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「本日も順調に進むことができました 明日王都に着きます」
二日前の朝にセルベールを発った私達は、王都まで半日の町に来ていた。九ヵ月に渡る視察の旅もあと一日で終わる。
『今日もご苦労だった』
この後はいくつかの宿に分かれて夜を過ごす。この町も複数の領地への通過点にあるため、宿には困らない。
通りの向こうに目をやれば、それなりに人の往来もある。それもそのはず、陽はすっかり落ちているものの、時間で言えばまだ夕方と言っていい頃だ。
「町をご覧になられますか?」
同じように通りを確認したロニーが、宿へ持ち込む荷物を手に問いかけてきた。
『そうだな 後で少し見てくる』
王都から半日でこれる距離とは言え、なかなか来る機会もない町だ。いやそれよりも座り続けて凝り固まった身体をほぐしたい、そちらの方が重要だ。
が、その前に一度宿に入ろうと、歩き出したところでエディが駆け寄ってきた。
「殿下 お疲れのところ失礼いたします 少々お時間を頂戴できるでしょうか」
『ああ構わない 私の部屋でいいか?』
運河の分岐点となる、重要な直轄地の代官を務める父を持つエディは、今回の視察で記録担当の代表を務めた。道中何度となくその記録を読んだが、彼の俯瞰力は他の記録者と比べ抜きんでていた。父から指導を受けていたのだろうか。それとも、持って生まれた才能か。
いずれにしても、エディならば今すぐにでも直轄地を任せることができるだろう。直近に交代が迫った地がないことが残念だ。
エディを伴い案内された部屋に入った。今日この時間に到着することは知らされていたようで、部屋の中は既に整えられていた。
コートを脱いで首元を緩める。エディは扉の前でコートを片手に直立したままだ。
『込み入った内容か?』
部屋の中には私達の他にロニーとビル、そしてゲイルとジェフリーがいる。
「いいえ トローゲン卿とリンドフォーシュ卿にもお聞き頂ければと思っております」
名前が聞こえて振り返った二人に視線を向けると、手を止めてすぐさま近づいてきた。
エディに長椅子を勧めて向かい合う椅子に腰を下ろす。
彼は直角になるほど頭を下げてから椅子に座り、簡潔に用件を告げた。
「殿下 私を従者にお取立ていただけませんか?」
今日、この場で聞かされるとは想定していなかった話だ。だが話そのものは予想すらしていなかったと言えば嘘になる。
エディは唯一こちらからの打診で視察に加わった人物だ。実際に長い時間を共にして、彼の能力や人柄も充分に知ることができた。エディならばと考えたことも一度や二度ではなかった。
『卿も知るように 私は来春から二年メルトルッカへ行く 来れるか?』
「はい ご一緒させていただきたく思います」
『わかった 年明けからでどうだ』
一瞬ぽかんとしたように見えたものの、ハッとしたように目を見開き、もう一度ガバリと頭を下げた。
「ありがとうございます 誠心誠意お仕えいたします」
『期待している』
話がまとまったところでビルが「お茶を用意して参ります」と、サイドテーブルに向かった。
ロニーとビルも加わり、四人でテーブルを囲む。
「こんなに早くお返事が頂けるとは思っておりませんでした」
そのエディの言葉に二人がニンマリと笑んでみせる。
「レオ様は大変決断の速いお方です」
「無駄なことがお嫌いですからね」
言っていることは決して誹謗でも中傷でもないのに、なんだろう少しムカつくな。ニヤニヤとしながら言うようなことじゃないだろう。
『なんだ 結果が決まってるのに焦らす必要はないだろう』
「仰る通りだと思います」
「はい ありがとうございます私共も助かりましたから ねえビルさん」
以前笑顔ののまま続けるビルとロニー。そのロニーの言葉にエディは首を傾げた。
「視察を終えた後 つまりは明日ですが 私から声をおかけする予定だったのですよ」
「えっ?!」と目を白黒させるエディに、ロニーが続ける。
「ドゥクティグ卿を従者にと言うのは レオ様のご希望でもありました」
「レオ様は 王都に戻り次第ドゥクティグ卿のお父上が代官を務める直轄地へ向かわれますから その時にお返事いただければとも考えておりました」
ロニーの言葉がじんわりと染み渡っていくかのように、呆けていた顔が徐々に引き締まると同時に鼻と耳が赤くなっていった。
『と言うことだ 歓迎するよエディ よろしく頼む』
「ありがとうございます ご期待に沿えますよう最大限努力いたします トローゲン卿 リンドフォーシュ卿ご指導よろしくお願い申し上げます」
「よろしくお願いします 今後私のことはロニーとお呼び下さいね」
「私もどうぞビルと 敬称も不要でございます」
「はい 私のこともエディをお呼び下さい ロニー様 ビルさん」
従者同士が仲良く自己紹介し終えたところで、私も言っておこう。こういうことはきっかけがないとなかなか話せないものだから。
『私のことも名前で構わない ロニーもビルもそう呼んでいるからな』
そう告げると、エディは膝に手を乗せて再び深く頭を下げた。
「承知致しました 光栄でございます」
さて、話も終わったことだし予定通り散策に出るとしようか。
『エディ この後少し町を周ろうと思うんだ 行かないか?』
「はいレオ様 ご一緒させていただきます」
二人で町を歩きながら、話を聞いた。
王都に戻る直前のタイミングで切り出したのには、彼なりの理由があったのだ。
「正直に申し上げますと 他の希望者を出し抜こうという計算もありました」
同行者同士で直接話し合ったわけではないそうだが、エディの予想では他にも従者を希望するものがいるらしい。
確かに正直だな。必ずしも口にする必要はなかった話だ。
『先手必勝 と言うわけか』
エディは何も言わない。黙ったまま半歩後ろを歩いている。
『だが既にわかっているはずだ 一番最初に話を持ってきたことが採用した理由ではないと』
「はい」
打算的なやつが嫌いと言うわけでもない。むしろそれくらいの駆け引きもできないような馬鹿正直なやつでは、この先務まらないことも出てくるだろう。私には心の内を打ち明けたというところも好感が持てる。
『そう か・・・エディはメルトルッカ語も堪能だったな』
何年も前、直轄地を訪れた時メルトルッカ語の辞書を借りたことを思い出した。あれはエディの私物だったはずだ。
「学園ではメルトルッカ語を選択しておりましたが 今一度お復習いしておきます」
『うん 王宮には私の師もいる 今度紹介するよ』




