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「レオ!俺選ばれたんだぜ いやー楽しみだわ 絶対いいところ見せるからな」
早朝の鍛錬に向かう間、アレクシーはずっとこの調子だった。
『期待してるよ』
「おう!」
三日後に、グリコス視察団の同行騎士との合同訓練が行われるのだ。
提案者はゲイルで、騎士の親善交流が主な目的だ。
若手を中心に選抜を行い、新人アレクシーは見事参加の資格を得たということらしい。
「というわけだからさ 今日は全力でいくぜ」
『なんだ また手を抜いていたのか?職務怠慢だな』
切先を喉元に突きつけニヤリと笑うと、アレクシーは慌てて後ろへ飛びのいた。
「なっ!そういうわけじゃない 言葉の綾だよ わかるだろ?」
『さあな さて今朝は給料に見合う鍛錬をしてくれるのだろうな』
「おい!今は勤務時間外だ!」
言葉通り開始早々から激しく打ち込んでくるアレクシーと鍛錬を続ける。こんな時は少しばかりアレクシーのことが羨ましい。
そのうち、いつもは二人きりの鍛錬場にぽつりぽつりと人が増えてきた。どうやら皆模擬戦の参加者らしい。模擬戦と言えど、他国の騎士と刃を交えるのは全ての騎士にとって初めてのことだ。
ちらと横目で見ただけですら、どの顔も昂揚しているのがわかる。
だが彼らは一向に鍛錬を始めるそぶりがなかった。
身体をほぐすでもなく背筋を伸ばしたまま、ただ一列に並んでいる。
何しているんだ、せっかく早朝に起き出してきたのに時間を無駄にする気か?
知っているだろう?時間は有限だ。
・・・・・
強く踏み込んできたアレクシーの一撃を、剣を盾に両手で受け止めた。
『少し待っててくれ』
つーと滴り落ちた汗を袖で拭って振り返る。
言葉を発しようとしたその前に、一斉に声が飛んできた。
「お早うございます」「殿下お早うございます」「我々も鍛錬場をお借りいたします」
一列に並んだ騎士達が一斉に敬礼する。
『お早う 貸し切りではないからな 気遣い不要だ 時間を大事にしろ』
用件は伝えた。ぽかんとしている騎士達を放って鍛錬に戻る。
本宮時代から馴染みの騎士らは、私が側で鍛錬していることにも慣れているはずだから、今ここにいるのは特に若いやつらなのだろう。
『待たせたな 続きをやろう』
「承知しました」
再び対峙したアレクシーは騎士の顔をしていた。仕方ない、周囲にこれだけいてはな。
周りのもの達も徐々に動き始め、瞬く間に鍛錬場全体が熱気に包まれていった。
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「これよりステファンマルク・グリコスの親善御前試合を開催する」
ゲイルの宣言で模擬戦が始まった。
観覧席、私の隣には第二騎士団副団長のヴィルホも座っている。
最初は二十四名対二十四名の団体戦だ。
アレクシーの姿も見えた。この日のアレクシーは皆と同じ第二の紺色の騎士服を着ている。個人戦に出場するジェフリーも同じく紺色の騎士服を着ていた。
「よい経験になりますね 本宮のやつらも羨んでおりました」
『そうだな 他国の騎士との訓練はそうそうあることではないものな』
「代表して私が しっかりとグリコスの戦術を学んで帰ります」
言い終わるや否やヴィルホの顔には笑みがこぼれる。つられて私も、そしてベンヤミンも頬を緩めた。
いや決してグリコスの騎士を馬鹿にしているわけではない。むしろ常に隣国の脅威に晒されているグリコスの騎士は、厳しい鍛錬を日々積み重ねているに違いないからな。生まれた時からぬるま湯の中で暮らしてきたステファンマルクの人間にとってそれは、決して推し量ることは出来ないだろう。もちろん私も含めて。
休憩を挟み、模擬戦は夕方まで続いた。
団体戦はステファンマルクが制し、白熱した個人戦はグリコスの騎士が優勝を飾った。
この後は慰労を兼ねた晩餐会だ。
晩餐まではまだ時間があるため、一度執務室へ戻る。
「たまにはこういう日があってもいいもんだな ここんとこ何というかギクシャクしちまってたからさ」
『そうだな 騎士たちはすっかり打ち解けあっていたようだった』
今頃はサウナで一汗かいている頃だろう。騎士はいい。己の持てる力を出し切りお互いを称え合う。
「見てるだけじゃ物足りなかっただろう レオも本当は出たかったんじゃないのか?」
『どうだろうな』
ベンヤミンの問いに曖昧な返事を返す。
「晩餐に爺さんは来ないんだろ?」
『ああ 大使らは今日もあちこち回ってるらしいからな』
コルペラ卿が大使を引き受けてくれたため、私達は騎士の晩餐会へ参加する。
侍女が時間を告げに来た。騎士らも着替えを済ませて既に集まっているらしい。
『待たせるわけにはいかない 行こう』
ビルが剣を一本持って後に続く。ベンヤミン、ロニー、そして模擬戦には参加しなかったゲイルとヨアヒムと共に会場のホールへと急いだ。
長い晩餐テーブルが四列、卓上には既に多くの料理が並んでいる。それぞれのテーブルには向かい合わせでステファンマルクとグリコスの騎士が並んでいるようだ。
その一番奥にある小さなテーブルに案内された。用意されている席は五席。先に着いていたヴィルホが立ち上がって深く敬礼する。ヴィルホの隣にはゲイルが、そして向かい側にはヨアヒムとベンヤミンが座った。
グラスにシャンパンが注がれ準備が整った。グラスを片手に立ち上がる。
『今日は見事な試合を見せてもらった 互いの健闘を称え合い 今宵は旨い酒を酌み交わしてほしい』
「乾杯」「「乾杯」」
料理を取り分ける音や、グラスを合わせる音に混じって楽しげな声も聞こえてくる。その様子に満足しつつグラスを傾けた。
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宴もたけなわと言った頃合いでゲイルが立ち上がった。ほろ酔い顔で談笑していた騎士達も揃ってグラスを置き、こちらを見る。
「個人戦優勝者に殿下より褒章が賜れる オルソン卿」
個人戦の覇者はジェネットの護衛騎士、ドミニクス=オルソンだった。すっと立ち上がり前方へ歩み出る。
『卿の振るう剣は大変美しく グリコスの騎士の誇りを感じた 敬意を表しこれを贈る』
所蔵する剣の中から一本を用意した。ステファンマルクで打たれた、どこに出しても恥ずかしくない名剣だ。ビルに手渡すと、一歩下がって両手で掲げた。
オルソン卿が右膝をついて首を垂れる。
「ありがたき幸せに存じます」
『後で届けさせる』
他にいくつかの褒章を書き連ねた目録を手渡した。
『必ず持ち帰ってくれ』
小声でそう囁くと、目録を掴む手に力が入ったのが分かった。
「かしこまりました」
「ここでお開きだ 飲み足りないものはこのまま続けて構わないと殿下よりお許しがあった」
ゲイルの最後の言葉は地鳴りのような歓声に揉み消されてしまった。サウナと酒は騎士の必需品だな。
「レオはどうするんだ?」
『私はここで失礼する ベンヤミンも向こうに混ざってきてはどうだ?」
束の間考えるそぶりを見せたベンヤミンだったが、振り向いた時にはすっと表情が消えていた。
「いや 俺も帰るわ 明日出仕できなくなったら困るからな」




