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ベンヤミンが視察に向かってひと月が過ぎた。

このひと月の間に季節はさらに進み、王都は今秋真っただ中だ。


先程届けられたばかりの手紙の中の一通を読み終える。


「よい便りだったようでございますね」

『そう だな』

読み終えた手紙を封筒の中へ戻している時、ロニーが茶を運んできた。

『近いうちにグリコスから使節団が来るようだ』


その手紙はグリコス第一王女・ジェネットからのものだった。

グリコスから初めて届いたこの手紙は、何枚もの便箋が重なった長い長い手紙だった。


ジェネットは帰国後、早速国王と直接話し合ったらしい。

グリコスの資源とその活用の仕方。限りある土地の運用について。私から職人の技術留学の提案を受けたことも含め、初めて二人きりで長時間語り合ったとのことだ。

その結果使節団を派遣することが正式に決まったと言う。彼女自ら大使に名乗りを上げたそうで、文面からも希望に満ち溢れている様子がよくわかった。



~何を学びに行かせるか、それを決めるのが難しくもあり楽しくもあるわ。私は装飾の美しい家具はどうかと考えているの。もちろん留学させる職人たちの希望も聞いて一緒に考えていくつもりよ。

その前にまずは視察ね。こんなにも早く再びステファンマルクを訪れる機会が巡って来るとは思わなかったわ。職人の暮らす領地まで出向くことは難しいかもしれない。けれど王都で沢山の店を回ろうと思うの。家具や楽器だけではなく、様々な美しいものに触れたいわ。

それから今回の視察が成功したら、もう一つ叶えたいことができたの。これは直接お会いした時に聞いて頂きたいと思うわ。その時はどうか笑わないで聞いてほしいの。きっとあなたなら真剣に聞いてくれると信じてもいるわ。




グリコスは変わる。王族と民が手を取り合い国を豊かにする。グリコスだから可能なことだ。いずれは友好国も増えることだろう。ステファンマルクも例外ではない。現王の時代には難しくとも次の代にはきっと。



『陛下にもお伝えしなくてはな 近々本宮に飯でも食いに行くか』

執務中にお時間を頂いて報告せずともいいだろう。暫く母上にもお会いしていない。小言を言われる前に顔を出すいい機会だ。


「今から本宮へ出向きますので お二人のご予定を確認して参ります」

『ああ ロニー頼んだ』




二つの造船所からも返信が届いていた。

どちらも問題なく話は進んでいる。

運河以降造船業は大変な賑わいだそうだ。そうだよな、もうじきダールイベックの港へも繋がるんだ。休む暇もないほど忙しいことだろう。だが、時期としては悪くないはずだ。運河のために発注した船はそろそろ完成が近づいているだろうからな。


予想通り完成までには三年から五年かかるそうだ。ひとまずは海路の目途は立った。次は陸路、内陸部の調査だ。必要があれば来年の視察時に立ち寄れるよう今のうちに確認を済ませたい。


南部の湾岸地域だけで十五もの町に市場がなかったんだ。国全体で一体どれほどの町が不便な暮らしをしているのか・・・気が遠くなりそうだ。必要なもの、珍しいものも簡単に手に入る王都との格差を改めて感じた。


が、内陸部は湾岸地域以上に領主との兼ね合いがある。海路とは別の問題も多い。場合によっては海路以上に時間がかかるかもしれない。



この国もまだまだ変わることが出来る。

ベンヤミンと共に改革を進めていく過程で、彼の功績が認められるといい。それが今の私に出来る精一杯の支援だ。



漁師町の代官、コルペラ卿からも報告が届いていた。邸の修理も終わり、早速第一の騎士が移ってきたそうだ。ロニーが送った使用人も無事到着し、仕事に就いたとある。

ロニーは計画通り二組の夫婦を採用した。ゆくゆくは宿に移り、あの町で長く働いてもらうことになるもの達だ。早くあの町に馴染んでくれるといいがな。



最後に手にした手紙は、すっかり見慣れた文字だった。差出人の名前はベンヤミン=ノシュール。視察先から送ってくれたのか。下になっていて気がつくのが遅れた。問題が起こったのでなければいいが。


急いで封を切り手紙を広げた。




~レオ、代官の邸が見違えるほど明るくなっていたぞ。夕焼け空のようなオレンジだ。もうこれでいつレオが来ても不愉快な思いをすることはないな。


・・・とりあえず緊急事態ではなさそうだ。

長い付き合いのベンヤミンだが、手紙をもらったのは初めてだ。手紙でもあいつは変わらないな。



その後には例の二人組、ネリーとクラーラに見つかり大騒ぎになったことや、その日の夕食の献立などが書かれていた。視察の件に関しては何一つ触れていない。


『ベンヤミンからの手紙だ』

ロニーとビルはさっとこちらを見た。

「問題ごとでもございましたか?」「トラブルでしょうか?」


二人とも同時に同じようなことを口にした。

『読むか?』

手紙を渡すと二人は額を合わせるようにして読み始めた。



「縦読みのメッセージが隠されているのかと思いましたが それもなさそうでございますね」

ロニー・・・ベンヤミンにそのような技術があるとは思えない。


ビルだけは慌てたようにロニーの顔を見ている。

「そのような深読みをなさるとは まだまだ勉強不足でした」

いやビル、全くしょげる必要はないからな。どう見てもこれはただの日記だ。



『つつがなくやっているとわかっただけで充分だ』

「はい どうしても塗り替えた壁の報告をなさりたかったのでございましょう」

「視察について触れておられないのは 問題なく進んでいると言う意味でございますよね?」


ベンヤミンを案じるこちらの事情などつゆ知らず、あいつは視察の旅を満喫しているのだろうな。

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