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「おはようございます 長い休暇を頂きありがとうございました」
『おはようノシュール卿 今日からまたよろしく頼む』
「はい
で あれ何?」
九月二日。
昨日から復帰する予定でいたベンヤミンは、私の予定に合わせて休暇を一日伸ばし、今日から政務に復帰した。そして当然のように私の執務室にある自分の机に、どさどさと持参した本やら書類やらを重ねて置いた。今日も一日ここで過ごすつもりなのだろう。
『あれ?』
ベンヤミンの視線の先を見る。
『ああ あれは私の友人のアレクシーだ』
背中を向けて長椅子に座るアレクシーは、右手を上げてひらひらと振っている。
「もー!なんでアレクシーがここにいるのかって聞いてるの!えっ?まさか騎士団クビになったのか?」
ぱさっと閉じる音がしたかと思うと、アレクシーはゆっくりと立ち上がりながら振り返った。
「俺は休暇中だ 休暇の間趣味の読書をするためここに来ている」
言い終わるとまた元の位置に戻り、読書に勤しむ。
「いやだから!なんでここで読んでんの?休暇なんだから邸に帰って読めばいいだろう?」
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「成程な それでレオの執務室に通って来てるってわけか しかし熱心だねえ せっかくの休暇だってのに」
ベンヤミンは感心しているのか呆れているのかわからないと言った風で、アレクシーの後ろ姿を眺めている。そういうベンヤミンも、休暇明けとは思えないものを持ってきたようだが。
「レオ 計画書だ 細かな日程調整は今から本宮に行って確認してくる いつでもいいから目を通しておいてくれ」
『わかった』
言い終わるとベンヤミンはすぐさま本宮へ向かった。この分だと数日中に発つ心づもりらしい。
ベンヤミンの用意した計画書を開く。
まず最初にダールイベックの港からノシュールの港まで、海岸線沿いにある全ての町が書き出されている。その中で視察する町の数は四領合わせて十五だ。この数には整備の整った町は含まれていないとのことだ。今回の目的である市場の設置が必要な町が十五、というわけか。思っていた以上に多いな。
航路の案、それにかかる日数、周回の頻度案、かなり具体的な数字が記されている。全く・・・これでよくアレクシーのことを揶揄えるものだ。休暇の間ずっとかかりきりだったのではないか?
その後に今回の視察についての詳細な計画が書かれていた。
ノシュールから続く三領は町と町の間も比較的短く、一日での移動に問題はない。が、市場もないような町ばかりだから当然宿もない。(こんな時頼りになるのはやはり教会だ。)
問題はダールイベック領だ。一ヵ所ぽんと離れている町がある。地図で見る限り海岸線を進んで行くのも難しそうだ。この町の前後で野営の可能性ありとメモが貼ってある。
こんな離れた場所に町があったとは。どういった経緯でここに町が出来たのかはわからないが、こういう町にこそ市場は必要だ。
視線を上げて、熱心に読書中の後ろ姿を眺める。
(ゲイルを呼んで相談したいが、後にするか)
本宮から戻ったベンヤミンが手直しをした計画書を二人で検討する。
『約四十日か』
「うん 最初の計画を見せたら詰めすぎだと苦笑いされたぜ」
ステファンマルクの路事情に一番詳しいのは、手紙を扱う部署だ。全ての町にある教会への日数を把握しているからな。その部署で確認を済ませてきたのならば、問題はないだろう。
『ビル この計画書を六部 複製を頼んできてくれ それから明日陛下のお時間を頂いてきてほしい』
「承知致しました お預かり致します」
複製も明日までには仕上がるはずだ。それを持って陛下に話を通しに行こう。
『決定次第護衛の手配を済ませればいつでも発てる』
「わかった 俺も準備を済ませておくよ」
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「この通り進めてよい 四領にはこれを渡して話をつけておこう 良い内容だった」
四部重ねられた計画書をトンと叩いた陛下が、笑顔でベンヤミンを労う。
朝から口数も少なく緊張した様子だったベンヤミンも、ホッと胸をなでおろしている。
「はい!ありがとうございます!」
「全ての町に市場を か」
『はい 領地を治めるものの協力なしでは成し得ないことですが いつか実現させたいと思っております』
「その手始めに南部の沿岸地域を選んだ と言うことだな?」
『はい 直轄地の視察を経て その重要性を再認識して参りました』
ゆっくりと腕を組み、背もたれに背を預けた陛下が再び口を開く。
「レオ お前の視点は常に広く国全体に向けられている 私には成し得なかったことだ 今後も期待しているぞ」
『陛下が王都を盤石にされた今だからこそ 可能になったのだと考えます』
「うむ それに良い側近も得たようで何よりだ 励みなさい」
『はい 必ず成果をお見せ致します』
無事陛下の承認も下りた。あとは出発日を決めるだけだ。
陛下の執務室を出て鳶尾へ戻る。今日はヨアヒムとジェフリーが同行していた。
『ハルヴァリー卿の休暇はいつまでだったか』
「明日までお休みをいただいております」
『そうか』
直接ヴィルホと相談してもいいのだろうが、鳶尾宮の責任者はゲイルだ。ここは彼の休暇明けを待とう。急を要する視察ではない。
『ベンヤミン 週明けを目途に準備を進めてくれるか その次の週でも構わないが』
「いや調整が済み次第すぐ行くつもりだよ?週明けには発てるよう準備しておくぜ」
『・・・わかった』
「えっ?なに?」
どこか達観したところのあるソフィアと比べて、ベンヤミンは明らかにソフィアにベタ惚れしているように見える。そのソフィアとこの夏はほとんど一緒に過ごすことができなかったところへ、すぐに新たな視察だ。
私が言うのも変な話だが、平気なのだろうか。それともそんなことを考える私の方がおかしいのか?
『いや・・・なんでもない』
「なんだよレオ 絶対何か言いたそうな顔だぜ?」
『気のせいだ』
「いや なんか隠しているよな?なんだよ?気になるだろう?」
『何もない』
ベンヤミンにはしつこく追及されたものの、本人に聞くのは止めておいた。
それとなくスイーリに聞いてみるか。でも一体どうやって聞けばいいんだろうな?




