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いくつかの町を通り過ぎ、予定の町に到着した。ここはノシュール領北部の町だ。

この町では宿に泊まることになっている。順調に進めたおかげで、少し時間にも余裕があるようだ。まだ町の中は店も開いていて通りを行きかう人も多い。私たちは馬車を降りて町を散策することにした。


白樺の木が等間隔に植えられた目抜き通りには、酒屋やパン屋、道具屋などの住民のための店に混じって土産物の店も何軒かあるようだ。

「綺麗な町だね 王都と比べても遜色ないんじゃないかな」

「さすがノシュール領ですわ とても洗練されていますわね」

『気になる店はない?どこか入ってみようか』

「向こうに見える土産物店はいかがですか? 人気のお店のようですわ」

「行ってみようー!ポリーナにいいお土産が見つかるかなー」

『イクセル 今から買い集めていたら 帰るときには馬車一つ埋まってしまうぞ』

「えー!それでもこの町でしか出会えないものがあるかもしれないじゃないか」

『一理ある』

私たちはその土産物屋へ向かった。外から眺めていたときも明るい店だなと感じていたが、店内は驚くほどに明るい。壁は白く、白木の棚の上にはとても見やすく商品が並べられていた。


「い・・・らっしゃいませ・・・王子殿下のご一行様では・・・」

店の主人が驚いて飛び出してきた。今日この町に宿泊することは広く知られているようだ。皆外套を羽織ってはいるが、ひと目で平民ではないとわかる服装と、見慣れぬ顔ぶれから連想することは難しいことではないらしい。

『連絡もせずにお邪魔して失礼したね 通りを歩いていたらこの店がとても気になり立ち寄ったのだ』

「大変光栄であります さもない店ではございますが ごゆっくりご覧くださいませ」

店の半分には食品の土産物、もう半分は工芸品の類が並んでいる。

始めに工芸品の棚を見ることにした。木工細工や布製品が多く、素朴だが丁寧に作られた美しいものが並ぶ。

「そちらの棚はこの町のものが作った品でございます」

木でできた器はこの世界では見たことがなかった。使い心地のよさそうな椀や皿だ。急に懐かしさがこみあげてきて思わず手に取る。

「レオには珍しいんだねー 初めて見た?」

イクセルには不思議そうな顔をしていると思われたらしい。

『ああ 初めて見た』

「お城にはなさそうだもんね 僕は領地の邸で見たことがあったよ」

「私も領地では使ったことがありますわ」

ソフィアも近くに来て話に加わる。

「貴族のお邸ではほとんど使われなくなりましたが 軽くて丈夫なので 平民の間ではまだまだ必需品なのでございますよ」

『なるほど』

この世界での暮らしにも完全に馴染んだと思っていたが、まだまだ知らないことのほうが多いのだなと思い知らされた。えーと・・・そうだ[井の中の蛙]だ。

机上の知識だけでは薄っぺらだ。この国のことをもっと深く知りたい、いや私は知らなければならない。そのために何が必要だ・・・何から始めるべきだ?答えがなかなか見つからずもどかしい。



----------

通りの突き当りが今夜の宿だ。ここは何代も前のノシュール公爵が本邸として使っていた邸で、現在は主にノシュール家の客人のための宿として使用しているらしい。なので一般の宿のように他の旅客と遭遇することはない。

「ようこそいらっしゃいませ お待ち申し上げておりました」

多くの使用人に出迎えを受けた。代表してあいさつをした初老の男性が進み出る。

「このお邸の管理を任されておりますセーデルマンと申します ご用はなんなりとお申し付けくださいませ」

『短い滞在になるが 世話になる』

「お食事の準備もまもなく整います 先にお部屋へご案内差し上げてよろしいでしょうか」

『よろしく頼むよ』


階段を上り廊下を歩く。時を経た飴色の壁には灯りがいくつも点されている。心が落ち着くいい邸だ。

「こちらの部屋をご用意いたしました」

扉を開け中に案内される。ロニーと共に足を踏み入れた。

「殿下こちらを デニス様よりお預かりしております」

封筒を渡される。

『ありがとう』

「では後程ご案内に伺います」

執事が退出する。その間にロニーは手早く荷解きを済ませていた。

首元を緩めながら部屋を見回す。

廊下の壁と同じく飴色になった腰壁が美しい。大切に使われてきた部屋なのだとわかる。


封を切り手紙を取り出した。

~道中で珍しいものが手に入ったんだ 今日のディナーに出すよう伝えておいた 楽しみにしておいて


読み終えてロニーにも見せる。

『珍しいもの・・・なんだろうな?』

「そうですねぇ デニス様がお喜びになったご様子からして 足の生えたサーモンなどでは?」

『ロニーたまに毒舌だよね』

「大真面目でございますのに」



足の生えたサーモン・・・が出るかはわからないが食事の時間になったようだ。

堅苦しいだけの正装から気楽な上着に着替えて階下へと向かう。

『どうやらデニスが珍しいものを用意しているらしい』

手紙のことを皆に伝える。

「えーなんだろうね?途中の町で買ったのかな?僕たちも同じ道を通ってきたけれど全然わからないや」

「デニス様のことですし 青いサーモンでも見つけられたのでは?」

『ヘルミ・・・ロニーと同じこというね』

「デニスのサーモン好きは有名だからねー ほんとに出ちゃうかもよ?青いサーモン!」


残念ながら(?)大方の予想を裏切り、出されたサーモンは極めて一般的な姿をしていた。

「変だね・・・味()おいしいね」

「珍しい産地のサーモン という意味だったのかもしれませんわ」

『いや・・・手紙には一言もサーモンとは・・・』


次いで肉料理が出された。じっくりと煮込まれた牛肉?だろうか。定番のマッシュポテトも添えられている。

「柔らかいねーすごく美味しい」

「美味しいですわ ソースもまろやかで」

・・・ダメだ。この肉を私は知っている。以前王宮で供されたことがある。間違いない、苦手なものはほとんどないというのによりにもよって・・・

だが何食わぬ顔で口へと運ぶ。できるだけ小さく切って。


『デニスは・・・熊を仕留めたのか?』

皆が手を止めて一斉にこちらを見た。

「くま・・・・・」

「これが・・・・・?」

「えっ?熊なの?これ熊?」


「はい 熊でございます」

執事が説明を引き受けてくれた。

「デニス様 ベンヤミン様が道中で遭遇された熊だと伺いました」

護衛の手で無事狩られ、邸まで運ばれてきたのだという。

「そうかー 熊はデニスの天敵だもんね」

『イクセル それを言うならデニスの天敵ではなくて鮭の天敵だ』

「同じことだよーデニスから鮭を奪う憎い敵なんだって」


「熊がこんなに美味しいものとは知りませんでしたわ」

「私も初めていただきました 熊は恐ろしいけれどお肉はとても美味しいわ」

皆熊が気に入ったのだな・・・

「よくレオは知っていたよねー食べたことあったんだね」

『以前に一度だけ』

「忘れられない味だったんだね!僕にも忘れられない味になったよ」

『ああ・・・そうだな』

確かに忘れることはなかったな、別の意味で。

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