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今年もこの日がやってきた。

学園生によるクリスマスコンサートだ。そのため今日は王宮で働く官僚達も休暇を取っていたり、仕事を早めに切り上げたりする。私も一日休暇だ。



コートを羽織り、マフラーを巻く。

手袋を掴んで私室を出た。


今日はコンサートの前に、スイーリとクリスマスマーケットを回る約束をしている。

扉の先では四名の護衛が待っていた。白い騎士服の上に羽織っているのも白いコートで、これは雑踏の中でもさぞかし目立つだろう。今年からは彼らも私服で警護する必要がなくなったからな。


もう、町娘の姿をしたスイーリに会えないことを少し残念に思う。

長い廊下を歩く間、初めて二人で出掛けたクリスマスマーケットのことを思い出していた。


スイーリはあの日、赤いコートを選んだんだよな。ワンピースの柄までよく憶えている。そしてノシュールで買ってきた毛糸のミトンを、嬉しそうに何度も眺めていたっけ。



あれから六年、か。買い食いをしながらショコラショーを飲んで、オーナメントを選び、互いにささやかな贈り物をしあう。そんな王都のそこら中にあるクリスマスを過ごしてきた。

今年はどんな一日になるだろうな。


いやきっとそう変わることはないはずだ。変わるのは外見だけで、それを楽しんできた私達は何も変わっていないのだから。

スイーリが串焼きを食べたいと言えば、一緒に食おう。行列に並び、冷えた指先をショコラで温めながら来年の話をしよう。



「いってらっしゃいませレオ様」

「よい休日をお過ごしください」

ロニーとビルに見送られて馬車に乗り込んだ。二人もこの後は各々の家族と合流してコンサートへ向かうらしい。


『行ってくる 後程ホールで会おう』



馬車がダールイベック邸の門を通過する。丁寧に雪かきされた路を馬車は静かに進んで行く。

カタリと言う音を最後に馬車が停まった。外から扉が開かれ、一旦外へ出ようとしたところ、目の前にスイーリが立っていた。

「レオ様おはようございます お待ちしておりました」

『おはようスイーリ ここで待っていたのか?寒かっただろうに』

スイーリの頬は寒さからなのかバラ色に染まっていた。


「いいえレオ様 門を通過したと兄さ―騎士の方が知らせに来て下さったのです」

スイーリは途中で言い直したが、アレクシーが気を利かせたらしい。

『そうか 早速出発しようか』

「はい」

スイーリの手を取り、馬車へと戻った。足元には熱した石がいくつも入った箱が置いてあり暖かい。


今日のスイーリは淡い藤色のコートを羽織り、白い帽子とマフラーをしている。

どんな色だろうとスイーリには似合うが、中でも紫は格別に彼女の魅力を引き出す色だ。今日のコートのような白のように淡い紫は、彼女の白い肌を引き立て、瞳をより美しく輝かせる。綺麗だよスイーリ。


「レオ様 初めて拝見するお色のコートですね とてもお似合いです」

しまった、つい見とれていて先を越されてしまった。私のことなどどうでもいいんだよスイーリ。


『ありがとう 私も今スイーリのコートがよく似合っているなと思っていたんだ』

「ふふ 嬉しいです ありがとうございますレオ様」


この冬の王都はダークブラウンが流行だと聞いた。それでこの色を選んだんだ。雑踏に紛れてしまっても見失うことがないように。


ということをスイーリに説明すると、彼女はクスクスと笑った。

「レオ様がどんなお色を身に着けていらしても 護衛の方達が見失うことはないと思いますわ」


『そうだろうか アレクシー達に余計な仕事をさせないためにも そうだと助かるよ』

まだニコニコとスイーリは笑っているが、私も多少は実感している。


止まったと思っていた身長が、あれから少しだけ伸びた。王宮内を見回しても、私より背の高いものは数人程度だろう。そしてこの髪色をしている限り、余程のことがなければ私の居場所はわかるはずだ。



そう、そうなんだ。設定されていたはずの身長は、さらに成長したことであっさり覆された。

スイーリの記憶が間違っているはずはないのだから、ゲームの設定そのものが根拠のないいい加減なものだったということになる。今となってはどうでもいいことだけれどな。


ゲームで描かれていたのは去年の一年間だった。それが過ぎた今、私達がその話をすることもすっかりなくなった。もう何かに縛られることもない。未来は完全に自由だ。



『今日はどうやって過ごそうか』

もうじきマーケットに到着だ。コンサートが始まるまではたっぷりと時間がある。


「今年もブランダさんが出店しているそうなのです」

『そうか ではショコラショーはブランダで決まりだな』

スイーリも気に入っている八番街の人気カフェは、去年からクリスマスマーケットに出店を始めた。貴族相手のカフェらしい凝ったショコラショーを提供していて、瞬く間に名物店入りしたらしい。


「ふふ ありがとうございます 楽しみですね それからオーナメントも探しましょうね 今年はどんなものにしようかしら」

スイーリも何も変わっていない。今日一日は、王都のそこかしこに溢れている幸せな恋人の時間を過ごそう。



----------

二杯のショコラショーを受け取って空いているテーブルを目指す。

これだけの人が出ているのに、ぽっかりと空いた席があることが偶然ではないことはわかるけれど、ここは遠慮なく使うことにしよう。不必要な遠慮は時に混乱を生む。


『はいスイーリ 気を付けて』

こぼれそうなほどベリーの砂糖漬けが乗ったカップを手渡す。

「ありがとうございます ベリーがこんなにたくさん!」

両手でカップを持ち、ニッコリと笑うスイーリに自分のカップを近づけた。


『今年も無事この日を迎えられたことに乾杯』

「乾杯 素晴らしい一年をありがとうございました」

まだ温かいショコラを一口飲む。クリスマスの味だ。


「美味しいですね レオ様 今年もいただけてよかったですね」

スイーリは満面の笑みを浮かべながら、カップの中のベリーをスプーンでくるくると回している。


「レオ様 私がどうしてショコラショーを大好きになったのかご存知ですか?」

不意打ちで難しい質問が飛んできた。好きな理由?ショコラ好きだから、ではなく?


『難しいな 考えたことがなかった おしえて?』

「ふふ 思い出の味だからです レオ様と初めて二人で出掛けたのがここでしたから」

言い終わると再び両手でカップを持ち上げて、もう熱くはないはずのショコラショーにふうふうと息をかけている。それは照れ隠しか?たまらないな。


『そうだったな 今朝私もあの日のことを思い出していたんだ 懐かしいな』

「はい どの年もしっかり記憶に残っていますが 初めての年は特別です あの日レオ様に買っていただいたクリスタルの猫 今も大切に飾っているのですよ」


最初の年はクリスタルの置物を交換した。それぞれが好きな動物を選んで贈り合ったのだ。

『私の部屋にもスイーリが選んでくれた小鳥の置物が飾ってある 大切にしているよ』


「嬉しいー嬉しいです 今年も素敵なものを見つけましょうね」

『うん じっくり見て回ろう じゃそろそろ行こうか』

「はい!」



しばらくは人波に流されるまま立ち並ぶ店を眺めながら歩いた。とりとめもない話をしつつ、時には笑い合いながら。

バルトシュは今年も店を出していた。一年前に貝の加工を頼んだ時は、こんな付き合いになるとは思っていなかったな。


『元気にしていたか?バルトシュ』

店内には彼の作る美しいガラスビーズが所狭しと煌めいていた。


「殿下!ダールイベック様も ようこそお越しくださいました」

「お久しぶりですね バルトシュさん」

バルトシュの小さな店の中は、文字通り七色に輝いていた。キラキラと光るビーズが、色のない季節を華やかに彩る。


スイーリが真剣な目でビーズを選び始めた。

「私もビーズを使った刺繍をしてみたいと思いまして

バルトシュさん このビーズに合うものをいくつか選んでいただけますか?」


バルトシュがビーズの説明をしながら、さらさらと袋にビーズを詰めていく。そうしていくつもの袋が並んだ。


(結構重いんだな)

ビーズを受け取って店を出た。ひとつひとつは小さな袋なのに、それはなかなかずっしりとしていた。

令嬢のドレスも思っていたよりずっと重いのだろうな。



『スイーリは熱心だな これは何を作るんだ?』

器用なスイーリのことだから、ビーズの刺繍にもすぐ慣れるに違いない。根を詰めすぎないといいけれど。

「ふふ ナイショです 無事完成できたら見て下さいね」

『ああ楽しみにしてる』



一通りマーケットを回ったが、それでも少し時間に余裕がありそうだ。

『まだコンサートには早いな 温かいものでも飲みに行こうか』

「そうですね 今年もじっくり見て回れましたね 楽しかった」


楽しんでくれて私も嬉しいよ。串焼き屋の店主はスイーリを見て驚いていたな。余程嬉しかったのか、特大の肉を刺した串を渡してきたのにはスイーリも笑っていたけれど。


そんな余韻に浸りながら、馬車に戻り八番街へ向かった。今日はここも普段以上に賑わっている。



『どこか行きたい店はある?』

「今日は甘いものもたくさん頂きましたし コーヒーを頂きに行くのはどうでしょう?」

珍しいな。いやスイーリがコーヒーを飲むところを今まで見たことがあっただろうか?


『わかった そうしようか』

時折コーヒー目当てで訪れているカフェを目指した。スイーリとも何度も訪れているが、その店で彼女が頼むものはいつも紅茶だ。


暖かい店内に入るとコートを脱いだ。スイーリの襟元には彼女の瞳と同じ色をした石が輝いている。

夏の終わりに二人で選んだ石だ。このブローチが完成したと聞いたのは今月の最初の頃だったか。それから会う度につけてくれている。


コーヒーとカフェオレを頼んで一息ついた。他にもコーヒーを出す店はあるが、この店がダントツに旨い。スイーリはミルクのたっぷりと入ったカフェオレに、砂糖を二杯入れて口をつけた。

「美味しい! レオ様は普段からコーヒーをよく飲まれるのですか?」


『いや この店に来た時だけだよ』

なんだか以前にも同じような会話をした気がする。デニスと来た時だっけ。


「そうなのですね」

うんうんと頷きながらニコニコしている。何を思っているのだろう。こんな顔をしている時は尋ねたところでおしえてくれないんだよな。



そこで、はっと思い出したようにカップを置いたスイーリが、意外な話を始めた。


「先日イクセル様からとても驚くことを聞いたんです イクセル様の身長は175cmではないのですって」

スイーリは目を丸くして興奮気味に話すが、どこに驚く要素があるのかまるでわからない。


『そうか イクセルもまだ成長してたんだな』

無難な返事を返したつもりだったのに、スイーリはますます興奮したように見える。


「イクセル様も と仰ると言うことは どなたか他にもいらっしゃるのですね?」

『あ ああ・・・他のやつはわからないが私は数cm伸びたよ』


不思議なものだ。たまたま自分の背が伸びたことを思い出したその日に、スイーリから同じ話をされるとは。


「まあ!そうなのですか!レオ様は身長が伸びたのですね!けれどイクセル様は反対なんです 173cmなのですって 私とても驚いてしまって」


ごめんスイーリ。イクセルの背が思っていたより低かったところで、やはり私には驚く理由が見当たらないのだが。


そんな気持ちが伝わったのか、スイーリは申し訳なさそうに少し眉を下げた。

「イクセル様の身長は175cmと書かれていたんです もう関係のないことですのにいまだに気にしてしまって」



ああ!


そういうことか。自分以外の人物にも設定があると言うことを全く考えていなかった。そうだよな、何人いるのかは知らないが、それぞれの特徴を記した説明書きのようなものがあったのだろう。


『そうか・・・私の場合物語の期間が過ぎたから 背が伸びたことも気にならなかったが 設定より低いと言うのは妙な話だな』

「そうなのです けれどレオ様のお好きなものも何一つ当たっていませんでしたし 他にもゲームの設定と違うことはたくさんあるのかもしれませんね」

『うん』


頷きはしたものの、何か腑に落ちない。もやもやとしたものの正体が何なのかがわからないのももどかしい。しかしいずれにせよ過ぎたことだ。


『スイーリは気になる?』

「イクセル様のことを知った時は少し考えてしまいましたが・・・」



『ここはスイーリの知る世界なのかもしれないが ここで生きる私達は生身の人間だ 誰かの決めた型通りに進む方が不自然だとは思わないか?第一私達が最初に型からはみ出してみせたじゃないか』

スイーリの読んだ通りの世界ならば、私達が愛し合うことはなかったんだ。どうかそのことを忘れないでほしい。


スイーリの瞳から不安の影が消えた。

「そうですね 私ったら何を心配していたのかしら レオ様 変な話をしてごめんなさい」

『いや 話してくれて嬉しかったよ どんな些細なことでも二人で解決していこう』


何度と振り回されてきた忌々しい設定なるものが、いまだ私達の周りを付きまとっていることに苛立った。全くいつまでかき回すつもりだ。



『そろそろ行こうか 設定より少しだけ小さかったイクセルの演奏を聴きに』

スイーリも微笑みながら返す。

「はい 私達の大切なお友達の演奏を聴きに行きましょう」

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