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愛するスイーリ
美しい季節になったな。
鳶尾宮にはこの季節に咲く花が数多く植えられている。正門から続くリラの並木や、外周を囲むように植えられているマグノリア、そして鳶尾。
去年のこの時期は本宮にいたから、スイーリにまだ一番美しい鳶尾宮を見せられていないことが残念だ。レノーイのところへ行くついでがあれば、是非鳶尾にも立ち寄ってほしい。
長い冬と夏の間にあるこの季節が好きだ。そういやスイーリの好きな季節を聞いたことがなかったね。スイーリはどの季節が好きかな。
今日は移動でほぼ一日が終わった。森を抜けるまでに数時間かかってね、ちょうどその森では野生の苺が収穫期を迎えていた。籠いっぱいに苺を摘む幼い子供たちを多く見かけたよ。
苺を見ても思い出すのはスイーリのことだ。
ピーラッカでは苺のパイが並んでいる時期だな。そうだな・・・当てようか?スイーリは今年の春ピーラッカの苺パイを三回食べた。ソフィアと二回、そのうち一回はアンナもいたかな。あとの一回はダールイベック夫人か、家庭教師のどちらか。
どう?中らずと雖も遠からず、ではないかな。
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ダールイベック家からの早馬が到着した。
新しい命の誕生を心からお祝いする。
なんだか赤子を前にして狼狽えるヴィルホが目に浮かぶようだ。騎士団のやつらには決して見せられない姿だよな。副団長の威厳も何も形無しだ。(今ボロボロと涙を流すヴィルホのことを思い出している。)
涙と言えば、公爵は大丈夫だったか?公爵も涙もろい方だったな。
そうか、スイーリが泣き虫なのは父親譲りだったか。アレクシーの涙は見たことがなかったな。となると、アレクシーだけがダールイベックの異端というわけだ。
祝いとはかけ離れてしまったな。
夫人にもゆっくり静養するよう伝えてほしい。ともあれおめでとう。
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今日はスラニー領内にあるルンドステン家に世話になっている。私やベンヤミン、ビルと同級だったノア=ルンドステンの生家だ。そのノアも邸で出迎えてくれた。
ルンドステン家と言えば磁器だ。磁器の工場を二つ所有していて、今日そのひとつを見てきた。
ルンドステン磁器の主力であるタイルを作っている工場で、タイルの他に洗面用のボウルなんかも作っているんだ。職人がひとつひとつに絵を描き入れていく様子は、つい時間を忘れて見入ってしまった。
明日は食器を作っている工場を見に行く予定だ。
食器部門を立ち上げたのは数年前のようで、今は王都へ進出することが目標だと言っていた。まだ職人の数が足りず少量生産だと言うが、ノアによるとかなりの自信作らしい。明日が楽しみだよ。
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予定通り、ルンドステンの新工場を見てきた。
花や鳥など、まるで絵画のように描かれているルンドステンタイルとは全く違って、絵付けをしていない食器だったよ。ルンドステンの器だから、てっきりタイルのような美しい絵を武器にしているものと思い込んでいたから、これはいい意味で裏切られた。
絵付けはしていないのだけれど、泥で模様を描いているんだ。
泥漿と呼ばれるサラサラとした泥を絞り出して模様を付けていく。これがなんとも優美で美しい。
独自の絵付けで有名な磁器は、いくつもあるからな。新しさと言う意味でもこれは目を引く。
近い将来間違いなく人気になるだろう。
マーケットのオープンと同時に王都での販売を開始したいと言っている。何人もの新人職人が訓練を重ねていたよ。私から見れば充分美しいと思うものも、職人の目から見るとまだ五、六割なのだそうだ。
厳しいな。
だが、その厳しさが価値を高め、いずれ伝統となっていくのだろうと思う。
と言うわけで、まだ商品として売り出してはいないとのことなんだ。スイーリにも見せてあげたかったけれど、彼らが納得のいく品が完成する日を楽しみに待っていてくれ。間違いなくスイーリも気に入ると思う。
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日付が変わった。五月二十四日だ。
スイーリ、十八回目の誕生日おめでとう。
今日一日スイーリはどんな誕生日を過ごすのだろう。学園ではスイーリを慕っている多くの令嬢から祝いの言葉をかけられるに違いない。その輪の中心で笑うスイーリの顔が浮かぶよ。
邸に帰れば貴女の部屋はプレゼントで埋め尽くされているかもしれないな。
ダールイベック公は明るいうちに邸へ戻るはずだし、厨房は念入りに準備していた晩餐の仕上げに忙しいことだろう。
成人を迎えるという大切な年のこの日を、一緒に祝うことが出来ないことだけが心残りだ。
けれど私の心は常にスイーリの下にいる。貴女が私の下にいると言ってくれたように。
成人おめでとうスイーリ。今年一年が輝かしい年となることを願って。
愛している。
レオ




