかった。




