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グリコス使節団が帰国の途についた。会談で取り交わした書簡を携えて。

私にできるのはここまでだ。後はジェネット、いや国王次第だろう。



今回のことで推測したことがある。意外と言ってはなんだが、グリコスは想像以上に女性の地位が弱い国なのかもしれない。あれほど傍若無人に振舞っていたジェネットも、自国では思うほど自由な立場ではないようだった。さらに今回の件だ。


初代女王を神聖視している国だから、てっきり女性の立場が確立しているものとばかり思っていたが、おそらくそんな単純な話ではないのだろうな。


ジェネットはまもなく王族からは離れるが、グリコスでただ一人、ステファンマルク王太子の友人という立場を存分に利用すればいいと思う。王太子となった今、私の名前にはそれだけの価値がある。


願わくば再びこの地で友と再会したいと思う。彼女の最大の理解者であるあの護衛騎士と共に。




雪かきが済んだ裏庭の道を、ビルと共に歩く。

今朝本宮に向かう時はまだ雪が降っていたが、今はすっかりと晴れた。冬特有の薄い日差しが降り積もった雪をキラキラと反射させている。


『今年は雪が少ないな』

「そうですね 去年のこの時期はかなり積もっていましたから」



去年、か。

気がつけばあれから一年が過ぎた。幸いなことに後遺症もなく、すっかり健康な体を取り戻した私は、この一年風邪すらひいていない。となると、一年どころか遠い昔の出来事のように感じてしまうのだが、かと言って決して忘れ去ることができるものでもなかった。


皆にも誓ったが、私自身二度と経験したいことではない。抱えるものも更に大きくなった。

以前は面倒で拒否していた医者の診察も、ほぼ毎朝受けている。まあ医者が健康だと公認していれば、何かと都合がいいからな。



執務室へ戻る前に、手前の部屋の扉を叩く。中から声がしたのでノブを回して扉を開けた。

『戻った』

「おう 今行くよ」


さすがに私が不在の間は、ベンヤミンも自分の執務室を使うのだ。

最初の頃はたいして気にも留めず、まっすぐ自分の執務室へ戻っていたのだが、ある時しびれを切らしたベンヤミンに抗議された。


「なんでいつも戻って来たこと知らせてくれないんだよ」

悪いのは私か?

納得は行かなかったが、ロニーはクククと笑うし、ビルですらニンマリと頬を緩めていたので、それ以来こうしてベンヤミンに報告するようになったのだ。



何冊かの本と書類を持ったベンヤミンが、数分とかからずやってくる。

「今朝は裁判だって言ってたよな 早かったな」

『ああ 2件だけだったからな』


ベンヤミンが裁判に呼ばれることはない。そして今はまだ会議への参加権もないため、個人的な用事がある時以外は本宮へ行くことがないのだ。


『とんだ回り道になったが 本来の政務に戻ろうか』

「おう!」


予定にはなかったグリコスの一件で、ここしばらく様々な政務が滞っていた。年内に済ませておきたいことがいくつも残っている。



定期船関連の業務はベンヤミンに一任することにした。私は直轄地の精査と並行して視察の最終準備だ。

互いに溜まった書類を黙々と処理していく。



「今さ ダールイベックの港に着く荷の勉強をしてるんだ 定期船には輸入品も数多く載せることになるからな」

『そうか』


近隣諸国の船が着くのがダールイベックの港だ。定期船事業の取引を担当するものを港に置く必要があるな。それと、ベンヤミンも独学では効率が悪い。専門知識を持つものに付いて学ぶ方がよいのではないか。

うん、それなら早い方がいいな。


『ベンヤミン しばらく本宮へ行かないか?』

返ってきたのはぽかんと気の抜けた顔だった。


「この資料読み終わったら返しに行くぜ でもあと二日は欲しいな」

そうだよな。済まない今のは私の言葉足らずだ。


『食糧農水産業の担当部署へ研修に行ってはどうかと思ったんだが 言葉が足りず悪かった』

今度は理解してくれただろうと、ベンヤミンの反応を待つ。言葉よりも先に、表情が答えを知らせてくれた。


「本当か?いいの?行きたい!行っていい?」

『ああ 明日にでも話を通してくる 年明けからでどうだ?』

「ありがとうレオ!俺行ってくるよ」


官僚でベンヤミン=ノシュールの名を知らぬものは、恐らくいないだろう。しかしその名について彼らが知るのは“宰相の息子” “ノシュール公爵家の令息”程度にすぎない。

この先ベンヤミンが一人の官僚として存在感を示すためにも、本宮のもの達にまず顔を憶えさせることが重要だ。

本宮への研修はそれも兼ねられて都合がよい。何より本人が望んでくれてよかった。


『頼んだぞ』

「うん しっかり学んでくるぜ」



あっ!とベンヤミンが小さな声を上げる。

「この執務机残しておいてくれるよな?これ俺の机だからさ」


『わかった そのままにしておく』

気になるのはそこかと揶揄いたくなったものの、大真面目な顔をしているため既のところで言葉を変えた。それを聞いて安心したのか、ベンヤミンは再びペンを取り視線を落とす。

変なやつだな。




そこへ新たな手紙が届けられた。王宮宛の手紙は、本宮で仕分けされてから、こうして日に何度か届けられる。その中に見慣れた文字の封筒があった。

早速封を切って中身を取り出す。


~レオ 学園からの招待状はもう届いているよね。今年のクリスマスコンサートの詳細が決まったよ。

僕の本科生最後のコンサートだ。期待しててね。


『クリスマスか もうそんな時期だったな』

窓の外を見れば、そこは既に一面の銀世界だ。



「おう 今年もあとひと月を切ったぜ 早いよな」

ペンを置き、んーと伸びをしたベンヤミンが返す。


『ああ 早かった』



『イクセルからだ』

封筒をつまんでひらひらと振ってみせる。そこにはベンヤミンも見慣れているベーン家の封蝋が押してあった。


「クリスマスコンサートか それじゃ俺達は慰労会の準備でもしとかなきゃな」

コンサート後、イクセルのための茶会を開くこともすっかり恒例となっている。


『そうだな』

「よし!今年はうちでやろうぜ いい?」

『任せる』

「明日の朝には皆に招待状を送っておくよ」

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