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『スイーリ こちらはジェネット=ダンメルス公爵だ』


グリコス一行が到着した五日後のこと。私達は今四人で晩餐のテーブルを囲んでいる。

「改めましてジェネット=ダンメルスです ダールイベック嬢あなたにとてもお会いしたいと思っていました 以前はあなたに随分と不快な思いをさせてしまったわ なのにこうして会ってくれてありがとう」


「ダンメルス公爵 ようこそステファンマルクへ 再会を待ちわびておりました」



~スイーリに、ジェネットの叙爵の話は先に伝えてあった。驚きと同時に彼女の勇気を心から称えていた。

「レオ様からお聞きしていましたグリコスの内情を考えると 想像が及びもつかないほどの努力をなされたのでしょうね 同じ女性として心から尊敬します」と。

『そうだな 彼女は確実にグリコスの歴史に名を遺す偉業を成し遂げた いやこれからも成し続けるのだろうな』~



「ダールイベック嬢 よければ私のことはジェネットと呼んでください ダンメルスと呼んでいただくのは大変嬉しいのですが あなたとはもっと親しくさせていただけたらと思っているの」

ジェネットは少し照れたような表情を浮かべながら、スイーリに笑いかける。こんな日が来ると、あの時想像できたものがいるだろうか。


「光栄です ジェネット様 どうか私のこともスイーリと」

「ええ ありがとうスイーリ様」



そしてこの場にはもう一人。

その話も数日前に遡り、少しだけ説明しようか。



鳶尾宮に滞在しているジェネットと、昼食を共にした時のことだ。

『長旅の疲れは癒えてきただろうか?』

「ええおかげさまで

王太子宮への滞在を許可して下さってありがとう 以前泊まった宮も大変素晴らしかったけれど この宮は温かみがあってとても落ち着くわ」


嬉しいことを言ってくれる。長期の滞在になることだし、ぽつんと一人で過ごすよりもここの方がいいのではと思っての提案だったが、ジェネットが満足してくれて何よりだ。


「ここは飯も旨いんですよ 俺もやっと戻ってこれてこれ()が嬉しくて」

「ふふ ノシュール卿はどちらかへ行かれていたの?」

調子のいいやつだ。自ら望んで本宮へ研修へ行っていたと言うのに。まいっか、自分の宮を褒められるのは悪い気がしない。



『ダンメルス公 明日の夜スイーリが来る よければ夕食を共にしないか』

ジェネットの顔が更にぱあっと明るくなった。つくづく去年の夏とは別人のようだなと思う。あの時の彼女の心情を思えば今が普通の状態なのだろうけれど。


「嬉しいわ 是非ご一緒させて下さい」


『うん そこでひとつ提案なのだが』

「何かしら?」


『オルソン卿も招待したいと思う』


その名を出した途端、ジェネットはわかりやすく狼狽えた。

「な なぜドミ...オルソン卿を?彼は護衛騎士よ?」


頬が真っ赤になっている自覚はあるか?ジェネット。

『私の勘違いなら謝る』



「あ・・・謝る必要はないわ」

両手で頬を押さえて下を向いてしまったジェネットから視線をベンヤミンに移すと、ベンヤミンもニヤニヤと笑っていた。


「どうしてお気づきになったの?」

『どうして か・・・』

再び私の視線はベンヤミンへと向く。


「鈍感なレオが気づいたのですから 気がついていないやつはいないと思いますよ」

『私は鈍感ではない』


くすっと笑いながら顔を上げたジェネットが話し始めた。

「ドミは私が幼い頃からずっと側にいてくれたの 最初は兄のような存在だったのだと思うわ いつからその気持ちに変化があったのかは自分でもわからないの 一番大切な人よ」

『そうか』


婚約者との結婚を取りやめて、叙爵と言う形で王家を離れることにはなったが、護衛騎士との結婚となると話は別だ。解決せねばならない問題がいくつもあることだろう。二人がそれに立ち向かうつもりでいるのかわからない今、うかつなことも言えないが。


「フィッセル卿のお孫さんが婚約者だったのですね」

おいベンヤミン、それを今ここで言うのか。


が、ジェネットは別段気にもしていない様子だ。まるで天気の話でもしているかのように淡々としている。

「あら あのご老人はそんなことも話したのね そうなの

でもね 私達の婚約破棄は誰もが幸せになれる唯一の選択だったのよ」

ベンヤミンと私は、三たびお互いの顔を見ては首を捻ることになった。


「ふふ 知りたい?知りたいって顔に出ているわよノシュール卿」

「伺ってもいいみたいですね」


「彼と私の妹リサは お互いを想い合っているの 二人は年も近いし幼馴染みたいなものだったのよ」

驚いた。

妹もれっきとした王女だと言うのに、無理やり姉と結ばせようとしていたのか。


「あなた達なら驚くのでしょうね でもグリコスではさほど珍しい話ではないわ もしも私が妹だったならリサが選ばれていた ただそれだけのことなのよ」



『あなたの勇気が四人の人生を大きく変えたんだな』

「結果的に ね

私だけが幸せになるわけにはいかないもの リサにも掴ませてあげたいわ 私と同じ幸せを」



というわけで、ジェネットの隣には晴れてオルソン卿が座っている。

正装に身を包み、元王女の隣に並ぶ姿は大変様になっていると思う。


「この素晴らしい再会のひと時に同席させていただく栄誉を賜ったこと 切に感謝申し上げます」

口調が恐ろしく硬いのは、まあ仕方ないか。


『オルソン卿 私はあなたとの再会も心待ちにしていた 会えて嬉しいよ』

「過分なお言葉恐悦至極に存じます」


・・・ああわかった。このどうしようもなく堅苦しい言葉遣いに、どこか既視感があったのは。


トローゲンの邸で働く七名の使用人の顔が浮かんだ。少しばかり特殊なあの使用人たちのことが。

こういうタイプは揶揄っても無駄だ。自分の言葉が硬すぎる自覚がまるでないからな。

それにオルソン卿は、言葉こそ硬いが異様に萎縮したり、媚びてみせたりはしない。その点は初めて会った時から好意的に感じていた。



食事が進み、ジェネットの頬もグラスの中のワインの色に近づいてきた。

「スイーリ様はよくレオ殿下とお食事はなさるの?」


スイーリがフォークを置いて答えようとする前に、ジェネットが再び話し出す。

「私はね ドミと今日初めて一緒に食事をしたのよ 家族の誰とよりも長い時間を過ごしてきたけれど こんな時が来るとは思っていなかったわ ドミ あなたは想像したことがあって?」


「ドミとは一緒に出掛けることもあったわ でもいつもあなたは私の後ろにいて話しかけてさえくれなかった これからは隣を歩いてほしいの」


それまで黙々とナイフとフォークを動かし、聞き役に徹していたオルソン卿が息が止まったように硬直している。



「ひ 姫様 王太子殿下とご婚約者様の前でございます」

自分の耳を疑うほど、弱々しく狼狽えた声だ。あの毅然とした誇り高き騎士のオルソン卿はどこに消えてしまったんだ。いや、それより私とスイーリは完全に邪魔者ではないのか?いいのか、この場にいても。


「もう姫ではないと言っているでしょう? それにお二人の前だから話しているのよドミ 安心して私は酔ってはいないわ でもお水をいただけるかしら」

とりあえずは私達がいることは忘れていないようでよかった。新しくグラスに注がれた水を一口飲むと、ジェネットは続けた。


「レオ殿下とスイーリ様が聞いて下さっているのですもの 逃げずにちゃんと向き合ってちょうだい

私はあなたと生きていきたいのよ ドミニクス」

オルソン卿を見つめるジェネットの瞳はどこまでも優しい。




「はい 私の生涯はジェネット様のものです 命ある限りお側に」

誠実な、彼らしい言葉だった。


「今はそれで許してあげる」

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