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「学園を卒業してさ 馬に乗る機会もなくなっちまってたんだよな いやーいい気分転換になったぜ ありがとな ソフィアもスイーリも」
「ベンヤミン様 一番先にお礼を言うべき方のお名前が抜けているように思いますが」
学園が休みの日曜日、私達四人は王宮の森へ来ている。
「いいんだよ レオにはとっくに伝えてあるからな」
ソフィアとスイーリが顔を見合わせる。苦笑いするソフィアにスイーリが微笑みかけた。
「ベンヤミン様をお誘いになったのはレオ様ですものね」
「明日から当分馬車に揺られるからな 今のうちにこうして思い切り身体を伸ばしておかないと」
敷物の上に寝そべったままのベンヤミンが大きく伸びをした。
『ベンヤミンは相当疲れているようだから寝かせておこう 私達は早速仕事に行こうか』
「はい 頑張ってお仕事しますね」
「ベリー摘みは幼い頃以来で とても楽しみにしていましたの スイーリ様どちらがたくさん摘めるか競争しませんか?」
「まあ!負けませんよ 頑張って摘まなくちゃ」
何年前だっただろう。あの夏はここでスイーリと二人ベリーを摘んだ。
正直言ってあまり思い出したくない過去ではあるが、それを経て今の私達がいる。それもまた二人の歴史だ。
「ちょっと待ってくれよ 俺も摘むよ?なあ!それなら二組で競争しようぜ」
いつの間にかベリー摘みで競うことになったらしい。
『よし!ではベンヤミン頑張ろうか』
「えっ?俺とレオが組むの?」
「ふふ それは楽しみですわ 負けませんわよベンヤミン様! スイーリ様頑張りましょう」
ちょっと揶揄うつもりだったが、意外にソフィアが乗り気だ。
「ではソフィア様と摘んで参りますね レオ様勝負です!」
二人が帽子を被り直して立ち上がる。私とベンヤミンも籠を片手にベリーの茂みへと向かった。
もうラズベリーは終わりかけらしい。無数の細い棘に覆われた枝ばかりが目立っていて、その下には熟して落ちた赤い実が点々としていた。
替わりに今森の主役になろうとしているのはリンゴンベリーだ。まだ半分くらいは淡い緑色をしているが、真っ赤に熟した実もちらほらと見える。
「リンゴンベリーはちょっと早いみたいだな ブルーベリーにするか 勝負だからな!」
隣にいたベンヤミンは早くも見切りをつけて、ブルーベリーに焦点を絞ったようだ。
赤く熟れたリンゴンベリーを一粒ずつ籠に入れていく。夏から秋にかけて採れる様々なベリーの中で、私はこの実が一番好きだ。
とは言っても摘みながら口へ一粒、とはいかない。リンゴンベリーは生で食べるには酸っぱすぎるのだ。
何故知っているかって?それは何事も経験と言うだろう?
暫くの間は話し声も聞こえなかった。皆ベリー摘みに夢中らしい。
その時ぶるるんと鼻を鳴らす声が聞こえた。近くに繋いでいるムイスト達を見に行く。
『どうした?ベリーが食いたいのか?』
話しかけながら口元を見ると既に赤い。落ちていた実を食べ尽くしたようだ。
四頭共が鼻を寄せてくる。
『なんだ?もう腹が減ったのか?』
ここに着いた時与えたリンゴがまだ残っているはずだ、と振り返るとスイーリとソフィアがリンゴを持って近づいてきた。
「おねだりしているのね レオ様リンゴをあげても構いませんか?」
『ああ 頼むよ』
二人がリンゴを差し出すと嬉しそうに齧り始める。
リンゴを食べさせていたソフィアが、柔らかな笑みを浮かべながら馬の顎をそっと撫でた。それからゆっくりと、茂みの向こうで腰を屈めている男へ視線を移す。
「レオ様スイーリ様 今日はありがとうございました」
「私もとても楽しんでいますわ ソフィア様」
頬を綻ばせたスイーリが見上げる。
『うん 私も楽しんでいるよ』
「お!そろそろ休憩か?」
籠いっぱいのベリーを抱えたベンヤミンが近づいてきた。
『そうだな 一度休んでから戻ろうか 二人も喉が渇いただろう?』
四人で茶を飲みながら一息つく。
「まあベンヤミン様!随分とたくさん摘まれたのですね」
ベンヤミンの横に置かれた籠を見たソフィアが驚いている。
「これだけあったら沢山焼けるよな?」
「そうですね パイ何台分になるでしょう」
勝負していたことも忘れて、ベンヤミンとソフィアがお互いの籠を見ては手を叩き喜んでいる。
「レオ様 お茶の時間が楽しみですね」
スイーリも自分の籠を見せながら目をキラキラとさせていた。
『三人とも籠がいっぱいだな これだけあればブルーノも満足だろう』
ベリーを摘んで戻った後は、ブルーノがパイを仕立てることになっているのだ。
その時ベンヤミンがニヤリと笑った。
「レオの負けだな」
視線の先には私が摘んでいた籠がある。
「ふふ ベンヤミン様が組んでいらしたのではどなただったでしょう?」
ソフィアとスイーリが籠を見比べてクスクスと笑う。
「それはあんまりだぜソフィア 見ろよ俺はこんなに頑張ったんだぜ」
ベンヤミンが必死に訴えるも二人は笑うばかりだ。
「レオ 黙ってないでなんとか言え!」
『わかった私の負けだ』
それを聞いて「よし!」と両手の拳を握り締めて喜んでいる。まあいいか、何か賭けていたわけでもないし。
「さて 負けたレオには何してもらおうか?ソフィアスイーリどうする?」
『はっ?そんな話だったか?』
聞いてない。後出しは卑怯じゃないか。
「勝負なんだから当然だろー?ほら二人は何がいいと思う?今のうちに決めようぜ」
ベンヤミンの問いかけにも暫く笑い続けていたソフィアが、遠慮がちに言った。
「もしよろしければ レオ様のお作りになったスイーツを頂いてみたいです」
「お!いいな!材料もしっかり集めたもんな 俺達が」
ベンヤミンの言葉は癪に障るが、負けは負けだ。断ってさらに面倒なことを言われるより、ここはさっさと決めた方がいい。
『わかった 簡単なもので構わない?』
キャーと声を上げたのはスイーリだ。
「よし!それじゃ早いとこ戻ろうぜ」




