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愛するスイーリ


アルムグレイン領に着いた。本邸が王都寄りに位置しているため、領地に入った初日から本邸の世話になっている。

この町はスイーリを連れてきたいと強く思ったよ。スイーリが喜びそうな細工職人が数多く暮らしている。

貝の細工を任せているサディークの工房にも行ってきた。元は一人でやっていた工房だが、今は人を増やして三人態勢で貝ビーズを作っていた。サディークも今では工房長だ。三人でも追い付かないほど注文が殺到していると言っていた。


伯爵自らが案内を買って出てくれ、その後もいくつかの工房を回った。

どの工房もひとつひとつ丁寧な手作業で制作している。中でも銀細工は特に素晴らしかった。かつてアルムグレインに銀山があった名残とのことで、いくつかの細工工房が残っているそうだ。残念ながら銀山は既に枯渇し、材料となる銀は北方より買い入れているとのことだが、うん実際に見る方が早いよな。スイーリに似合いそうな髪飾りを見つけた。少し先にはなるが、手紙と一緒に送る。



**********

手紙を受け取ったよ。たくさん書いてくれてありがとう。

最初に礼を言わせてほしい。

フェルトの新たな活用法を見つけてくれたこと、感謝している。すぐに皆にスイーリの書いてくれた説明書きを見せたんだ。皆絶賛していたよ。

フェルトの絨毯は確かに温かかったが、そう頻繁に売れるものでもない。そしてスイーリが言うように貴族相手に売るものではないからな。幅広い層を相手にするマーケットでは見劣りする恐れがある。


スイーリの説明書きを明日にでもウトリオ伯爵宛に送るつもりだ。伯爵経由でフェルト工場に打診してもらおうと思う。


絨毯の製作はなかなかの重労働のようだった。

スイーリの案が採用されたら、女性の仕事先が増えるだろう。



今日は長くなりそうだ。スイーリが送ってくれた手紙に返事を書かなきゃならないからな。

本のことから書こうか。

今回同行しているものの中に、何名か記録を任せているものがいるんだ。それをまとめて形にしようとは考えている。そこに私の書いたものも載るかもしれないな。


その時はスイーリの分も用意する。並ぶ必要はないよ。



イクセルの話はソフィアからベンヤミンにも届いていたようで、あいつも大笑いしていた。いかにもイクセルらしいな。それよりも私はスイーリの言葉に驚いたよ。私のことをよく理解してくれていてありがとう。そしてイクセルに言ってやってくれ。

優勝の知らせを待っていると。


こんなことを言うとイクセルはますます無口になるのだろうが、心配ない。イクセルは本番に強い男だ。優勝は別として、実力通りの力は発揮できるに違いない。優勝は別として。



油断するとつい視察の記録めいた手紙になってしまう。そんなものでも楽しいと言ってくれるスイーリのために、また明日も様々なものを見てきたいと思う。



**********

今日は今年初めて花を見たよ。

昨日から泊まっている宿の庭先に黄色いクロッカスが咲いていた。水仙の蕾も少しずつ膨らんできていた。ダールイベックの邸にも白い水仙がたくさん植えられていたな。この手紙が届くころにはきっと満開になっているのだろうと思う。


この宿のある町は、アルムグレイン領南部で唯一の市場がある。ここから先、海岸線一帯にある町にとって生命線とも言える重要な町だ。


アルムグレインには優れた職人が多く集まっているが、元々は鉱山が主な収入源の領だったと聞いている。しかし銀はとうに枯れ、金が僅かに採掘されてはいるものの、その収入は僅かだ。


アルムグレイン伯爵は、職人を手厚く保護することで領地の安定を図っている。

銀をはじめとするさまざまな原料を伯爵家が仕入れることにより、職人達は技術を発揮することに専念できている。こう書くと当たり前のように思うかもしれないが、実はそうではない領も多いんだ。


ダールイベックは個々の職人に全ての権限を委ねている代表と言えるかな。

これはどちらが良いという話ではない。どちらにも優れている点があるからね。




**********

スイーリ、今日は海を見た。

春らしくない抜けるような青い空を反射した海はどこまでも穏やかで、皆で見たダールイベックの海を思い出させた。


アルムグレインには海岸線に二つの町がある。地図で見ると隣り合わせのように見えているのに、実際は数時間もかかった。お互いの町を行き来するのは現実的ではないようだ。


ベンヤミンが視察で回ったダールイベック領にも、なぜそこに人が住み着いたのかと疑問に思う町があった。他の町から大きく離れていて、様々な不自由さを抱えながら生活しているのだろうことが推測される。


そのダールイベックの町ほどではないが、今日回った二つの町も便利な生活とは程遠い暮らしぶりに見えた。意外だったのは、どちらも漁業の町ではなかったと言うことだ。海のすぐ側に住みながら、海と関わらない生き方を選んでいるのは何故なんだろうな。

海岸線が非常に入り組んでいるということが理由の一つなのかもしれないけれど、彼らの祖先は何故その地を選んだのか、実際に町を訪れた今も不思議に思う。


が、こうも思うんだ。

不自由だろう、不便だろうなどと思うことは我々の傲慢さなのではないかと。


全ての町に市場を置くという志は変わらない。それは必要なことだと思っている。が、その先は。



難しいな。

一方的な押し付けでは支援とは言えない。それはただの自己満足だ。

民にとっての幸せとは、幸せの形とは民の数だけあるのだと思う。王都と同じだけのものを与えることはできない。が、王都が幸せの象徴というわけでもないし、辺境で暮らすものにしか得ることの出来ない類の幸せもきっとあるのだと思う。


旅を続けながら自分なりの着地点を見つけ出そうと思う。


レオ

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